第56話 トリーゴの町の惨状
「やあこれはグラム殿。貴殿が来ることはクロムウェル卿から聞いてはいたが、なんとも間の悪い時に来てしまったね……」
少し疲れた様子で俺たちを出迎えてくれたのは、ここペイル領の領主であるハートレット・ペイル子爵だ。
俺は馬車からおり、胸に手を当て頭を下げた。
その様子を見て、他のみんなも馬車からおり頭を下げる。
「ペイル卿、ご無沙汰しております。卿との再会を神に感謝し連れの紹介をしたいところであったのですが……。いったい何があったのですか?」
俺は辺りの凄惨な様子を改めて見回し問いかけた。
「こんなところで立ち話もなんだし、続きは私の家で話そう。幸い町の奥の方は無事でね。ついて来てくれたまえ」
ペイル卿はそう言うと俺たちを家に案内してくれた。
その後ろ姿はとても28には見えず、くたびれた背中をした中年のような印象を受けた。
「では、なんの前触れもなく突然やつらが襲ってきたのですか?」
「ああ。恥ずかしながら私は文官で戦いはあまり得意ではなくてね。あんな大群にいきなり襲いかかられては、避難誘導だけで精一杯だったよ。そしてその時間を稼ぐために、守衛隊の皆は……」
俺は話を聞き、ペイル卿の憔悴のわけを理解した。
エリュマントスはまたいつ襲撃してくるかわからない。
死を悼む暇もないとはなんともやりきれないな……。
しかし気になるな。
この世界ではそこら中に凶悪な魔物が蔓延ってはいるが、意外にも人間と住みわけはできている。
人間がむやみに山を開拓せず、魔物の住む領域を犯さないようにしているからだ。
たまに作物を狙って畑を荒らしにくることはあるけど、わざわざ危険を犯して人間を襲いに来るのは、迷子になったはぐれか自分の強さに自信のある上位の魔物くらいだろう。
エリュマントスはD級だし本来であれば人間の町を襲うなんて考えられないんだけど、群れをなして気が大きくなっているんだろうか?
目撃情報があればすぐに討伐部隊が組まれるんだけど、2日前に突然現れたとなるとどうしようもないもんな。
「そんなことがあったのですね……。ところで、救援は手配しているのですか?」
俺の言葉にペイル卿は苦しげな表情を見せた。
「貴領に使いを出したのだが、貴殿が会っていないとなると……」
父さんに救援を依頼しようとしたが、山で襲われたといったところか。
「そうでしたか。ペイル卿、実はこちらに向かう途中に私たちも……」
俺はペイル卿に、エリュマントス率いる大群に山で襲われかけたことを説明した。
「なんと! では奴らに襲われ無事であったと言うのか!?」
「向こうが避けてくれなければ、どうなっていたかはわかりませんが」
「それは奴らが貴殿に避けるだけの何かを感じたと言うこと。しかし10歳の子供に……。いや、クロムウェル卿の血を継いでいるのならそれもあり得るのか……?」
ペイル卿は俺の狙い通りの反応をしてくれている。
いきなり10歳の子供が守衛隊すら全滅した相手に、俺がなんとかする! とか言っても、馬鹿にしていると怒らせてしまうのが関の山だからな。
だから敢えて俺は山での出来事を話してみた。
「ペイル卿、私で良ければ力になりたいのですが、その前に少し一緒に来ていただけませんか?」
そして実際に俺の力を見てもらうべく、俺はペイル卿を外へと誘った。
「どこまで行くのだグラム殿? そしてその者は?」
「失礼、紹介が遅れました。こちら、クロムウェル領で私の手伝いをしてくれているベルです」
俺が胸に手を当て頭を下げたのを見て、びくりと反応し慌ててベルも頭を下げた。
「ベルは卿のような御仁と接することに慣れておりませんゆえ失礼があるかと思いますが、何とぞご容赦ください」
「いや良い。私も堅苦しいことは苦手ゆえ気軽に話してくれ」
「お気づかいいただきありかとうこざいます」
俺に習って頭を下げるベル。
なんだかかとても可愛らしい。
「しかし、ベル殿を連れてきたのは何か訳があるのか?」
「ええ。このベルにはとても便利な特技がありまして、今から卿にご覧にいれたく存じます」
そう言うと俺は、瓦礫の山となった一軒の家屋跡前で足を止めた。
「じゃあベル、とりあえずこの家だけやってくれるか?」
「それは構わんが、どんな風にすれば良いのだ?」
「この感じからいって、5人家族が住める家ってとこかな」
「わかった。装飾などは我が適当にやって良いのだな?」
「ああ、頼んだよ」
俺たちの会話に、訳のわからぬといった様子のペイル卿。
「ペイル卿。今から少しお見苦しいところをお見せしますが、このベルが力を使うのに必要な儀式となりますのでどうぞご容赦を」
そう言うと俺はベルに指を差しだした。
――『
ベルが
そしてすべて飲みこまれ更地になったかと思うと、今度はレンガ作りの家がにょきにょきと生えてきた。
「なんだこの力は!?」
ペイル卿は口を大きくあけ、唖然としている。
