第52話 幸せのお菓子

 時がたつのは早いもので、クロムウェル領に獣人たちを受けいれて2週間がたった。


 勤勉なうえに高い身体能力を備えた犬獣人たちのおかげで、自動製粉機と砂糖の精製施設はすでに完成し、なんと昨日から稼働までしている。

 動力は、風の魔力が詰まった魂の欠片ソウルスフィアを加工した魔石を使っている。

 少ない魂力で大きなエネルギーを発生させることのできる、上物だ。

 父さんのつてで購入したから多少は安くしてもらったものの、正直かなり痛い出費である。


 でも、長時間機械を稼働させるためにはどうしても必要なもので、ここをケチるわけにはいかないと判断したのだ。


 もちろん俺の小遣いから買ったわけではなく、クロムウェル領の予算から購入している。

 クロムウェル領では家令――事務や経理や雇い人を監督する仕事をする人――は雇っておらず、今までは父さんが母さんと相談しながら色々と決めていた。

 しかし俺の言動や実績から、家令の仕事を任せてくれるようになったのだ。


 そして俺は今、家令として父さんに現状報告をしているところである。


「……と言うわけで生産体制はすっかり整い、働き者の獣人たちのおかげで、稼働についてもすこぶる順調だよ。俺も今日から本格的にレシピ開発に取りくむつもりさ」

「そうか、やはりグラムに任せて正解だったな」


 執務室の椅子に腰をかけた父さんが、書類に判子を押したまま嬉しそうに言う。


「そう言ってもらえるのは何よりだけど、父さん、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」


 そんな父さんの手が、俺の一言でピタリと止まった。


「まったく、お前はなんでもお見通しなんだな。でも、悪いが今はまだ話せないんだ」

「そう、わかったよ。じゃあ俺はそれまでに、やらないといけないことをやっておくね」


 俺がそう言うと父さんはああと頷き、判子作業を再開した。


 父さんは最近、クロムウェル領を離れることが多い。

 聞けばわざわざ、ローゼンや王都まで人に会いに行っているそうだ。

 ローゼンは港町だし王都は言うまでもなく、どちらも人の多く集まる場所である。

 しかもそのタイミングが、俺がみんなにフランチャイズの話をした翌日ともなれば、考えられることは1つだ。

 父さんは恐らく、俺の計画の商売相手となる貴族に交渉をしてくれているのだろう。

 そこで今日は、それが誰なのか? また、どんな嗜好をしているのか? 

