第48話 行きはよいよい帰りは……
「さて、懐かしのプルミエール村に帰るか」
俺の言葉に、おーっと元気よく返すみんな。
色々とあったけど、なかなかに楽しい旅だった。
しかしガラドとエレインは、この旅で急に大人っぽくなったな。
魂の洗礼が済んだからってのもあるだろうけど、もちろんそれだけじゃない。
ふたりとも自分なりに、日々いろいろと考え成長しているんだ。
プルミエール村に帰ったら、きっとふたりの両親がびっくりするに違いない。
「なんだ? ニヤニヤしてこっち見て」
そんなことを思いながらふたりを見ていたら、視線に気づいたエレインが問いかけてきた。
「いや、なんだかんだお前らとの付きあいも長いよなって思ってな」
「はぁ、いきなりどうしたんだグラム?」
ガラドも訳のわからぬって顔をしている。
俺もこんななりをしていても中身は25歳。色々と感じるものがあるんだよ。
ってそんなことこいつらがわかるはずもないか。
まあなんと言うか
「お前らのこと大好きだなーって思ってさ」
「いきなり気持ち悪いこと言うなよグラム!」
「は、はあああああ!? え、そ、それはどういう……。え、えええ!」
うぇっと仕草を見せるガラドと、なぜか妙に焦っているエレイン。
「ないわ……。グラムよ、いくらお前でもさすがにそれはないぞ」
そしてなぜか呆れ顔のベル。
こんなやつらと出会えるなら、異世界ってのもなかなか悪くないもんだな。
「坊ちゃま、もう到着しているみたいですよ」
エルネの言葉に町の入り口を見てみると、見慣れたキャリッジの馬車が止めてあった。
父さんはあまり大仰なものを持つのは好きでないんだけど、それでも男爵という地位から持っておかないといけないものがある。
社交界や茶会に呼ばれて、乗り合いの馬車で参上するわけにもいかないからな。
それでもと、極力シンプルに押さえたデザインに、微かな抵抗のあとがうかがえる。
そしてこのシンプルなデザインの馬車に乗って迎えに来てくれたのが、クロムウェル家の庭師兼、御者のウェモンさんである。
「ウェモンさん、こんな暑いなか腰も痛いだろうにごめんね」
「何を何を。このウェモン、老いてますます盛んなるべし! このぐらいどおってことありませんぞ」
ウェモンさんはキャビンのドアを開き、ガハハと豪快に笑ってみせた。
ウェモンさんは今でこそ腰の曲がったおじいちゃんだけど、昔は槍の名手だったそうで、お酒を飲むと昔の武勇伝を語りだす癖がある。
「じゃあウェモンさん、来たばかりで申し訳ないけど、クロムウェル領までよろしくね」
「お任せくだされ、坊ちゃま」
ウェモンさんはキャビンのドアを閉めると、御者台に腰をかけ手綱を振るった。
小気味のいい馬の足音と共に、ローゼンの町が離れていった。
それから半刻ほど馬車に揺られたころだろうか、林道を通っていると1台の幌馬車とすれ違った。
「ウェモンさんそこの岩影で止めて!」
それを何の気なしに見ていた俺は、ふとある予感がよぎり、慌ててウェモンさんに馬車を止めるよう指示をした。
「どうされました坊ちゃま?」
「悪いエルネ説明は後だ。急いでパックルで、さっきの幌馬車の様子を探ってくれるか?」
「わかりました」
――『
俺の言葉に数瞬の疑問も挟むことなく、パックルを召喚するエルネ。
パックルはカレッジの窓から、青い光の尾を引きながら幌馬車に迫った。
「坊ちゃま、幌馬車のすぐ後ろにつけました。御者には気づかれていません。どうしますか?」
「隙間から中を確認できるか?」
「はい、やってみます」
今日は日差しも強く、少し汗ばむくらいに気温が高い。
そしてあの馬車には、魂の気配がぎっしりと詰まっていた。
なのになぜ、幌の後ろを閉めているんだ?