「これがベルの特技です。ペイル卿、良ければ貴領の復旧を私たちに任せていただけませんか?」
「貴殿たちはなぜこのような力を……。いや、今は詮索などしている時ではないな。グラム殿、ベル殿、ぜひともお願いできるだろうか?」
ペイル卿は身分や歳の差など気にすることなく、俺とベルに頭を下げた。
「お任せください。しかし、その前に成さねばならぬことがあります」
「それはまさか……」
「はい。エリュマントスどもの討伐です」
いくら家を建てなおそうが、また襲撃されたら意味がない。
復旧のためには元凶を断つ必要がある。
「貴殿にはそれができると言うのか!? 奴らは我が討伐隊をもってしても敵わなかったのだぞ」
「はい、私に策があります」
俺はペイル卿を真っ直ぐに見つめ言いはなった。
「すまない。ペイル領を救ってもらえるだろうか?」
再びふかぶかと頭を下げるペイル卿。
「お任せください」
その真摯な態度に俺は貫徹を誓い答えた。
「して、策とやらを聞かせてもらおうか?」
作ったばかりの堀を見下ろしベルが聞いてきた。
山側から町に入ってこられないよう作った堀は、幅5メートル深さ7メートルの力作である。
猪ごときにはそうやすやすと突破できないだろう。
まあ橋も何もかけていないから、俺たちも突破できないんだけどね。
「策なあ、どうすればいいと思う?」
「な、何も考えていないのにあんな大見得をきったのか!?」
相当予想外の答えだったのだろう、ベルはなかなかいいリアクションを見せてくれた。
「何を笑っておる! お前は状況を分かっておるのか!」
「きっとそれはベルがぶかぶかの服を着ているからにゃ」
思わず笑ってしまった俺を突っこむベル。
そしてさらにそれを突っこむシャルル。
それを見たガラドとエレインは思わず吹きだしてしまっている。
「こ、これはグラムがそうしろと言うからエルネに借りたのだ! なんだ! 笑い者にでもするつもりか!?」
「坊ちゃま。このままではベルが可哀想です。先に済ませてあげたらどうですか?」
さすがエルネ。しっかり意図がわかっていらっしゃる。
「ああ、そうだな。ほらベル、今のうちにいっぱい吸っといてくれ」
「なるほど。そういうことなら疾くせんか」
ベルも意図を察したようで、俺の指を咥え遠慮なしに吸いあげた。
「にゃにゃ! べ、ベルが大きくなったにゃ!」
ベルの変貌に毛を逆立たせて驚くシャルル。
「ふっふっふ、これが我の真の姿だ。どうだ驚い――ええい、やめい! ぺたぺた触るな!」
そんなベルの体のあちこちを不思議そうに触りまくるシャルル。
何それ、俺もしていいの?
「おいそこの色欲魔。早く作戦を話さんか!」
「だからその呼び方はやめい!」
確かに少し見とれていたけど、これは男なら普通の反応なんだよ。
とか言っても女子どもには通じないだろうから言わないけど。
「ベル。それは男なら仕方のないことにゃ」
なんて思っていたら意外なところから助け船が!
「確かにグラムはたまに胸とか脚とか見ているにゃ。でもそれは男の本能だから仕方ないことなのにゃよ!」
た、助け船なのか……?
「そうにゃねグラム? グラムがたまにエルネやシャルルやエレインの胸を見ているのは本能にゃよね?」
「え、えっと……」
何これ新手のいじめか何かか?
エルネが冷ややかな目で見ているんだけど……。
「お、お前エレインのそんなとこ見てたのかよ!」
「そ、そうなのかグラム? 」
ガラドのやつめ。たまにお前も見てるいることを俺は知っているんだぞ。
ってかやめてくれ。エレインも顔が真っ赤じゃないか。
「なぜ我の名前が入っておらん!」
「ベルはおっぱいがないから仕方ないにゃ。これも本能にゃよ」
「なぬっ!」
わけのわからんところで対抗意識をもやすんじゃねー!
「ほれグラムこれならどうだ? お前が太ももを好きなことは良く知っておるぞ」
そう言ってスカートを捲しあげる大人ベル。
うん、確かに大好きです。
ってかガラドめ。やはり横目でチラチラしてやがるじゃねーか!
と言うかそんなことしている場合じゃなくって……。
「ええい! お前らそろそろ真面目に話を聞け!」
威厳を取りもどさんと声を張りあげる俺。
「ごまかしたにゃ」
「ごまかしましたね」
「ごまかしおったな」
「ごまかしたのかグラム?」
どうやら俺に威厳などないみたいです。
「あの、そろそろ話を戻してもよろしいでしょうか?」
仕方ないなと頷くみんな。
まあ父さんの子供だからこんな感じだよね。
「で、作戦をたてる前にみんなの戦力分析をしたいんだけど……」
俺はみんなに、使える
そして考えることしばし……。
うん、これならなんとかなりそうだな。
作戦をみんなに伝え、俺たちは山に入っていった。
さあ狩りの時間だ。
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