第55話 ペイル領を目指して

 夜営の後片づけを終えた俺たちは、一番近い町があるペイル領を目指すべく、細い山道に入った。


「さて、ここからは魔物が出るからみんな気を引きしめろよ」


 御者台に腰かけ、俺は馬車を走らせている。

 昨日まで御者をお願いしていたエルネには、パックルを先導させ周囲の警戒をしてもらう必要があるからだ。

 他に馬車を任せられるやつがいればいいんだけど、現状は俺とエルネだけなので消去法により俺が御者をしているのである。


「おいエレイン、もっとこっちに寄れよ。危ないだろ

「う、うん」


 返事はしたもののなかなか行動に移さないエレインにじれて、俺はエレインの肩をつかみ無理やりこちらに引寄せた。


「――!?」

「ん? 痛かったか?」

「な、なんでもない!」


 明らかになんでもありそうに、そわそわした様子のエレイン。

 馬車の乗り方を覚えたいって言ったのはいいけど、御者台はけっこうスピードを感じるから戸惑っているのだろう。

 仕方ない。慣れるまで何か話して気を紛らわしてやるか。


「坊ちゃま、この先100メートル右側の藪の中に、ワイルドボアが3体潜んでいます」


 ってもういるのかよ!

 確かに魔物が出ると言いはしたけど、まだ山に入ったばかりだぞ。


「わかった。上空でパックルを旋回させておいてくれ」


 まあいちいち戦うつもりはないんだけど。

 指示を出すと、俺はエルネに作ってもらった魔物避けの匂い袋を構えた。


 パックルが旋回しているのは……。

 あそこか!

 構えていた匂い袋を、パックルが飛んでいる下の藪めがけほうり投げる。


「やった! ワイルドボアが逃げていくよ」

「うまいもんだろ!」


 パシッと手を合わせ喜ぶ俺とエレイン。

 馬車を走らせながら遠く離れたポイントに正確にぶつけるなんて、我ながらなかなかの腕前である。


 と言ってもスキルの恩恵もあるんだけどね。

 スキルレベルは低いものの、以前シフティエイプから手に入れた『投擲』の魂の欠片ソウルスフィア

 ないよりはいいだろと使っておいてよかったかもな。

 需用がないから売ることもできないしと、意味なく3つ全部使ったのは、在庫処分のようでシフティエイプに申し訳ない気もするけど。

 ダニエラ婆さん曰く、魂の欠片ソウルスフィアはそいつの生きた証しらしいしな。


「坊ちゃま、またです! 100メートル先今度は左の藪にワイルドボアが2体です」


 さすがに多すぎるぞこれは。

 なんでこんな短時間に何匹もでくわすんだ?

 いや。考えている場合じゃない。


「エレイン、匂い袋を取ってくれ!」

「わかった、グラム」


 エレインから匂い袋を受けとり、再びワイルドボア目掛けてほうり投げる。


「いいぞグラム! またバッチリだ」


 ふっふっふ、だてに『投擲LV2』は取得してないぜ。

 ――ん? なんだって?


 魂の欠片ソウルスフィアを使うと、そのスキルのことを考えるだけで、スキル名やその使い方なんかが自然と頭の中に浮かんでくる。

 ずっと前から知っていたかのようにごく当たり前に。


 なので、俺はもう一度シフティエイプから手に入れた『投擲』のことを考えてみた……。


 ――『投擲LV2』――


 おおおお?

 な、なんでだ?

 シフティエイプの落とす魂の欠片ソウルスフィアは『投擲LV1』のはず。

 巨躯なシフティエイプは特殊個体だから他とは違う魂の欠片ソウルスフィアを落としたけど、残りのシフティエイプはみんな同じだったはずだぞ。

 他に考えられることとなると、1つだけ思いつくものがあるけど。

 も、もしかして――


「坊ちゃま、ダメです……、この先にワイルドボアがゾロゾロと――。違う! エリュマントスです! エリュマントス3体とワイルドボアの群れです!」

「なんだって! 距離は? どっちに向かっている!?」


 俺はエルネの報告を受けて慌てて馬車を止めた。


 エリュマントスはワイルドボアの上位種で、頑丈な体が特徴のD級の魔物である。

 それが3体とワイルドボアの群れなんて、もしそのまま突っ込まれでもしたら、俺たちの小さい体なんて馬車ごと吹き飛ばされていくぞ。


 しかしどうする?

 藪に囲まれた山道のため迂回することもできない。

 ベルの『迷宮創造ダンジョンメーカー』で避難するか?

