第49話 もふもふ救出大作戦

「ふたりとも準備はいいか?」

「ああ、いつでも良いぞ」

「久しぶりに血が騒ぎますなあ!」


 準備も気合いもじゅうぶんな様子の、ベルとウェモンさん。


 ちなみに今の状況を、もう一度整理するとこうだ。

 洞窟の入り口に見張りの野盗がふたり。

 残りの野盗は、洞窟に入ってすぐのところで煙草をふかしている。

 そしてその奥に、獣人たちを閉じこめた幌馬車がとめてある状況だ。


 俺たちは今、その洞窟の奥の壁の先、ベルの『迷宮創造ダンジョンメーカー』を使って掘った穴の中で待機している。


迷宮創造ダンジョンメーカー』で野盗どもを地中に引きずりこめでもしたら早いんだけど、力を使うためにはその空間を支配している必要がある。

 つまりここからは、直接乗りこむ必要があるのだ。


「いいか? 怪我をすることは許さない。危ないと思ったら、すぐ穴に戻って逃げるんだぞ」


 ふたりが頷いたのを確認すると、俺は目の前の壁に手をあてスキルを発動させた。


 ――『衝撃インパクトLV3!』――


 爆音と共に壁が吹きとび、俺たちが隠れていた穴が野盗たちの洞窟と繋がる。


「な、なんだ!?」

「おい、何があった!」


 不審な音につられ、洞窟の中に駆けこんでくる見張りのふたり。


「ベル、ウェモンさん耳をふさげ!」


 俺の声にベルとウェモンさんが両手で耳をふさいだ瞬間――


「アオォォオオオオオオオン!」


 天井からたれるネッケの糸を通して、ヘルマのスキル遠吠えハウリング』が洞窟内に響きわたった。


 ただでさえ不意をつかれレジストする余裕もないうえに、洞窟の壁で反響しているもんだから、その効果は絶大だ。

 野盗たちは、特殊部隊の閃光弾フラッシュバンで制圧されたテロリストのごとく、地面にただのたうち転がっている。


「よし、乗りこむぞ!」


「馬車はまかせてくだされ!」


 慌てて御者台によじ登るウェモンさん。

 ウェモンさんは、俺とベルが幌馬車に乗りこんだことを確認すると、全速力で馬を駆けさせた。


 幌馬車が、転がる野盗を蹴散らしながら、洞窟内を疾走する。

 そして洞窟を飛びだした瞬間――


「ダメおしだ!」


 ショートソードを洞窟入り口の天井に突きあげ、俺はスキルを発動させた。


 ――『衝撃インパクトLV3』――


「やったなグラム! 崩落で入り口を封じてやったぞ!」

「ああ、うまくいったな」


 俺とベルはハイタッチをし完全勝利の余韻に浸るのであった。



 それから馬車を走らせること一時間ほど。

 俺たちは追っ手がないことを確認し、小川のほとりで獣人たちを枷鎖かさから解放していた。

 と言っても鍵がないので、鎖を叩き斬っているだけだけど。


「助けていただき、ありがとうございます」


 枷鎖かさから解放された、犬獣人のひとりが頭をさげる。

 顔は人間ぽいけど、全身が茶色い毛で覆われていて、手には肉球がついているようだ。


「いえ、大事にいたらないで良かったです。見たところ皆さん怪我はないようですが、どこか具合の悪いところなどないですか?」

「彼らにとって私たちは大事な商品だったらしく、幸いみな無事です。ただ、少し喉が乾いていまして、続きはそこで川の水を飲んでからでもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。その間にパンと干し肉がありますので、皆さんの分を用意しておきますね。ただ、皆さんでわけられると、本当に少しずつになりますが……」


 なんと獣人たちは18人もいる。

 ネッケの映像で多いなとは思っていたけど、実際馬車に乗りこんでみたら、あまりにもぎゅうぎゅう詰めでびっくりしたほどだ。


「何から何まで本当にありがとうございます」


 犬獣人はふたたび丁寧に頭をさげると、みなと一緒に川に水を飲みにいった。

 10歳の子供相手でもなんとも礼儀正しいな。

 やっぱり犬の獣人だから仁義に厚いんだろうか?


 それから獣人たちの食事の準備をしていると、シンプルな装飾のキャレッジの馬車が近づいてきた。

 御者台にはとうてい御者には見えない人物、エルネが乗っている。


「おーいグラムー! 無事かああ?」


 窓から身を乗りだし手を振るエレイン。

 その様子を見て、俺は改めて皆の無事に安堵した。



「さて、皆さん。ここから帰る道はわかりますか? もしわかるようでしたら、その野盗の馬車を使っていただいて結構ですが」


 獣人たちが食事を終えたのを見て、俺は誰にでもなく話しかけた。


「そのことで実は、お願いがあるのですが……」


 そう返してきたのは、先ほど少し話した犬獣人の男性である。


「お願いですか? えーと、あなたは……」

「助けていただいたのに名乗りもせず、これは失礼しました。私はバルザーヤ。この者たちボルゾ族の長をしております。この度は一族の命を救っていただき、まことにありがとうございました」


