第54話 山の麓での夜営

「よっ! はっ! はぁああ!」

「はぁ! ふんっ! たああ!」


 訓練用の木剣を舞うように振りまわすエレインと、それを自慢のヒーターシールドで受けとめるガラド。


 俺たちは今クロムウェル領とペイル領の間にそびえる、山の麓で夜営しているところである。


「エレインのやつは、随分と剣を扱うのがうまくなったのお」


 親戚の子の成長を喜ぶ叔母みたいな反応をするベル。

 そんなこと言ったらうるさいだろうから、ぜったいに言わないけど。


「エレインはもともと剣の素質があったってのもあるけど、体が恵まれているんだよ」

「ほお、あの華奢な体がか?」


 と、華奢な体のベルが首をかしげる。


「確かに力はないけど、その代わりすごい体がしなやかなんだ。ほら、エレインの剣の使い方って弧を描いているみたいだろ?」

「ふむ、確かに直線的ではないのお」

「体を鞭のようにしならせて斬りかかっているから、ああ見えてけっこう重いんだぜ。あいつの一撃」


 実際、剣を受けているガラドの盾越しに、相当な衝撃が突きぬけている。


「しかもエレインは手足が長いし瞬発力もあるから、剣先のスピードはかなりのものなんだ」

「ほお。よく見ているんだな、エレインのことを」


 俺たちの話が聞こえたのか、エレインは「はひゃあ!?」と変な声をあげ途端にリズムを崩した。

 その隙を見逃さず、エレインの一撃をパリィで弾くガラド。

 エレインはそのまま体勢を崩し、その場に尻もちをついてしまった。

 横でごちゃごちゃ言っていたから集中が切れたんだろう。悪いことをしたな。


「どうだグラム? 結構強くなっただろ俺」


 汗をぬぐいながら、誇らしげに近づいてくるガラド。


「ああ、なかなかの盾捌きだな。肩の筋肉がついてきたから、連撃を受けとめてもだいぶ安定するようになってきた。ただ重心が少しブレる時があるから、あとはもっと走りこんで下半身を鍛えないとな」

「走りこみかあ。俺あんまり好きじゃないんだよなあ」


 ガラドはぶつぶつとぼやきながら座りこんだ。

 口ではこう言っていても、実は愚直で努力家なガラド。

 この旅が終わってクロムウェル領に戻ったら、きっと走りこみに励むに違いない。


「グラム、私はどうだった?」


少し緊張した面持ちのエレイン。


「エレインはそうだな……。よし、ちょっと打ってこいよ」


 俺は答えると、エレインと少し距離をあけ構えた。


「え? 素手のままでいいのかよ?」

「まあいいから、かかってこいよ」

「……。いくらグラムだからって、怪我をしても知らないからな!」


 少しむっとした様子で、袈裟がけに斬りかかってくるエレイン。

 俺はそれを半歩下がり、なんなくかわす。


 すると、エレインは袈裟がけから力をうまく流し、そのまま横薙ぎに胴を払ってきた。


 あんなスピードで切りかえしたら普通は手首を痛めるだろうに、体がしなやかなエレインならではだな。

 でも魂力で身体強化している俺には全部見えている。


 俺はその場にかがみ、再びエレインの剣激をかわした。


「くそっ! えい! たああ!」


 その後も執拗に攻撃をくり返すエレインと、それをことごとくよける俺。

 そしてエレインが木剣を引き、突きだそうとしたその瞬間――


「熱くなりすぎだエレイン」


 俺は魂力を込めた踏みこみでエレインの懐に飛びこみ、人差し指でおでこを小突いた。

 状況が理解できていないのか呆けた様子のエレイン。


「お前は熱くなると振りが大きく動きが単調になる。せっかく手足が長いのに、中に入れる隙を与えてどうする。ま、でも強くなったなエレイン」


 すぐ下にあるエレインの頭を撫でてやると、エレインは驚いたのかまた尻もちをついてしまった。


「エレイン? 聞いてるか?」


 顔を真っ赤にしてこくこくと頷くエレイン。

 ちょっときつく言いすぎて、気を悪くしてしまったかな?


「筋はいいから気を落とすなエレイン。もう少し牽制も交ぜて冷静に対処できるようになれば、もっと強くなるさ。俺は好きだぞ、お前の剣さばき」

「す、好きぃ!?」


 自分の戦いかたが誉められたのが嬉しいのだろう、うわずった声をあげるエレイン。

 せっかくだしもう少し誉めておくか。女の子には優しくしないとな。


「ああ。しなやかでボディバランスもよく、すごく綺麗だったぞ」

「き、綺麗……。えっと、わ、私、ちょっとエルネさんのこと手伝いに行ってくるね!」


 そう言い残すとエレインは逃げるように走りさっていった。

 難しいな。ただ誉めればいいってわけでもないのか……。


「もしかして、グラムはいつもあんな調子なのかにゃ?」

「ああ、残念ながらな」

「色々と報われないにゃ……」


 そんな俺の様子を見て、訳のわからないことを言っているシャルルとベル。

 どうせ女心をわかっていないよ俺は!