 そんなことを教えてもらって、お菓子作りの参考にしようとしたわけだけど、話せないなら仕方がない。

 とりあえず色々と作ってみますか。

 俺は執務室を後にしキッチンへと向かった。



「にゃっ、なんだかだんだん固くなってきたのにゃ! グラム、シャルル上手にできているかにゃ?」

「何を言っておる! 我のほうが上手にきまっておろう。なあグラム?」


 念のために言っておくと、ふたりは決していかがわしいことをしているわけではない。

 キッチンに向かう俺を見つけ何か手伝わせろと言うので、フレンチメレンゲを作らせているのだ。


 ちなみに最近ベルとシャルルは仲がいい。

 まあ、そうじゃないと毎晩一緒に寝ているわけもないか。


 と言うのも以前、ひとりで寝るのが寂しいからとエルネに拐われていったシャルルであったが、しばらくするとガタガタと震え俺の部屋に逃げこんできた。

 聞けば、スキンシップが過剰すぎて恐怖を感じたのだそうだ。

 さすがに一緒に寝てあげるわけにもいかず追い出したのだけれど、朝起きるとなぜか俺に抱きついて寝ていやがった。

 そんなことが3日続いて、さすがにこのままでは俺の理性ももたないないと部屋の鍵を閉めて寝るようにしたら、俺の部屋のドアの前で丸まって寝ていたらしい。


 そんなシャルルを見かねたベルが部屋に連れて帰って以来、ふたりは毎晩一緒に寝るようになったのである。

 今ではお風呂まで一緒に入っている仲良しさんなふたり。

 言っても恥ずかしがってどっちも認めないけどね。


「よし、角がたってきたな。ふたりともそれくらいでいいぞ」

「むむ、この勝負は引き分けだにゃ」

「我と引きわけるとは、なかやかやるではないか、シャルル」


 いつから勝負になっていたんだ。

 お陰でかなり早くメレンゲが仕上がったからいいけど。


「次はどうするのにゃ?」


 実に楽しそうな様子のシャルル。

 女の子ってお菓子づくり好きだよな。


「じゃあシャルルは、ルドルフさんに作ってもらったこの絞り機に、メレンゲを全部入れてくれ」

「わ、我はどうするのだ!?」

「ベルのほうはここからちょっとコツがいるから、俺が変わるよ」

「なぬ! せっかく我が綺麗に泡立てたのに!」


 うん、気持ちはわかるぞベル。

 でもこの作業のできいかんで、大きく仕上がりが変わってしまうのだ。


「また後で変わるから、悪いけどシャルルの作業を手伝ってやってくれ」

「ベル、一時休戦にゃ。ここからの作戦は、ふたりの力を合わせる必要があるにゃ」


 肩を落としているベルに、右手を差しだすシャルル。


「ふっ、共同作戦か。たまにはそれも良かろう」


 その手を強く握りしめるベル。

 すっかり機嫌がなおったようで何よりである。

 意外と言ったら失礼だけど、シャルルのやつは心の機微にとても敏感だ。

 たまに調子にのったり、わがまま言ったりもするけど、それすらシャルルの魅力のように思えるのは、不快に感じないラインをうまく見極めているのかも知れないな。

 と言っても、本人はそんな難しいこといちいち考えておらず、野生の本能に従っている感じだろうけど。


「全部入ったにゃよ。次はどうすればいいのにゃ?」

「じゃあ、手本を見せてやるからちょっと貸してみろ」


 俺の手元を食いいるように見ているふたり。

 なんとも教えがいのあるいい生徒である。


「こう真ん中からくるっと円を描くように絞っていって……、横で止める」


「おおお! これは、バラではないか!」

「すごいにゃ! 魔法みたいにゃ!」

「残りはふたりで半分ずつやってみな」


 俺の言葉にジャンケンを始めるふたり。


「よおしシャルル、まずはお前からやってみるのだ」

「にゃ、シャルルの絞りをお手本にするといいにゃ」


 どうやらシャルルが勝利したらしい。


 ちなみに何を作っているかと言うと、精製したばかりの砂糖が入ったメレンゲクッキーである。

 そしてもうひとつ、ベルからあずかったメレンゲを仕上げて作るのはベリィのマカロン。


 小麦粉を使うと、現状ではどうしても高価になってしまう。

 もちろん貴族用に高価なお菓子も作る予定だけど、まずはできるだけ多くの人に喜んでもらえるようにと、このふたつを選んだ。

 両方ともひとつひとつが小さいので、友達とわけあって食べるとかしてもらえたらな、との考えもある。


 この世界にお菓子がどんどん広がって、どこの家庭でもこんな光景が見れたらいいんだけどな。


「見よシャルル! 我が絞ったこれが一番形が良いのではないか?」

「うにゃにゃ、ベルなかなかやるのにゃ。しかしシャルルの本気はこれからにゃ!」


 俺は鼻やほっぺにメレンゲをつける二人を見て

 、しみじみとそう思った。



「う、うまい! しかもこの食感はなんだ……。まるで雲を食べているかのような得も言えぬ心地よさ……」

「ほんとだにゃ! さくっとしゅわっと口の中から消えていくにゃ。しかもすっごく甘いにゃあ……」


 完成したメレンゲクッキーを一口食べ、頬を赤く染めているふたり。

 聞くまでもなく満足している様子である。


「ふたりともこっちも食べて見ろよ」

「む、確かマカロンと言ったな。どれどれ……ッ!」

「シャ、シャルルも食べるのにゃ……。はにゃ!」


 最早言葉もなく、とろとろの恍惚の表情を浮かべる美少女ふたり。

 なんとも眼福である。

 どれどれ、俺も食べてみるか。


 うん、なかなかにうまくできているじゃないか。

 こっちの世界のベリィは少し酸味が強いけど、これはこれで悪くない味わいだ。

 レモネやアモンド味も作って、もっとバリエーションを増やしてみるのもいいかも知れないな。


「はっ! グラム、このメレンゲクッキーを少し持っていっても良いか? 母君にも食べさせてあげたいのだ」


 どうやらベルが我にかえったようである。


「ああ、もちろんだ。ベルが作ったって持っていってあげるといいよ」

「うむ!」


 ベルはいい笑顔で返事をすると、メレンゲクッキーをいくつか包み駆けていった。

 あんなに慌てて、よほど母さんの喜ぶ顔が見たいんだな。


「にゃ! シャルルもおばばに持っていくにゃ!」


 同じくいくつか包み、跳ねるように駆けていくシャルル。

 前も言ってたけど、おばばっていったい誰のことだ?


「さて、俺も持っていってやるかな」


 父さんとエルネとエレインとガラド、あと最近よく頑張ってくれている犬獣人たちにも持っていってあげないとな。

 俺はみんなが喜ぶ顔を想像しながら、早足にキッチンを後にした。

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