第57話 エリュマントスを討滅せよ

「じゃあ行ってくるにゃよ」


 そう告げるとシャルルは、木伝いに森の中へと消えていった。


「にゃん、にゃー、にゃん、にゃん、にゃー、にゃん」


 夕陽に照らされた木々を、シャルルはおどりを踊るかのように伝っていく。

 これは別に何かが楽しいわけでも、ふざけているわけでもない。

 自身の持つ固有スキルユニークスキルを使うときのために、シャルルはリズムを体に刻んでいるのだ。

 そうしてシャルルが幾つかの枝を踊り伝っていると……


「見つけたにゃ!」


 生いしげる木々に囲まれた水場に、8体のワイルドボアと3体のエリュマントスが、並んで水を飲んでいるのを発見した。

 距離も数も事前にエルネに教えられていた通りである。

 シャルルは背負っていた弓を構えると、ワイルドボアめがけ矢を放ちスキルを発動させた。


 ――『銀灰猫の円舞曲ぎんかいねこのワルツ』――


 シャルルの放った矢が、1体のワイルドボアの眉間を貫いた。

 矢を射られたワイルドボアはそれに気づく暇もなく、命を刈りとられ地面を揺らす。


 途端、ざわめき立ち辺りを見回す魔物たち。

 しかしどの魔物もシャルルの姿を見つけることができない。


 そしてまた一矢ワイルドボアの額を貫いた。


 同胞の死に怒りを露わらにする魔物たち。

 自慢の嗅覚に反応はあるが姿は一向に見えない。

 そのことがより魔物たちの怒りを加速させた。


 これはシャルルの固有スキルユニークスキル銀灰猫の円舞曲ぎんかいねこのワルツ』の効果である。

銀灰猫の円舞曲ぎんかいねこのワルツ』は30秒の間、自身の姿と自身の出す音を消すことができるスキルである。

 しかしそんな便利なスキルにも1つのルールがある。

 それはスキルを発動している間は、3拍子のリズムに合わせて行動をする必要があるのだ。


「にゃん、にゃー、にゃん、にゃん、にゃー、にゃん」


 次の枝へジャンプし……、弓を引き……、矢を放つ……。

 着地して……、矢をつがえ……、またジャンプする……。


 シャルルが舞うたびに、ワイルドボアの額に矢が生えていく。


「そろそろ30秒たつにゃ。ワイルドボアの数を出きるだけ減らせって言われたけど、5匹もやればじゅうぶんかにゃ?」


 そう思いそろそろ引きあげようとしたそのとき、怒りに満ちた咆哮が大気を震わせた。


「にゃっ!?」


 突然のエリュマントスの咆哮に驚き、足を滑らせてしまうシャルル。

 リズムが狂ったせいでその姿は丸見えである。

 エリュマントスはその隙を逃さんと、落ちてくるシャルル目掛け鋭い牙を突きあげた。


「まずいにゃ!」


 凶悪な牙がシャルルを貫こうとしたその時――


「ふにゃあああ!」


 シャルルの体は見えない力に引っぱられていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 山の麓で夜営しているときに、ネッケの糸は魂力が混じっているようなことを、エルネが言っていた。

 ならば試しにとその糸に俺の魂力を込めてみたところ、細さはそのままに登山ロープ並みの強度を得ることができた。

 万が一のことを考えそれをシャルルに巻きつけておいたんだけど、ほんとに良かった。


「ふにゃあああああ!」


 ただちょっと、強く引きすぎたかも知れないけど……。

 俺は慌てて飛びあがり、逆バンジーのような勢いで飛んでくるシャルルを受けとめた。


「ふみゃ!」

「お帰りシャルル。いい仕事だったぞ」


 聞いたことはないけど、きっとこれが潰れたカエルの様な声ってやつだろうな、なんて考えていたら……


「何笑ってるのにゃ!」


 シャルルに引っかかれてしまった。

 せっかく頑張ってくれたのに申し訳ない。


「シャルル、後ろに下がってフォローを頼む」

「まかせるにゃ」


 俺は抱えていたシャルルを下ろすと、こちらに走ってくる魔物の群れを見据え剣を構えた。


 魔物の群れはワイルドボアを前衛に、魚鱗の陣形をとり15メートルほどの距離まで迫っている。

 そしてさらに5メートル迫ったそのとき――


 ――ガウッ!