「ふぅ、食った食った。ご馳走様エルネ、とても美味しかったよ」


 訓練後、エルネ特性の干し肉とカブのポタージュを食べ終え、俺は食器を洗ってこようと立ちあがった。


「お口にあったようで何よりです。お皿、後でまとめて洗いますので、置いておいてくださいね」

「ありがとう。じゃあ俺はいつもの日課をさせてもらうよ」


 いつもの日課とは、端的に言えば魂力のコントロール訓練のことである。

 2ヶ月ほど前から始めたものと、2週間前から始めたものと2あつあるんだけど、どちらも魂力のコントロールに関しながら意図していることはまったく別物だ。


 まず1つ目。

 魂力のスムーズな移動について。


 これは俺の一番の強みである膨大な魂力を、いかに効率良く使いこなすかという、俺にとって生命線となるとても重用な要素である。


 巨躯なシフティエイプと戦ったときはまだこれが未熟だったため、あろうことか戦闘中に自分の力で怪我をしてしまった。

 もしあのとき、2体目3体目が控えていたとしたら、俺とエルネは恐らく生き残れていなかっただろう。

 かと言ってあのとき、力の流れにそった身体部分強化を行わなければ、巨躯なシフティエイプに勝てたかどうか怪しいものだ。

 それに魂縛の術が切れるまでに、もっと緻密なコントロールをできるようにしておかないと、神に比肩する魂力が戻ったときに俺の体はついていかない……、いや最悪死ぬかもしれないしな。


 そんなこんなで俺は、体のあちこちに魂力を循環させたり、右手50%左手50%みたいに魂力を割りふったりと、はたからみたら大変じみな作業にしばらく没頭した。


「グラムはぼーっと突ったって、何をしているのにゃ?」


 そんな俺を疑問に思ったシャルルが、ベルに問いかける。


「体の中に流れる魂力を操っておるのだ」

「ベルにはそれが見えているのかにゃ?」

「さすがに体内の魂力の流れまでは見えんが、感じることはできる」


 さすがベル。

 いつも魂力をもとに『迷宮創造ダンジョンメーカー』を使っているだけあって、魂力感知はお手のものなんだろうな。

 ……ちょっと実験してみるか。


「ベル、シャルル。これならどうだ?」


 人差し指を立て、その先に魂力を集めていく俺。

 そしてそれを、指先から放出するイメージで……。


「な、なんと! 指先から魂力がほとばしっているではないか!?」

「す、すごいにゃ……。しゅばばーってなんか出てるのにゃ!」


 焚き火を挟んだ向かい側に座っているエレインとガラドも、驚いた顔をしている。

 ちなみにこれは2週間前から始めたほうの訓練の成果だけど、どうやらみんなに見えているようだ。


「じゃあこれはどうだ?」


 放出する魂力を抑え、糸のように細く人差し指から出してみる。


「消えたのにゃ」

「いや、消えてはおらん。微かな魂力が指先から伸びている。しかしグラム、お前はまこと規格外だのお……」


 チート能力持ちのベルに言われるとは、相当なことなんだろうなこれは。


「エレインとガラドはどうだ? 見えているか?」


 魂力の放出はそのままにして、ふたりに見えるよう人差し指を掲げてみる。


「見えてるって何が?」

「そこに何かあんのか?」


 訳のわからぬといった様子のふたり。

 なるほどなるほど。

 大きく濃い魂力は見えるけど、そうでないと知覚するのは難しいってことか。


「あいかわらず坊ちゃまはデタラメですね……」


 洗い物から戻ってきたエルネが、俺を見るや呆れ顔を見せた。


「エルネにも見えるのか?」

「もちろんです。ネッケの糸も同じようなものですからね」


 なるほど。

 エルネは小さい頃から、妖精獣と触れあってきたんだったな。


「ところで坊ちゃま。その訓練は、どんなことを想定されているのですか?」

「ふふふ。気になるか?」


 俺はよくぞ聞いてくれたとばかりにニヤリと微笑む。


「エルネ、我は何か嫌な予感がしたきたぞ……」

「ええ。これは坊ちゃまのいつものアレですね」


 やれやれといった様子のベルとエルネ。


「なんだか嫌らしい感じがするにゃ!」

「グラムいきなり変な顔してんじゃねーよ」

「な、何言ってんだ! グラムは変じゃないよ!」


 好き放題言うシャルルとガラド。


 まったくこいつらは……。

 エレインのフォローがなければ、このまま朝までおやすみするところだったぞ。

 まあいい。これでも見て驚くがいい。


 俺は再び指先に魂力を集中させた。


 これはベルに魂力を吸わせた時に、ふと思いついたものである。

 魂力って体外に出すことができるのか? と疑問を持ったのが始まりだ。

 ベルの深紅のコアがなせることかもと思いつつ試してみたら、なんのことなく指先から魂力を放出できた。


 最初は、これは魂力コントロールの訓練にちょうどいいなと、指から出した魂力を伸ばしたり曲げたり色んな形にして楽しんでいた。

 そうこうしている内に、ふとあることを思いついたのだ。


 魔法スクロールって描かれた魔方陣に魂力を込めて使うんだよな――と。


「お前ら好き勝手言いやがって! これでも見るがいい!」


 俺の指先から魂力の光が伸び、昔ダニエラ婆さんに見せてもらった魔方陣が描かれる――


 ――『火球ファイアボール!』――


 そして魔方陣は光輝きながら、勢いよく空に火の球を放った。


「ふふふ、どうだすごいだろお?」


 どやあと振りかえってみたところ……


「「だから呆れているのですよ!」いるのだ!」


 と、エルネとベルの突っ込みが夜空に響きわたった。

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