第61話 シャネル・ミスティアという人物
太陽が照りつける中、俺たちは日除けもなにもないただ広い平原を、馬車に揺られていた。
厳しい日差しが幌をも通りぬけ、次から次へと汗が吹きでる。
「ふう、今日はとても暑いね」
馬車に同乗しているシスターシャネルが、たまらないといった様子で汗を拭った。
不本意ながらと言うのは申し訳ないが、シスターシャネルを王都ラトレイアまで馬車に乗せることになった。
シスターシャネルは、ラトレイアにあるアザミニ教の南方本部に用事があるとのことで、その道中俺たちが泊まっていた宿に、たまたま同じく泊まっていたそうだ。
以前、魂の洗礼の時にお世話になったこともあり、無下にもできず今にいたるである。
「この暑さで修道服は大変そうですね」
俺はとりあえず当たり障りのない返事をした。
と言うのも、どうもこの人物は何か気になる。
怪しいとまでは言わないが、こちらを見透かしているような、それでいて何かを隠しているような。なぜかそんな印象を受けてしまう。
聖職者に似つかわしくない言動が、そう思わせているだけかも知れないけど……。
「シャルルも大変にゃよぉ……」
今にも溶けかけそうな様子でシャルルが言う。
天然の毛皮を着ているんだからそりゃ辛いよな。
仕方ない。
あまりシスターシャネルに力を見せたくないけど、さすがに可哀想だもんな。
――『絶対零度』――
俺はできるだけ力を押さえて
パキパキと音をたて、幌の真ん中に小さな氷柱ができていく。
「んー、ひんやりして気持ちいいにゃあ」
シャルルはできたばかりの氷柱の側に陣取り、ごろごろと喉を鳴らしはじめた。
少しは快適になったようで何よりである。
「ほう、これは器用な真似をするね」
同じく氷柱の側に陣取るシスターシャネル。
器用な真似か。
はたから見たら、普通に
他意はないと思うんだけど、彼女が言うとどうも気になってしまうな。
「シスターは――」
「シャネルでいいよ。君はそんなに信心深いわけではないのだろ?」
「え? あ、ああ、申し訳ありません」
一瞬なんのことかわからず返答に困ってしまったけど、恐らく先日の魂の洗礼のときのことを言っているのだろう。
神聖な場所で神聖な儀式を行っているのに、居眠りしてしまったからな。
しかし、相変わらずだけど、修道女がそんな感じでいいのだろうか?
「気にしないでいいよ。実は私もあまり信心深いほうではなくてね。内緒だよ」
いやいや、さすがにそれはまずいだろ……。
本人は人差し指を唇にあてて目配せしているけど、内緒とかそういう問題ではない気もする。
彼女なりの冗談だろうか?
「で、なんの話だったかな?」
そうだった。
あまりに衝撃的なことをさらりと言うものだから、会話の途中だったことをすっかり失念していた。
「シスターは……。シャネルさんは、よくあちらこちらと移動されるているのですか?」
会ったのは本当に偶然なのか、などと聞くわけにもいかない遠回しな質問である。
「そうだね。私はもともと各地域の教会を管理する立場にあってね、立場上その場に腰を落ちつけるってことは少ないんだよ」
教会のことはよく知らないけど、それって司教とかかなり上の人なんじゃないのか?
そんな立場の人が、こんな奔放でいいのだろうか?
「見えないかい?」
そんな疑問が恐らく顔に出ていたのだろう。
シスターシャネルは率直にそう聞いてきた。
「えっと、申し訳ありません。正直少し驚いています」
「うん、君は正直でいいね。よし! そんなグラム君にひとつ、面白い話をしてあげよう」
「……なんでしょうか?」
突然なんだろうか?
と言うかこの人はいつも突然すぎて、つかみどころがないな。
「君はこの世界の成りたちについて、話を聞いたことはあるかい?」
「原初の神アザミニと、半神アギニザのことなら聞いたことはありますが」
俺は7年前にダニエラ婆さんに聞いた話を思いだしていた。
「では7つの子のことも?」
「ええ。その時に教えてもらいました」
アギニザが産んだとされる神の使いで、世界の崩壊を防ぐために自ら大地と同化したって話だったな。
「実は7つの子の力が悠久の時をへて、
「どうでしょう。そもそもその成り立ちの話自体、本当かどうかと思っておりますが――あるのですか?」
シャネルさんは柔和な笑みを見せている。
この人はほとんどいつもこの表情なので、感情を読みとり辛いな。
これもある意味ポーカーフェイスと言うのだろうか。
「どうだろうね。でも、少なくともこの世界には、特別な力を持った
「それぞれが唯一無二の効果を持っているってことですか?」
他の魔物が落とす量産品と違うというなら、確かに面白い話かも知れないな。
「ああ、そうだ。そしてその7つの
「なるほど。だから7つの子の
しかしなぜこの話を俺に聞かせたのだろうか?
