第50話 獣人たちの暮らしを支えましょう

 クロムウェル領に帰ってきた俺たちを見て、父さん母さんは目を丸くして驚いた。


 そりゃそうだろう。


 行きは1台だった馬車がなぜか2台になっているし、その中からぞろぞろと獣人が出てきたのだから。


 事情を話すと、父さんは獣人たちを快く受けいれてくれた。

 本当は色々と困ったこともあっただろうに、まったくそんな素振りを見せず。

 そして俺の目を見つめると、良くやったと誇らしげに頭を撫でてくれた。


 その後、使用人のメメルさん特製スープとパンが振るまわれ、獣人たちのお腹もしっかり満たされたところで、俺とベルと獣人たちは以前『迷宮創造ダンジョンメーカー』の実験をしていた未開拓地域に来ていた。


「グラムー、我は少し休みたいぞお」


 ローゼンから馬車に揺られ、途中で野盗とひと悶着あり、川で遊び、さらに馬車に揺られて帰ったのだからそりゃ疲れてるよな。

 こんな小さい体なんだからなおさらだ。

 でも、今日中に獣人たちの家を建てないといけないわけで……。


「すまないなベル。でも、どうしてもお前の力が必要なんだ」

「グラムがそう言うなら仕方ないのお」

「いつもありがとな。これが終わったらゆっくり休んでくれ」


 そしていつものように、俺の指をパクリと咥えるベル。

 獣人たちは連れてこられたものの、どうすればいのか困惑した表情である。


「では、ちゃちゃっといくぞ!」


 ――『迷宮創造ダンジョンメーカー』――


 ベルがスキルを発動すると、何もなかった土地に次々と土の箱が生えてくる。

 やがて箱はレンガ作りの家に姿を変え、小一時間で住宅街が完成した。


「お疲れ様ベル」

「うむ、では我は少し休ませてもらうぞ……」


 ベルはそう言うと、近くに作っておいたベンチに倒れ、そのまま寝息をたて始めた。

 相当疲れていたんだな。

 今日は何か甘いお菓子でも作ってやるか。


 ちなみにボルゾ族は5世帯で計17人。

 家族構成はそれぞれ異なるけど、今後のことも考え、どれも同じ大きさの家を作っておいた。

 それにシャルルの住む家も合わせて、6件の家が並んでいる。

 側にはサトウキビ畑もあり、ここがついこの間まで荒れ地だったなんて言っても、普通は誰も信じないだろうな。


「さて、家も完成したし、みんな各自好きな家に――」


 獣人たちを振りかえると、みな一様に目を丸くし固まってしまっていた。

 うん、そりゃそうなるわな。


「こ、こんな素敵な家をいただいてもよろしいのですか……?」


 いまだ戸惑った様子のバルザーヤさん。


「ああ。見てもらっていたからわかると思うけど、材料費も施工費もタダだからな。気にしないで使ってくれ」


 ちなみに獣人たちがクロムウェル領の領民になった時点で、俺は意図的に口調を変えている。

 別に威張り散らしたい訳ではなく、これはけじめであり、対外的にも必要なことなのである。

 まあうちはその辺、結構いい加減なとこがあるけどね。


「グラム様、何から何までありがとうございます」

「気にしないでいいって。これからはクロムウェル領を支えていく仲間なんだからさ。そのグラム様ってのもやめてくれ」

「いえ、ボルゾ族が受けた多大なる恩義、決して忘れることはできません。必ずや、その恩義におこたえしたいと存じます」


 深々と頭をさげるボルゾ族一同。


「わかったわかった! とりあえずみんな疲れているだろうし、今日はゆっくり休んでくれ。明日の朝にまた来るから、これからのことはその時に話そう」

「いえ、グラム様がわざわざ来られなくても、私どものほうから伺わせていただきます!」

「いや、ここで説明したいことがあるから気にしないでくれ」

「承知しました。では皆、各自好きな家に別れて入るのだ」


 獣人たちはペコリと頭をさげ、思い思い家に入っていった。

 その表情はどれも明るく希望に満ちた目をしている。


 ふう、礼儀正しいのはいいけど少し疲れるな。

 でも立場上これも慣れていかないといけないか。


「ところでシャルル。お前も家で休んでいいんだぞ」


 なぜか先ほどから俺の脚にもたれ掛かっている、シャルルを見下ろし声をかける。


「む。グラムはシャルルを見捨てるのかにゃ?」

「ちゃんとお前の家も用意したじゃねーか。中にふかふかベッドもあるからそっちで寝ろよ」

「グラムはシャルルのこと何もわかっていないのにゃ」


 そう言われても会ったばっかだしなあ。

 とりあえず、シャルルのことを今一度観察してみる俺。


 猫獣人でシャルト族のシャルル。

 恐らくその名前と見た目から、シャルトリューがベースとなった猫獣人なんだろう。

 獣人と言うだけあって、ブルーグレーの美しく艶のある短毛に覆われており、胸元の部分だけ少し毛が薄く人間の肌のようになっている。

 と言うことは恐らく服の中は……、ってどこを見いるんだ俺は。

 顔は猫の仮装をした人間って印象だな。

 猫耳に猫鼻に猫の口。

 でも大きな人間のような目と配置のバランスが、やはり人間の少女らしい印象を与えている。

 ミディアムボブの髪も人間そのものである。

 そしてしなやかな腰のラインのモデルのようなスタイル。

 そこから導き出される答えは!


 うん、わからん。

 やはり猫の仮装をした美少女って印象だ。


「シャルルのことなあ……。うーん、お腹でも空いてるのか?」

「違うにゃ! ご飯はさっき食べたばかりにゃ」


 うーん、なんで俺はこんなよくわからんクイズに付きあっているのだろうか?