 立ちあがり深く頭をさげるバルザーヤさんと、それにならう他の獣人たち。


「いえいえ、頭をあげてください。たまたま居合わせただけですから。それと、僕の方こそ名乗っていませんでしたね。僕はグラム・クロムウェルです。ところでバルザーヤさん、お願いというのはなんでしょうか?」

「大変厚かましく、お恥ずかしい話なのですが……」


 そう言うと、バルザーヤさんは思いつめた様子で語りだした。



「……なるほど、そういうことでしたか」


 バルザーヤさんのお願いとは端的に言うと、定住できる場所の紹介である。

 考えてみたら当たり前の話なんだけど、以前に住んでいた場所は、すでに野盗たちに目をつけられている可能性があるので、戻ることはできないとのこと。

 かと言って、着の身着のまま一族を連れてさ迷うわけにもいかず、さあ困ったぞという状況なのだ。


 うーん……、困ったな。

 クロムウェル領は決して裕福ではない。

 仮に受け入れそれぞれ何か仕事についてもらったとしても、いきなり収入が増えるわけではない。

 しかも18人か……。


 ふと見ると、俺が難しい顔をして悩んでいたものだから、お葬式のような顔でうつむいている獣人たち。

 ふぅ。小さな子供もいるみたいだし、放っておく訳にもいかないか。


「わかりました。そう言うことでしたら父に相談しましょう」

「本当ですか! あ、ありがとうございます!」


 ぱあっと顔色を変え満面の笑みで喜ぶ獣人たち。

 中には尻尾をぶんぶん振りまわしているものもいる。

 こう言っちゃ失礼だけど、なんだか可愛いな……。


「ところで1つ気になっていたのですが、えーっとそこの端の……」


 いや、本当に気になっていた。

 いつ言おうかずっと悩んでいたんだ。

 18人いる獣人たちの中で明らかに浮いている存在。


「ん? シャルルのことかにゃ?」


 うん、その語尾はやっぱりそうだよね。

 だって君だけどう見ても猫なんだもん……。


「そ、そう。えっと、君は他の人と違うみたいだけど」

「当たり前にゃ。シャルルは猫獣人シャルト族のシャルルにゃ。犬ころなんかと一緒にされたら困るのにゃ」


 ならなんで一緒にいるんだよ! ってツッコミたいけど、今はややこしくなるからやめておくか……。


「ボルゾ族のみんなは住む場所を探しているみたいだけど、シャルルはどうするんだ?」

「拾ったら最後まで面倒を見るのが、飼い主のつとめにゃ」


 シャルルのふてぶてしさに、バルザーヤさんが顔を押さえている。

 当の本人は、肉球のついた手でごしごし顔を洗っているが。


「拾ったらって……。お前はそれでいいのか?」


 本当の猫ならそれで構わないけど、シャルルはどう見ても女の子である。

 ブルーグレーの被毛で体が覆われているものの、顔はあきらかに人間だ。


「シャルルはゆっくりお昼寝ができたら、それでいいにゃ」


 なんと言うか、軽いカルチャーショックだな……。

 これがこの世界の猫獣人スタンダードなのだろうか?

 まあ憎めないやつみたいだから、一緒に連れていってやるけど。

 しかしなんでこんなやつが、仁義に厚いボルゾ族と一緒にいたのか気になって仕方ない。


「じゃあ皆さん、クロムウェル領まで帰りますので馬車に乗ってください。エルネ、そのまま幌馬車の御者をお願いしていいか?」

「お任せください坊ちゃま。じゃあ、お前たち帰りもお願いね」


 エルネは幌馬車に繋がれた馬を、優しい顔で撫でている。

 ほんと動物が大好きで、すぐ仲良くなれるんだな。

 もしかしたら、獣人たちが来ることも、内心喜んでいるかも知れないな。


「さて、お前たち。いつまでも遊んでいないで馬車にのれよ」


 俺は、近くの川で遊んでいるベルとガラドとエレインに声をかけた。

 きっと、長い話に飽きてしまったんだろう。


 3人は元気よく返事をすると、濡れた足をふき馬車に乗りこんだ。

 さて、帰るとするか。


 俺も馬車に乗りこみドアを閉めようとした瞬間……


「シャルルもグラムと一緒がいいにゃ」


 猫獣人のシャルルが音もなく飛びのってきた。


「グラムもっとそっち行くにゃ。シャルルは膝枕が大好きだにゃ」


 返事もしていないのに俺の体をぐりぐりと押し、勝手に膝の上に頭を乗せるシャルル。


「おい、シャルル暑いからもっとそっちに――」

「ああああ! お、お前、何やってるんだよ!? あ痛っ!」


 急に興奮した様子で立ちあがり頭をぶつけるエレイン。


「お前うるさいにゃ。静かにしないと眠れないにゃ」

「おい、そこの猫娘、し、尻尾をとめんか……、ふぁ、ふぁっくしょん!」


 シャルルの尻尾で鼻をさわさわとこすられ、大くしゃみをするベル。


「お、お前なにすんだよ! なんか色々飛んできたじゃねーか!」


 そしてとばっちりを受けるガラド。


 はぁ、なんだこのカオスな空間は……。

 俺はこの先の日常の不安と、獣人たちの暮らしについて、頭を悩ませながら帰路についた。

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