第51話 囚われのシャルル
ルドルフさんの指揮のもと、ボルゾ族による自動製粉機の組み立てが、いよいよ始まった。
ボルゾ族はその種族がらか勤勉で、誰ひとり文句を言うことなく働いている。
ちなみにボルゾ族17人の内、力仕事が可能なのは13人である。
残りの4人は年齢の関係もあり、簡単なお手伝いなどをしてもらっている。
そして肝心の自動製粉機だけど、部品の中にはかなり大きめなものもある。
そんなもので、俺が住んでいた世界と違いクレーンもリフトもないこの世界では、運ぶだけでもかなりの労力だ。
しかしそこは身体能力の高い獣人だけあって、順調に自動製粉機が組みあがっていく。
この様子じゃ明後日には完成するかも知れないな。
小麦自体がそれなりに高価なこの世界だけど、こいつが完成したら、効率よく真っ白な小麦粉を精製することが可能になる。
となれば、例え小麦の投資が高くついたとしても、じゅうぶんに元がとれるはずである。
自動製粉機ができあがったら、次はサトウキビ精製用の施設も作る予定で、すでに設計図もできあがっている。
ただ問題なのはサトウキビをどうするか。
当面はベルに頼るとしても、早めになんとかしたいところである。
そして問題はもう1つある。
昨日あれからずっと、シャルルが姿を消しているってことだ。
働かざる者食うべからず。
エルネは俺の教育係をしているし、ベルは言うにおよばず色々と助けてくれている。
犬獣人たちも今日からばりばりと働いている。
厳しいようだけど、そんな中でシャルルだけ特別扱いをするわけにはいかないのだ。
昨日の夕方、家の前に魚が何匹か置いてあったから、きっと本人も何もしないのは悪いとは思っているはずなんだけど……。
「あにゃぁああ! なんだこれ! バカみたいにかたいにゃあ!」
なんて心配していたら、どうやら当の本人が現れたようだ。
見てみるとサトウキビ畑で涙目になっている。
「畑にあるからかじりついてみたら酷い目にあったにゃ……」
なんでとりあえずかじりつくのかは疑問だけどなるほど……。
表情を見る限り、このままじゃ申し訳ないと思いつつ、ばつが悪くて出て来にくかったんだろうな。
しかし、ここで甘やかすわけにはいかない。
少し心が痛むものの、俺はあえて何も反応せず無言でシャルルの出方をうかがった。
「グラム……。危ないところを助けてもらって、ご飯も住むところももらって、シャルルはほんとに感謝しているにゃ」
意を決したように真っ直ぐ俺を見つめるシャルル。
「何か返したいけど、でもシャルルは犬ころみたいに力は強くないにゃ……。あと昨日はワガママ言ってごめんにゃ。ずっとひとりだったから、嬉しくてはしゃいじゃったのにゃ……」
昨日からずっと一緒にいたがってたのは、ずっとひとりだったからなんだな。
まったく……。
「お前、手先は器用なほうか?」
「き、器用にゃ! シャルル昨日の魚だってちゃんと捌いておいたにゃ!」
やっぱりあの魚はこいつだったのか。
まったく手先は器用でもいろいろと不器用なやつだな。
「庭師のウェモンさんがけっこう高齢でな。ちょうど助手を探していたんだ」
俺の言葉に目を見開くシャルル。
どうにも、ひとりぼっちのやつには弱いんだよな俺は。
「部屋も1つ空きがある。だからシャルル、お前うちに住みこみで働くか?」
「は、働くにゃ! 一生懸命がんばるにゃ!」
喜びのあまりおもいきり抱きついてくるシャルル。
「おい、だからあんまりくっつくなって……」
「にゃははは。グラム大好きにゃー」
「ちょ、やめろ! 顔をなめるな……。ってか痛っ! お前の舌ざりざりして痛い、いたたたた!」
猫に舐められるのはずっと夢だったけど、何これ肉が削ぎとられそうなんだけど!