 まあでも俺、実は猫好きだからな。

 おじさんが猫アレルギーだったから我慢していたけど、ずっと猫を飼いたくて無駄に飼いかたとか調べてたもんな。

 よし、その知識によると……。


「わかった! 砂のトイレがいいんだろ?」

「ぜんぜん違うにゃ! 真面目に答えるにゃ!」

「じゃあもっと風通しのいいトイレがいいとか?」

「なんでトイレのことばっかりにゃ! とんだ羞恥にゃよ!」


 シャルルは尻尾をパタパタ不快をあらわにしている。

 そんなこと言ってもわかんねーよ。

 あとは……。そうだ!

 確かシャルトリューって、猫にしては甘えたで飼い主に懐く性格をしているんだったな。


「お前もしかして、俺と一緒にいたいのか?」


 俺がそう言うと、シャルルはぐるぐると喉を鳴らし、額を俺の体に擦りつけはじめた。

 これは猫が甘えているときや、信頼している人に自分の臭いをつけて安心したいときなどに見られる行動である。


 しかし、この見た目でされるのは色々と思うところがあるわけで……。


「ところでシャルル。お前何歳なんだ?」

「14にゃ」


 なんだか妙な背徳感に包まれ、俺は慌ててシャルルを引きはなした。


「お前さ、すぐくっつくのやめたほうがいいぞ」

「グラムはシャルルの匂いつけられるの嫌かにゃ?」

「いやどっちかっていうと嬉しいけどさ」


 そりゃ健全な男ならみんなそう言うさ。


「じゃあいいにゃ」

「よくねー!」


 そして健全な男だからこそ、過度にくっつかれたら困るのである。


「ところで1つ気になることがあるんだけど」

「なににゃ?」

「お前、なんでひとりでボルゾ族の中にいたの?」

「うにゃ! あまりの卑劣さに、今思いだしても腹がたつにゃ!」


 この反応、やっぱ何かあるんだな。

 出会ったばかりで、ほいほい聞くようなことでもないかもな。


「まあ、言いにくいなら別にいいけど――」

「外に干してあった干し肉を盗み食いしたら、捕まったのにゃ!」

「お前が悪いんじゃねーかよ!」


 気をつかって損したわ!


「違うのにゃ! シャルルはただおばばを……」

「おばば?」

「――なんでもないにゃ!」


 機嫌をそこねたのか、シャルルは距離をとってじっとこちらを見ている。


「なんだよ? お前なんでもいいけど、肉盗ったんならちゃんと謝っておけよ」

「むっ!」


 尻尾を膨らませ毛を逆だてるシャルル。

 あ、これは怒ってるな。

 なんて思っていたら……、


「ばーか、ばーか、グラムのばーか!」


 捨てゼリフを残し走りさっていった。


「まったくなんなんだ」


 尻尾や耳で感情はわかりやすいけど、何考えているかさっぱりわからんな。

 ――ん?


「ベル、起きてたのか? 騒がしくしてすまんな」

「なんだあれは?」


 まだ少し眠いのか、目をごしごししているベル。


「うーん、あれも女心ってやつか?」

「あれは我でもわからん」


 ベルもさすがに猫心はわからんらしい。


「とりあえず帰るか」

「ん」

「どうした早く行くぞ?」

「ん!」


 返事のわりにベンチから起きあがろうとしないベル。


「なんだ? もう少し寝ていくのか?」

「我は今日たくさん働いて疲れたぞ。家まで運んでいくのだ」


 やれやれ、こいつ中身は大人なくせにけっこう子供だよな。

 でも確かに今日はいっぱい働いてくれたもんな。


「ほらよ」


 言われるまにベルを背負い、そのまま歩きだす俺。


「ふふふ」

「お前がこんなに甘えるなんて珍しいな」

「猫娘をさんざん構ったのだから、しっかり我も構うのだ」


 なんとも可愛らしいことを言うベル。

 なんだ? モテ期到来か?


 なんてすぐ勘違いしないところが、俺も成長した証だろうな。

 おおかたお気にいりのオモチャを取られたような感覚なんだろ。


 そんなことを考えていたら、背中から小さな寝息が聞こえてきた。

 俺はその可愛らしい寝息にほっこりしとしながら、家路につくのだった。



 そして翌朝。


「お早うございますグラム様。朝からご足労をおかけして申し訳ありません!」


 俺は、今日も礼儀正しいボルゾ族に会いに来ていた。


 ボルゾ族は、見るからにボルゾイな犬獣人で、みんなどこか気品にあふれ知的な雰囲気を醸しだしている。

 犬のように鼻と口が突きでているけど、目の形やキリッとした眉毛など、どちらかと言うと人間のような顔立ちをしている。


 そのボルゾ族に、俺はあるひとりの人物を紹介した。


「よーし、お前らいいか! 俺の名前はルドルフだ。俺のことは親方、またはルドルフさんと呼べ! そして今日からしばらくの間、お前らは俺の手足となって働いてもらう! わかったら返事しろお!」


「「「はい! 親方!」」」


 なんとも体育会系なノリのルドルフさん。

 なんで今日ルドルフさんを連れてきたかと言うと、ベルに作ってもらった自動製粉機の部品と設計図を見せたところ


「こんなもんひとりで作れるか! 作ってほしかったら人を連れてきやがれえ」


 と、どやされたからである。

 ボルゾ族みたいに力持ちで真面目な人材なら、ルドルフさんもきっと大満足に違いない。


 そんなこんなで今日からいよいよ、俺のお金稼ぎ作戦の本格始動なのである。

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