サイディアリィルの丘の教会で別れるときもそうだったけど――
「どうだい面白かったかい? 男の子はこういった話が大好きだろ?」
そう言ってシャネルさんは俺とガラドを見比べた。
見てみると、ガラドとエレインが目を輝かせシャネルさんを見ている。
「ええ、そうですね。楽しい話をありがとうごさいます」
なるほど確かにそうだな。
エレインは女の子だけど、男は最強の魔物とか最強のアイテムとか、そういった話が大好きだ。
強さを求めるって思うのもさほど不自然ではないかも知れないな。
うん、俺の考えすぎだったか。
「よし。では話の最後に、グラム君にこれをプレゼントしよう」
そう言ってシャネルさんが俺に手渡してきたのは、赤と黒の針がついた小さな時計のようなもの。
「これは、方位磁石ですか?」
「魂力を込めてみてごらん」
言われたとおりに魂力を込めてみると、真ん中の針がくるくると回り、そしてピタリと動きを止めた。
「その針が指す場所に特別な
「え? では貴重なものではないのですか?」
「気にしないでいいよ。私が持つよりグラム君が持っていたほうが、ずっといいからね」
これも深い意味はないのかも知れないな。
俺はシャネルさんに礼を言うと、方位磁石のようなそれを素直に受けとった。
そんな俺を、ガラドとエレインが羨ましそうに見ていた。
それからは俺もシャネルさんを特に警戒することもなく、色んな話を聞かせてもらい時を過ごした。
そして何事もなく夜と朝を何度か繰りかえした、ある日の昼過ぎ――
「見てみろよエレイン! すっごいでっかいなあ」
「ああ、私たちの町なんか10個くらい入りそうだぞ……」
俺たちは、城壁に守られた巨大都市、王都ラトレイアに到着した。
「グラム君、大変世話になったね」
「とんでもありませんシャネルさん。シャネルさんのお話のお陰で道中退屈せずに済みました」
シャネルさんは話上手で、道中色んな話をし俺たちを楽しませてくれた。
教会の裏話なんかまで話しだしたときはさすがに困ってしまったけど。
「グラム君。もし宿を探すのなら5番区にある、灰猫の尻尾亭がおすすめだよ。そこでこれを見せるといい」
そう言ってシャネルさんは、アザミニ教の指輪印章がついた紹介状を手渡してくれた。
「色々といただいてしまい申し訳ありません」
俺が胸に手を当てシャネルさんに頭を下げると、みんなも同じ様にシャネルさんに頭を下げた。
「気を使わないでいいよ。またどこかで会ったときはよろしくね」
シャネルさんはひらひらと手をふると、そのまま大通りを歩いていった。
「さて、じゃあ俺たちも行くか」
俺たちは馬車に乗り、シャネルさんに教えてもらった灰猫の尻尾亭を目指した。
「ふう、やっと着いたにゃあ」
「お前はごろごろ転がっていただけだろ」
体を震わせ伸びをするシャルルに、やれやれといった様子でベルが言う。
さらにその上でごろごろしていた人物が言うのもどうかと思うが。
「思った以上に距離がありましたね」
ずっと御者をしてくれていたエルネも、大きく伸びをする。
強調される豊満な胸に見いってしまったけど、心から感謝している。
「曲がり道ばかりでなかなか思うように進めなかったからな。エルネ疲れたろ? 今日はゆっくり休んでくれ」
恐らく敵に進入されたときのことを想定しているんだろうけど、普段暮らす分には色々と面倒だろうな。
「しかし猫の尻尾亭なんて名前のわりに随分と立派な宿なんだな」
「ガラド喧嘩を売ってるのなら買うにゃよ!」
「それよりも早く中に入ろうよ。どんな部屋か楽しみだ」
毛を逆立て威嚇するシャルルと、それを仲裁するエレイン。
確かに楽しみだけど、ここいったいいくらするんだ?
改めて見てみるが、宿と言うよりホテルである。
俺たち泊まれるんだろうか?
少しびくびくしながら受付でシャネルさんにもらった紹介状を見せると、とんでもない部屋に案内されてしまった。
見るからにスイートなお部屋。
ベッドルームはもちろんのこと、リビングやキッチンにお風呂までついている、最上級の部屋である。
「あ、あの! 俺たちこんな部屋に泊まれるお金持ってませんけど!」
「シャネル・ミスティア様のお知り合いからお金を受けとることなんてできません。どうぞ、心行くまで当宿をご利用くださいませ」
そう言うと、燕尾服を着た従業員――もはやコンシェルジュと言いたい――は頭を下げ去っていった。
「うわあ……。こんなところに泊まっていいの?」
「素敵ですね……」
きらきら女の子の目をしているエレインとエルネ。
シャルルはベッドで飛びはねており、ベルはさっそく食料がないか漁っている。
そして立ちつくす俺とガラド。
こういうときなんで女は度胸が座っているのだろうか。
いや俺らが小心者なだけか。
俺はシャネルさんに感謝しながらおどおどと部屋に入った。
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