勘違いならそれでいい。
笑い話で済む話だ。
しかし、ギルドで受付のお姉さんが言っていた言葉が、ふと頭をよぎったんだ。
(最近ローゼンで奴隷狩りの目撃情報が相次いでいるから気をつけてね)
「坊ちゃま! 中に
「ちっ! 思った通りかよ!」
金のためならなんでもするという人の醜悪さに嫌気がさしつつ、俺はどうするべきか頭をフル回転させた。
「うむぅ、なかなかに厳戒だのお」
洞穴の前で剣を構える見張りたちを、崖上の藪から見おろしベルが呟いた。
あれからパックルに先導してもらい幌馬車を追ったのはいいけど、問題はここからだな。
「おい、あんまり顔を出すと見つかるぞ」
「わかっておるわ。して、どうするのだ?」
俺の注意を受け、藪からすぽりと頭を抜くベル。
「見た感じ下にいるやつらは野盗の類いだろう。まっすぐかかっていっても、返り討ちにあうのが関の山だ」
相手は剣で暴れまわるのが本業の、荒くれものたちだ。
10歳の子供が、勧善懲悪ものの漫画のごとく、ばったばったとなぎ倒せるなど、さすがに自惚れてはいない。
「では、ローゼンの町の役人にでも通報するか?」
「いや、多分それでは間に合わない」
「間に合わない?」
「ここは規模から言っても、恐らく野盗のアジトではなく取引場所だ」
隠れるのに最適な場所ではあるけど、あるのはただの洞窟だけ。
拠点とするにはさすがに不便極まりないだろう。
「なるほど。どこかから来る奴隷商に引きわたすわけだな」
「ああ。だからそいつの後を追って、ついた町で役人に通報する」
馬車での尾行なんて普通だったらバレバレだけど、パックルで追わせれば離れていても平気だしな。
「いえ坊ちゃま。残念ながらその作戦では、捕らえられた人たちは救出できません」
馬車で待つ3人に事情を伝えに行っていたエルネが、いつの間にか戻り話を聞いていたようだ。
そしてエルネはひと呼吸つくと、不機嫌をあらわにその理由を語りだした。
「まったく、人間とはかくも愚かなものとはのお」
ベルが呆れるのも無理はない。
まさか、役人までもが敵だとはな。
いや、だからこそ奴隷商なんてやつらがいるんだろう。
ここアイレンベルクでは、奴隷制そのものが禁止されている。
だからと言って、欲しがるものがいないかと言うとそうではない。
役人たちは、そんな奴隷を欲する有力貴族たちに圧力をかけられ、また奴隷商からの賄賂欲しさに黙認しているとエルネは語った。
人が人を売買するなんて何様のつもりだ。
……いや、きっと同じ人と思っていないんだろうな。
通りでエルネが嫌な顔をするわけだ。
この人間の醜悪な部分は、エルネが最も見たくない一面だからな。
となると、なおのことこのままにはしておけないか。
「ベル、確かに愚かな人間は沢山いる……。だけど、みんながみんなそうじゃないさ」
「……ですね」
エルネは俺の言葉に頷くと『
「どうするつもりだ? 確かに中を確認したいけど、さすがにあの中をパックルに探ってもらうのは危険だぞ」
「ええ、ですのでこの子に探ってもらいます」
――『
エルネが
「私の友達のネッケです」
ネッケと呼ばれた蜘蛛は、エルネにむけて器用に足をあげ振っている。
その姿は蜘蛛ながらも、どこか愛らしい。
「じゃあネッケ、頼みましたよ」
ネッケはエルネの指にぷしっと糸を噴射すると、そのまま洞窟にむかって跳躍した。
やがて洞窟内に到着したネッケの視覚情報が『
蜘蛛はあまり目が見えていないと聞いたことがあるけど、鮮明に中の様子が確認できるみたいだな。
『はぁ、早くこいつらを売った金で、酒でも浴びたいぜえ』
――ッ!
突然辺りに、野太い男の声が響き渡る。
「エルネ、これは!?」
「ネッケの糸は、周囲の音を聞いたりこちらの音を伝えることができるのです」
「今はこっちの音は聞こえていないのか?」
「ええ、私がそうしようとしない限りは平気ですのでご安心を」
まさに諜報向けの能力。
今の状況でこんなにありがたいものはないぞ。
『しかしボロい商売だよなぁ。何匹かガキを捕まえて脅せば、ごっそりついてくるんだからよお、大金が』
『クックック、まったくだ。しかし早く着きすぎちまったな。まだ1時間以上あるじゃねーか』
どうやら野盗は5人。
洞窟の外にふたり、残りは洞窟の中で煙草をふかしている様子だ。
そしてタイムリミットは1時間と少しといったところか。
野盗と取引に来るってことは、奴隷商はそれなりに腕がたつ護衛を何人か連れてくるはず。
きっと帰りは、獣人たちとともに護衛も馬車に乗るに違いない。
そうなると助けだすのは困難だ。
なら、幌馬車の中に獣人たち以外誰もいない今が最大のチャンス。
「エルネ、ネッケが消えたらその糸はどうなる?」
「そのまま私の手元に残ります。音を聞くことはできますが、ネッケがいなくなると中の様子を見ることはできなくなります」
見るものがいなくなれば、まあそれは当然だろう。
でも音が聞けるってことはもしかすると……。
「こっちから音を伝えることはできるか?」
「ええ、糸さえあれば可能です」
よし! これは使えるぞ。
「ふっ、どうやら作戦が決まったようだの?」
俺がニヤリと笑ったのを見てベルが言う。
「ああ、ベルにも手伝ってもらうぞ」
「もちろんだ!」
俺は覚悟を決めると、エルネとベルに作戦を伝えた。
さあ、腐った連中から獣人たちを助けるぞ!
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