第60話 2つの疑問

「やっぱりゲイズオウルは全滅していたにゃ」


 ゲイズオウルの巣を確認しに行っていたシャルルが、残念そうに帰ってきた。


「多分こいつに捕食されたんだろ」


 エビルドラゴンフライを解体しながら俺は答える。

 トンボの飛行能力は、鳥なんかも含めて最強って言うしな。

 ホバリング、急発進、急停止、どんな戦闘機よりも高性能な空中戦の覇者と言っても過言ではないだろう。


「うにゃあ。こいつ、美味しいかにゃ?」


 エビルドラゴンフライの死体をツンツンつつくシャルル。

 シャルルは鳥の肉と魚が大好物だから、ゲイズオウルの肉を楽しみにしていて、お腹がぺこぺこらしい。


「我はあまり食べたくないぞ……」

「ですね……」


 そう答えたのはうちの食いしん坊担当のベルとエルネ――エルネは主に甘いもの担当だけど――

 そりゃ緑の汁を出す生き物なんて、食べたいと思わないわな。


「でも、昆虫はエビみたいな味がして美味しいって、聞いたことがあるぞ」


 その言葉にシャルルはじゅるりと涎をたらした。

 本当に腹が減っているんだな……。


「おーい、持ってきたぞー」


 そこにちょうどよく、一角もぐらの肉を回収しに行っていたガラドとエレインが戻ってきた。

 仕方ない、8体もいるし少し焼いてやるか。


 俺はエビルドラゴンフライの解体を切りあげ、少し早い昼ご飯の支度を始めることにした。



「鳥には負けるけど、もぐら肉も悪くないにゃ」


 もぐら肉の塩焼きに舌鼓を打ちながらシャルルが言う。

 こいつは本当に美味しそうに食べるから作りがいがあるな。

 と言っても塩胡椒をしただけだけど。

 塩と胡椒は何があってもいいように、いつもバックパックに入れているのである。

 自衛隊の人がジャングルに持って行くものでカレー粉をあげるほどに、調味料というのは大切なものなのだ。


「私はちょっと臭みが気になるかなあ」

「うーん、もっと濃い味付けにしたらうまいかもな」


 一方少し不満げな様子なのはエレインとガラド。

 そんなふたりを見て、俺は先ほど感じた疑問を思い出していた。

 それは……。


 なんでこいつらはこんなに魔物と戦えるんだ? ということである。

 そりゃまだまだ荒削りで危なっかしいところもあるけど、よく考えてみたらエレインとガラドはまだ10歳だ。

 俺の教えがいいからってのなら嬉しいけど、あまりにも他の同年代とスペックが違いすぎる。

 エレインなんてすでに魂力での強化まで覚えつつあるからな。

 もしかしたら、俺の膨大な魂力が何か影響を与えているんじゃないだろうな?

 もしそうだとしたら、昔の俺みたいにこいつらに何か悪影響はないのだろうか?


「どうしたグラム? ぼーっとして」


 よほど呆けていたのか、エレインが首を傾げ心配そうにこちらを見てきた。

 そんなエレインをなんとなしに見つめ返す俺。

 どこか異変はないだろうか?

 俺はエレインの体をペタペタと触れ確認してみた。


「うーん……。特におかしいところはないよなあ」

「えっ! な、なな……」

「お、お前エレインに何してるんだよ!」


 うるさいなガラドのやつは。俺は今忙しいんだよ。

 んー、魂力の流れに異常があったりはしないだろうか?

 そう思い、魂力の発生源であるみぞおち周りをペタペタと触っていたら――


「み、みみ、みんなの前で何するんだよ!」


 エレインに強烈なビンタをお見舞いされてしまった。

 自業自得とは言え、なかなか鋭い攻撃をするようになったじゃないかエレイン……。


「また色欲魔が発情しおったか」

「は、はつじょう!?」


 と、好き放題言うベル。

 その口調もどこかとげとげしい。


「いきなり触ったのは謝るけど、ちょっと気になることがあるんだよ」


 10歳の女の子の前で発情とか言うのは、妙な背徳感に包まれるので本気で勘弁してください。


「気になるってまた胸ですか?」


 ベルに続き冷やかな視線を向け好き放題言うエルネ。

 またって何だよ! なんて言えないくらいに心当たりはある。

 あるけど……。なんと信用のないことか。


「そんなに触りたいならシャルルのを触るといいにゃ」


 そう言って俺の隣に座り体を押しつけてくるシャルル。


「違うっての!」


 すごく嬉しいけどややこしくなるからやめてくれ。

 今それを受けいれたら、あらぬ誤解を生んでしまうのだ。


「エレイン、ガラド。お前ら体にどこかおかしいところとかないか?」


 俺は話を戻すべく、真剣な表情でガラドに問いかけた。


「ん? さっき吹きとばされたときのことならなんでもないぞ?」


 俺の問いに、ガラドは腕を回し体の好調を訴える。

 本当に大きな怪我がなくて良かった。

 でも、今はその話をしているのではなくて……、 え?