 藪に潜んでいた大狼ヘルマが、エリュマントスの首筋に噛みついた。

 不意に横から襲われたエリュマントスは、何の抵抗もできず横だおれになっている。


「ベル、今だ!」

「ああ任せておけ!」


 ――『大地の尖槍アーススパイク』――


 素早く地面に手をつく大人ベル。

 すると地面から円錐形の岩が飛びだし、倒れているエリュマントスの腹を突きやぶった。

 残り5体、距離7メートル。


「よし! エルネ!」

「はい!」


 ――『一陣の風フウァールウインド!』――


 突如吹きすさぶ風が、先頭を走るワイルドボア2体を後方へと連れさっていく。

 それを素早く処理するベルとヘルマ。

 残り3体、距離5メートル……。


「こいつは任せるにゃ!」


 横に並ぶ俺とガラドの間を、矢が通りぬけワイルドボアにつき刺さる。


 残り2体、すぐ目の前……。

 そして2トン車ほどもある魔物エリュマントスが、俺とガラドを蹴散らさんと突っこんできた。


「ガラド気合いを入れろお!」

「おお!」


 エリュマントスのあご先を狙い、剣を斬りあげる俺と盾を構えるガラド。


 剣が、盾がエリュマントスに触れたその時……


 ――『衝撃インパクトLV3!』――

 ――『シールドバッシュ!』――


 2体のエリュマントスは中空に打ちあげられた。


「エレイン!」


 目の前のエリュマントスの腹を、そのまま斬りおろす俺。

 堅牢な背中と違い容易に裂け血が吹きだす。

 それと同時に、ガラドの後ろで待機していたエレインがもう1体に飛びかかった。


「任せろ!」


 ――『疾風迅雷!』――


 エリュマントスの前に飛ぶように現れるエレイン。

 エレインはそのまま、がら空きになった腹を目掛けてブロードソードを突きさした。

 終わったか、と思ったそのとき――

 エリュマントスは腹にプロードソードを突きさされたまま、最後の反撃をせんとエレインに襲いかかった。

 慌てて剣を振りあげる俺。

 しかしエリュマントスは、次いでやってきた電撃にびくりと体を震わせたと思うと、体から黒い煙を出し息たえた。


 どうやらエレインのスキルの効果みたいだな。

 俺は念のため倒れている魔物たちの魂力を確認すると、剣を鞘に納め勝どきをあげた。


「俺たちの勝ちだあああ!」


 みんなが俺に続き声を張りあげている。

 戦いの興奮冷めやらぬといったところだろう。

 まあなんにせよ、みんな無事でよかった。



 それから俺たちは戦利品である魂の欠片ソウルスフィアを回収すると、ペイル領の人たちにワイルドボアとエリュマントスの解体を手伝ってもらい、町へと持ち帰った。


「グラム殿、散っていた者たちの無念を晴らしていただき感謝の言葉もない……。貴殿たちはペイル領の救世主だ」


 そう言うとペイル卿は深々と頭をさげた。


「頭を上げてくださいペイル卿。魔物を放っておけば、クロムウェル領もいずれ襲撃を受けていた可能性があります。だから私は当然のことをしたまでです。どうぞお気になさらないでください」


 褒められるのは大好きだけど、目上の人に頭をさげられるとどうも気をつかってしまう。


「グラム殿……。ふっ、クロムウェル卿は良い跡取りを持ったものだな」

「ありがとうございます。しかし、そこはペイル卿も恵まれているではありませんか」


 少し離れた場所で母親に抱かれた赤子がきゃっきゃと笑っている。

 なんとも可愛らしい、ペイル領の大切な跡取りである。


「ああ、そうだな。良かったらあとで抱いてやってはくれぬか? グラム殿が抱きあげたとなると、たいそう勇敢な男に育つだろう」

「私で良ければ喜んで。さあペイル卿、皆が待ちくたびれています。盛大に祝杯をあげようではありませんか」


 見てみるといい匂いで焼けている肉を前に、皆がまだかまだかとこちらを見ている。

 ペイル卿はそれを見るとくすりと笑い、ねぎらいの声をかけながら輪の中に入っていった。

 さて俺も行くか。


 俺たちが輪に入ったところで盛大な宴が始まった。

 家屋や畑を荒らされはしたが、幸いいくつかの畑と食料庫も無事だったおかげで、ベルの作った大テーブルの上には豪華な食事がところせましと並んでいる。

 大人は酒を手に、子供は果実ジュースを手に、亡くなった者たちを送ろうと、飲んで食べて騒いでいる。

 明日からまた頑張るために。


「坊ちゃま、お疲れさまです」


 そう言ってエルネが、アプルの果汁を絞ったジュースを持ってきてくれた。


「ありがとう。エルネもお疲れさま」


 エルネはふふと声を出して笑った。


「そう言えばエルネ、いつの間に魔法を覚えていたんだ?」

「実はダニエラさんに色々と教えてもらっていまして」


 聞けば、俺がエルネを助けた少し後から、たまに稽古をつけてもらっているそうだ。

 母親と同じ風の魔法に適正があると言われ嬉しかったとか、どんな稽古をしているかなど教えてくれた。

 しかし紹介した覚えはないがいつの間に知り合いになっていたんだ……?


「おーいグラムー。早くこっちにくるにゃあ!」


 見てみるとシャルルが飛びはね両手を振っている。

 どうやら他のみんなも俺を待っているみたいだ。


「行こうかエルネ」

「ええ」


 俺はエルネの手を引きシャルルたちのほうへ向かった。


「ガラド! お前のシールドバッシュ凄かったなあ!」

「そうだろ、かなり特訓したんだぜ。エ、エレインも凄かったぞ、あの剣技」


 ガラドの肩をバシバシ叩くとエレインと、褒められ満々の笑みを見せるガラド


「にゃん、にゃー、にゃん。にゃん、にゃー、にゃん」

「こらやめんかシャルル! 我は肉を食べたいのだ!」


 シャルルに手をとられ踊りに付きあわされているベル。

 と言うか、振りまわされているって感じだな……。


「賑やかですね坊ちゃま」


 エルネはそんなみんなを嬉しそうに見守っている。

 幸せはどんどん伝染していくからな。


「よし、エルネ。俺たちも踊ってみるか!」

「え、坊ちゃま! ま、待ってください!」


 俺は幸せの輪がもっともっと広がればいいと思いエルネの手をとった。


「おお、グラムもなかなか上手だにゃー」

「ははは、だろ? いつ舞踏会があってもいいようにエルネに教えてもらっているからな」

「ちょ、ちょっと坊ちゃま。私こんな大勢の前では……」


 シャルルの横に並び踊る俺とエルネ。


「わ、私も踊るぞグラム!」


 その様子を見て駆けてくるエレインと少し寂しそうなガラド。

 そんな賑やかな宴会場と満天の星空に、ベルの悲痛な叫びが響きわたった。


「わ、我は肉を食いたいのだあああぁぁぁ!」

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