第53話 突然の試練
さらに時は流れ、異世界流通用のお菓子のレシピが2桁を越えたころ、父さんから大事な話があると呼びだされた。
「グラム、察しのいいお前のことだから、どういった話かすでにわかっていると思うが、ようやく話がまとまった」
「ほんとに!? で、相手はどこの誰なの?」
父さんが言っているのは、グラム洋菓子店――名前はまだ仮だが――のフランチャイズ経営の取引き相手である。
しかしこの父さんの、なんとも言いづらそうな表情は、まだ手放しで喜べる段階ではないと言うことだろうか。
「それが一癖も二癖もある人物でな、まあそれでもかなり頭のきれる……。いや、すまん。あまり詳しくは話せないんだった。まあその人物から、話を聞く代わりにと、ある条件を突きつけられた」
「ある条件?」
当然相手もなんらかの条件を提示してくることは予想していた。
でも父さんのこの様子……、どうやらそう単純なことではないみたいだな。
「ああ。その条件とは……。お前が自分の力でその相手に会いに行くことだ」
「えっと……。会いに行くって誰に?」
「それは言えん」
はあ?
どこの誰ともわからない人物に会いに行けって、何を考えているんだ!?
「お前の言いたいことはわかる。しかしその人物は、この条件をクリアできないような相手とは、取引きなどするつもりはないとのことだ」
しかし何のヒントもなしにどうすればいいと言うのだ……。
ひとり思案にふけていると、父さんはこの話の経緯を俺に説明した。
その人物、仮にXとしておこう。
父さんがXにフランチャイズの話を持ちかけたところ、Xはすぐに父さんの案ではないと見抜いたそうだ。
そこで父さんが、10歳になる自分の息子が考えたと説明したところ、Xはたいそう俺に興味を持ったらしい。
そして父さんが俺のことを色々と説明し、1度会ってみてくれないかとXに頼んだところ、先ほどの条件を提示されたとのことだ。
なるほど、改めて考えてみるとなかなかに面白い話だな。
まずXは、お金に頓着がない人間か、または今回の取引がただの商売だけで終わる話だと思ってはいないのだろう。
もしそうでないと言うなら、純度の高い小麦粉や砂糖の話が出た時点で、飛びついてくるに違いない。
そして、父さんがXを取引相手に選んだ時点で、お金に頓着がない、なんてことはあり得ない。
そんな人物に、父さんがはなから話を持ちかけるはずはないからな。
そうなると、今回の話がただのもうけ話以上の何かに繋がると考えており、なおかつそれに俺を関わらせようと考えているのだろう。
そして俺の値踏みをするためにこんな条件を……。
なるほど、まったくのノーヒントと思いきや、色々と人物像が見えてきたぞ。
面白いじゃないか。待っていろX。
俺のことを値踏みするつもりならどうぞ好きにするがいい。
俺の値は相当高いぞ!
そんなこんなで、なんの前触れもなく俺の長い旅が始まるのであった。
翌朝。
「グラム、任せたからな」
「ああ、父さん。行ってくるよ」
父さんと母さんに見おくられ、俺は馬車に乗りクロムウェル領を後にした。
「自分の子供が今から大役を担うってのに、やけに簡単なんだな」
少し気にくわないといった様子でエレインが言う。
「違いますよエレイン。ふたりともお互いを信頼しているんです」
ネッケの糸を通じて御者台で聞いていたエルネが、馬車を繰りながらそう答えた。
ちなみにXの条件である『俺の力でXに会いに行く』というのは、俺ひとりで会いに行くってことではなく、俺が自分で考えてという意味である。
なので、お供を連れていくことはルール違反ではない。
それどころか俺の考えが正しいとしたら、むしろ連れていくことが正解と言えるかも知れない。
まあそれはいいとして……。
「おい、シャルル! まだ出たばっかなんだからつまみ食いしてんじゃねーぞ!」
食糧の入った麻袋をゴソゴソと漁っているシャルル。
どこに何が入ってるか知らないくせに、目ざといやつだ。
「にゃふ! 違うのにゃ、ベルのお腹がぐーぐー鳴ってたから心配したのにゃ」
「なぬ! 我のせいだと言うのか!」
相変わらず賑やかなやつらである。
何があるかわからない旅だけど、寂しいなんて思いをすることだけはぜったいにないだろう。
そん騒がしいな中、ガラドはもくもくとローゼンの防具屋で買った、ヒーターシールドの手入れをしている。
アカシャ材という丈夫で衝撃に強い木材から作られた、軽量のアイロン型をした盾である。
「だいぶ馴染んできたみたいだな」
「だろ? 防具屋のおっちゃんにもらったファイアドレイクの脂を、毎日塗りこんでいるからな」
ローゼンで、ガラドの決意に感動した店主がくれたファイアドレイクの脂は、盾に塗ることで強度と火耐性をアップすることができる逸品である。
「これで今度はしっかり守れるな」
「あ、ああ」
肩に手を回し耳元で呟くと、ガラドは少し照れながら答え……
「なんだ? ふたりで内緒話して。私もまぜろよ」
「な、なんでもねーよ!」
エレインの乱入に耳まで赤くした。
今日のエレインはよそ行きの服だから、その気持ちもわからないでもない。
「ところで坊ちゃま。王都に向かうのはいいんですが、もう相手の方の検討はついているのですか?