 いやダメだ。地響きがすぐ側までせまっている。

 馬車を諦め藪に逃げこんだとしても、こちらに向かってこない保証はない。


「距離300メートル250……。こちらに向かっています!」


 くそ、考える暇もないのか!

 ――今できる最善の手はなんだ!?

 ――――ッ!


「200メートル……、150! ぼ、坊ちゃま!」


 鬼気迫るエルネの叫びに俺は覚悟を決めると、馬車を飛びおりみんなに叫んだ。


「ガラド、俺の後ろで盾を構えてろ! 他のみんなはその後ろで固まって衝撃に備えるんだ!」


 はっきり言って助かる保証なんてない。

 まさに一か八かである。

 しかし、こいつらだけは絶対に守る!


 俺は馬車の前で地面に手をつくと、魂力の光を放出し魔方陣を描いた。

 昔、母さんが一瞬で父さんを氷漬けにした氷結系の中級魔法……。


 ――『絶対零度!』――


 魔方陣が光を放つと、あたりの地面を瞬時に凍てつかせ、極大の氷柱を前方に向けてバリケードのように何本も生やした。


「さあこい! 刺し違えてでも後ろには通さないぞ!」


 もし氷のバリケードを突破するやつがいても、目の前の奴だけは何があっても倒す。

 俺は魂力最大で身体強化をかけ、決死の覚悟で身構えた。

 しかし……。


「坊ちゃま、どうやら横にそれたようです」


 氷のバリケードを回避するためか、地響きはふいに遠ざかっていった。


「ふにゃー、こわかったにゃあ……」

「さすかに汗がとまらんかったぞ」


 背中を合わそのまま地面にへたりこむシャルルとベル。


「ガ、ガラド。お前ちびったんじゃねーか?」

「お、お前こそどーなんだよ……」


 ガタガタと身を震わせ軽口を叩きあうエレインとガラド。

 みんな無事で本当に良かった。


「坊ちゃまどうしますか? 少し様子を見ますか?」

「いや、今のうちにここを抜けよう」


 こんな逃げ場のない場所で何度も襲われたら、そうそう無事ではいられないだろう。

 そう考え、俺は皆が馬車に乗りこんだのを確認すると、『絶対零度』を解除し馬車を走らせた。



 それからは魔物の襲撃を受けることなく馬車は順調に山道を進んで行った。

 夜も、ベルが作った地下夜営施設に馬車ごと身を隠すことで、何事もなく朝を迎えることができた。


 そんな調子で、さらに馬車を走らせること数時間……。


「見て、町が見えるよ」


 俺たちは魔物の潜む山を越え、舗装された道を走っていた。

 エレインが指した先には、ペイル領唯一の町トリーゴが広がっている。


「おお! 今日は久しぶりにベッドの上で眠れそうだのお」


 思わず馬車から身を乗りだしてベルが叫ぶ。

 地面や馬車で寝ると翌朝体が痛くなるから、気持ちはよくわかる。


「ベルはいつもシャルルを枕にしているからまだいいにゃ」

「よ、良いではないか。ちょうどいい柔らかさなのだ」


 寄り添い眠るベルとシャルルの様子を何度か見たことがあるけど、なんとも尊くもあり微笑ましくもある。

 そんな光景を想像したのか、エルネが物欲しそうな目でシャルルを見つめている。


「な、なんだか身の危険を感じるにゃ! 」


 それを野生の本能で嗅ぎとったのか、身をこわばらせるシャルル。

 そしてその様子を見たエルネが、しょぼんと肩を落とした。

 可哀想だし今晩は宿でキッチンを借りて、プリンでも作ってやるかな。

 エルネは俺の作るお菓子の中でもプリンが大好きなのである。


「なあ、なんか変じゃないか?」


 そう言ったのは、幌から顔を出して前方を見ていたガラド。

 町のほうを指差しているみたいだけど……。


「ん? 変って何が――ッ! な、なんだこれは!?」


 改めて見てみると、町にはガラドの言うとおり明らかな異変があった。


「ひどい……。家や畑がメチャクチャだよ……」


 あまりの光景に口を押さえるエレイン。

 畑は踏みあらされ家々が巨大な力によりなぎ倒されている。


「坊ちゃま、これはもしかして――」

「ああ、間違いない。昨日山であったエリュマントスだろう……」


 エリュマントスとワイルドボアの群れに蹂躙された町を見下ろし、俺は呟いた。

 どうやら奴らをこのまま野放しにしてはおけないようだ。

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