せっかく叶った俺の夢は、充足感ではなく、ただただ痛みだけを俺にもたらすのであった。
それからほどなくして……。
「グラム、怒ったかにゃ?」
俺がため息をついたのを見て、しゅんと尻尾をたらすシャルル。
「いや怒ってないよ。悪気がないのはわかっているからな」
「ほっぺが赤くなってるにゃ。シャルルが舐めてあげようかにゃ?」
「それだけはやめて!」
悪気はないんだろうけど、痛いものは痛いのだ。
「そう言えばお前、あれにかじりついて、歯は大丈夫だったのか?」
「大丈夫じゃないにゃ! 犬歯が折れるかと思ったにゃ。なんであんなの植えているのかにゃ?」
折れるかと思ったって、あんな鉄以上に固いものにかじりついて、よく平気だったもんだ。
俺のショートソードなんか欠けてしまっていたからな。
「あれはサトウキビって言って、砂糖が採れるんだよ」
「へ? 砂糖はあんなのから採れるのにゃ?」
砂糖って言葉につられ、舌なめずりするシャルル。
やはり甘味は罪深いものだな。
「うん、まあそうなんだけど……。ちょっと硬すぎてな、困っているわけだ」
「だったら犬ころに任せたらいいのにゃ」
「いくら犬獣人たちが力持ちでもさすがにあれは無理だろ」
油圧カッターでもあればいいけど、どういった構造か知らないしなあ。
さすがに普通科の教科書には載っていないから見たことないし。
「違うにゃ。『
「いやいやいや、植物相手に『
しかし、シャルルは俺の話を聞かず、跳ねるようにサトウキビ畑のほうに走っていき……
「やーいやーい、犬ころやーい!」
まるで小学生のように犬獣人たちを煽りだした。
「なんだシャルルまたお前か。我々は今忙しいのだ。邪魔をするな」
そしてバルザーヤさんに、小学生のようにあしらわれているし……。
そんなシャルルを注意するため近づこうとしたとき、それは起きた。
「うるさいにゃー。シャルルを黙らせたかったら自分でなんとかするのにゃー」
サトウキビ畑の前でピョコピョコ跳ねながら、犬獣人を煽るシャルル。
「お前! 族長様に無礼を働きやがって……」
すると、それを見かねた若い犬獣人が、シャルルに向けて『
「アオオオオオォォオオ!」
「今にゃ!」
それを耳をふさぎレジストしたシャルルは、ここだとばかりに爪をむき出した手を、サトウキビに向かって振りおろした。
「シャルルやめろ! 爪が折れてしまうぞ――」
スパッ――
シャルルの爪の一撃で、いとも容易く切断されるサトウキビ。
「え、えええええ!」
「グラム見るにゃー! シャルルの言った通りだったにゃー!」
斬ったばかりのサトウキビを持って、ピョンピョン跳びはねているシャルル。
いや、えええ!
なんで『
「シャルル、ちょっとそれを貸してくれ」
『
植物が恐怖なんかするわけがな――これは?
シャルルから受けとったサトウキビを見てみると、切り口から小さな黒い粒がポロポロと落ちている。
なんだこれ?
――まさか!
俺はよく目を凝らして、畑に生えたサトウキビを観察してみる。
いつも以上に魂力を込めてじっくりと……。
「そういうことだったのか! これは、すごい発見だ……。よくやった、よくやったぞシャルル!」
「にゃはははは! シャルル役に立ったかにゃ?」
「ああ。シャルル、お前は最高だ!」
俺は喜びのあまりシャルルを抱きしめ、そのままくるくると振りまわした。
そうか通りで『
俺が魂力をめいっぱい込めて凝視したサトウキビには、なんと小さな魂力の反応がビッシリと密集していた。
どういうことかと言うと、サトウキビの皮の下に、とてつもなく硬い微生物が大量に詰まっていて、それがサトウキビを守っていたってわけである。
よし、これで砂糖を大量生産できるぞ!
俺とシャルルはしばらくの間手を取りあい、サトウキビ畑で踊りつづけるのであった。
その日の夜……。
「今日からここがシャルルの部屋だ。何か必要なものがあったら言ってくれ」
野盗に囚われ着の身着のままだったから、着替えも持っていないしな。
「素敵な部屋だけど……。ひとりかにゃ?」
「ひとりは嫌か?」
「シャルル、グラムと一緒がいいにゃ」
とんでもないことを言いだすシャルル。
「いや、それはまずいだろ。ってか、お前には羞恥心はないのか?」
少し残念な気持ちもないことはないけど、シャルルは猫っぽいとは言えどうみても女の子なのだ。
それもとびっきりの美少女。
「グラムならいいにゃ。シャルル、グラムのことは主と認めているにゃ」
またまたとんでもないことを言いだすシャルル。
頼むから俺の心を揺さぶるのはやめてくれ。
――とあれは!
「エルネ! いいタイミングで通りかかってくれたな。ちょっといいか?」
「はい? なんでしょうか坊ちゃま」
体からかすかに湯気を出しているエルネ。
髪も少し濡れているし、お風呂あがりなんだろうか。
……うん、すごくいいな。
「坊ちゃま?」
「ああ、すまん」
いかんいかん。堪能してしまっていた。
「えっと、良かったらでいいんだけど、今日からシャルルと一緒に寝てあげてくれないか? シャルル、とりあえず寝るときだけで我慢できるか?」
「うう、わかったにゃ。とりあえずそれで我慢――」
「い、いいのですか!?」
――ッ!
え、なにそのくい気味な反応?
シャルルがびくってしたんだけど……。
とりあえず事情を説明してみると
「シャルル! そういうことでしたら、気が変わらないうちにまいりましょう」
シャルルはずるずると引っ張られていった。
よく人拐いにあうやつだ……。
そう言えばエルネって動物が大好きだもんな。
思いかえしてみたら、獣人たちを見る目が尋常じゃなかったし。
……シャルル大丈夫かな?
「まあ、いっか」
俺はしょせん他人事とその場を後にした。
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