「お前ほんとにどこもおかしくないのか?」

「平気だって。グラムは心配性だなあ」


 おかしくないか?

 だってトラックに轢かれたみたいに、吹っとんでいたんだぞ。

 そう言えばこいつ、多少ふらついてはいたけどすぐに立ってたよな?

 鼓舞ブレースの効果があったとはいえ、それはどうなんだ?


「坊ちゃま、何がそんなに気になるのですか?」


 先ほどとは一転し、真面目な様子でエルネがたずねる。


「……いや、無事ならいいんだ。みんな、エレインやガラドだけじゃなく、もし体に何かおかしなとこがあったらすぐに言ってくれよ」


 要領を得ない俺の言葉にキョトンとしつつも、みんなはわかったと返事をしてくれた。


 疑問は晴れないけど今はそれでいいといしよう。

 恐らく、俺の魂力がこいつらに影響を及ぼしているとは思う。

 でも3歳の頃の俺みたいに体を壊すとかはないみたいだし、しばらくは様子見としておこう。


 ただもう1つの疑問のほうは、そういう訳にはいかない。

 エリュマントスの群れも、エビルドラゴンフライも、なんでこんなに突然現れたんだ?

 エリュマントスが町を襲ったことも、こんな人の住む地が近い森にC級の魔物が現れたことも違和感だらけだ。

 そしてさらに引っかかるのは、この森もペイル領からそう離れていないってことだ。

 ペイル領に魔物を引きつける何かがあるって言うのか?


 考えすぎならそれでいい。

 立て続けに2件あったから、余計に気になっているだけかもしれない。

 でも、いかに自分を納得する理由付けをしようと、俺の中でこのモヤモヤが晴れることはなかった。



「はああああああ!? エ、エビルドラゴンフライをやっつけただってえぇぇええ?」


 宿の外まで届きそうなほどの大声で、宿屋の親父が叫ぶ。


「あ、ああ。だからゲイズオウルの肉は持って帰れなかったけど、もう家畜小屋も畑も荒らされないと思うよ」


 この宿は酒場が併設されていて、すでに大勢の酔いどれたちが酒をあおっている。

 親父が大声で叫んだおかげでみんなの注目を集めてしまい、どうにも居心地が悪い。


「って、お前らみたいなガキどもが、エビルドラゴンフライを倒せるわけないだろ! ゲイズオウルを討伐できなかったからって、デタラメばっかりいいやがって」


 まあそう言われるだろうなと思って、俺は持ってきていたエビルドラゴンフライの前足を宿屋の親父に見せてみた。


「こ、この鎌状の前足は……。に、肉! 肉はあるのか!? 胸部の肉なら8000、いや1万ゴルド出すぞ!」


 え、まじで? あれ食べるの?

 しかも1万ゴルドって肉串1000本分じゃん!

 昆虫食する人をテレビで見たときに、胸部が一番肉が詰まっているって見たことあるから、一応解体して持ってきたけどさ……。

 まあ1万ゴルドで売れるなら願ったり叶ったりだな。

 なんて思いつつ……


「1万ゴルドと今晩の宿代タダってならいいよ。こっちも死ぬ思いまでしたからね」


 少しふっかけてみた。嘘つき呼ばわりされたままだしこれくらいは可愛いものだろ。


「くう、なかなか商売上手じゃねえか坊主。よしわかった。1万ゴルドに宿代タダ。それで交渉成立だ!」


 俺は宿屋の親父と固い握手を交わし、ガラドとふたりがかりでエビルドラゴンフライの胸肉を宿屋に持ちこんだ。

 するとどう言ったわけか、酒場が一気に朝競りのごとくの大賑わいに包まれた。


「おおお! 本当にエビルドラゴンフライの肉じゃねーか。親父100グラム焼いてくれ!」

「親父こっちは200だ!」


 次々と入るエビルドラゴンフライのオーダー。

 宿屋の親父が1万ゴルドも出す訳だな。

 ってかうまいのか?


「グラム、そろそろ部屋に戻ろうぜ」

「ああ、そうするか」


 お金も受け取ったことだしとその場を後にしようとしたその時、俺は予想外の人物に声をかけられた。


「やあグラム君じゃないか。エビルドラゴンフライを倒したんだってね。良かったら私に話でも聞かせてくれないかい?」


 人当たりのいい笑顔で近づいてきた人物。

 それは、サイディアリィルの丘の教会で出会った修道女、シスターシャネルであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る