」
「確証があるわけじゃないけどね。心配か?」
父さんの話の中に色々とヒントがあったから、それなりに当たりはついている。
それにこっちだって誰でもいいわけじゃないしな。
「いえ。私も旦那様と同じで、信じておりますので」
さも当然と、嬉しいことを言ってくれるエルネ。
「わ、私も信じているからな!」
「シャルルもにゃー」
そんな俺の喜ぶ顔を見てエレインとシャルルも続く。
これは、みんなの期待を裏切らないように頑張らないといけないな。
「ところでグラム、王都まではどれくらいかかるのだ?」
シャルルにもたれ掛かりくつろいだまま、ベルが問いかけてきた。
シャルルは毛並みがつやつやで気持ちいいから少し羨ましい。
「そうだなあ。王都ラトレイアまでは通常なら馬車で7日ってとこかな」
「通常なら?」
「ああ。今回は俺たち6人の他にも、小麦粉と砂糖を積んでいるから重量もあるし、調理器具やらも色々積んでスピードをあまり出せないからな。プラス2日はかかるかもしれないな」
俺の返事にげんなりした様子のベル。
今回は人も荷物も多いためキャレッジの馬車ではなく、野盗からちょうだいした幌馬車に乗ってきている。
少し補修はしたものの、キャレッジの馬車に比べると、揺れが大きく乗り心地があまりよくないのである。
「留守番のほうが良かったか?」
「我が行かねば、誰が旅の安全を保証するのだ」
ベルの言葉は何も大袈裟なことではない。
王都まで行くには、魔物が出る危険な場所も通らないといけないからな。
深い森に入りでもしない限り、そこまで驚異度の高いやつは出ないだろうけど、それでもそんな中を夜営しながら進むとなると、神経がどんどんすり減っていくのは間違いない。
しかしベルの『
「頼りにしてるぞベル」
「ああ、任せておけ」
シャルルにもたれ掛かったまま、誇らしげな様子のベル。
すると、そのシャルルと周りのふたりから、何か言いたげな視線を感じた。
「お前たちも頼りにしているからな」
俺の言葉に嬉しそうに返事をする3人。
これは何も気をつかって言ったわけではない。
シャルルは元から身体能力が高いから言うまでもないが、最近ガラドとエレインの成長も眼を見張るものがある。
魂の洗礼を終えていくつか
そのおかげか、実践形式の訓練をしていてたまに驚かされるとこもある。
もちろん俺には及ばないけど、それでも背中を任せられるくらいに成長している。
そろそろこいつらにも、本当のことを言っていいかも知れないな。
でも、中身が25歳の知らない男と知ったらどう思うだろうか……。
「グラム。疲れているならシャルルにもたれ掛かかるといいにゃ」
そんなことを考えていると、突然シャルルが俺を引寄せ膝枕をし、肉球のついた手で頭を撫でだした。
まったく、よく見ているやつだなこいつは。
でもここはお言葉に甘えさせてもらって、このまま少し眠らせてもらうかな。
「ん、エレインどうしたにゃ? エレインもこっちに来るかにゃ?」
なぜかそわそわしているエレインを、俺の隣に引寄せるシャルル。
女の子座りをしているシャルルの膝に、頭をのせて横たわる俺。
そしてすぐ隣に横たわるエレイン。
さらにはシャルルと俺にもたれ掛かった状態のベル。
な、なんだこれは!
美少女成分が強すぎるだろ!
少し寝ようかと思った俺だったけど、隣で異様にそわそわするエレインと、ガラドの何とも言えない視線が気になって、一睡もすることができないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます