第36話 グラムの野望
勢いよく飛び出してきたのはいいけど、さて何を作ったものか?
残念ながらこの世界では製粉技術がまだ未発達だから、前の世界のような真っ白の小麦粉は非常に高価なんだよなー。
しかもお菓子やパンで使う小麦は、通常の物より土を深く掘る必要があったり、大量に肥料が必要だったり、病気に弱かったりで手間や経費がかかるから、そもそもあまり作られておらず小麦そのものが貴重だ。
じゃあパンの材料はどうしてるのかというと、基本は大麦かライ麦である。
不作の時には草も混ぜたりしていた中世ヨーロッパに比べたら幾分かましか。
でもなんで砂糖も貴重なんだろうか?
中世ヨーロッパでは確かに貴重だった。
それは香辛料と同じで、需要の高さと東南アジアからの輸入に費用がかかりすぎるって理由からだ。
ならそれなりに安全に航海ができるこの世界では、もっと手に入りやすくてもいいはずなんだけどな。
それに香辛料で有名な国インドは、サトウキビの収穫量が世界2位である。
となると香辛料の栽培が盛んなこの辺りでも、サトウキビのような植物が自生していてもなんら不思議ではないと思うんだけど……。
うーん、魔物素材とか不思議パワーで、小麦やサトウキビを安定して栽培できたらウハウハなんだけどなぁ。
調理技術が向上する
それか前の世界での知識を生かして、自動製粉機を開発して高品質の小麦粉を作るのも儲かるかも知れないぞ。
俺は技術的なことはできないから、設計図を作って職人に依頼するとかして。
でも1800年頃にようやくできたものを、果たしてこの世界で作れるだろうか?
「……ちゃん。おにーちゃん!」
「ん? あ、ごめんアンナ」
「もー、ぼーっとして。アンナのことむしするんだから」
俺をにらみつけ、ぷくりとほっぺを膨らますアリアンナ。
なんとも可愛くて仕方ない。
アリアンナは俺に遊んでもらおうとしょっちゅう家にやってくる。
今日もそろそろ俺の授業が終わったかなと遊びにきたら、俺がお菓子を作るなんて言うもんだから、とうぜんとばかりついて来たのである。
「ごめん。でも無視してたわけじゃないんだ。ちょっと考え事をしていてね」
「かんがえごと? なんのおやつをつくるか? アンナ、クッキーがたべたいな!」
「そうかクッキーが食べたいのか。せっかくアンナが食べたことのない、すっごく美味しーの作ろうと思ったんだけどなー」
「アンナそれがいい! すっごくおいしーのたべたい!」
すっかり機嫌をなおし、俺の想像通りの反応を見せるアリアンナ。
女の子を手のひらの上で転がすとは、俺も罪作りな男だぜ。
なんてくだらないことはいいとして、そろそろ作るとしますかね。
実はカゴに入ってる卵を見て、ちょうどいいのを思いついたのである。
さてさて材料は、卵に牛乳と砂糖代わりの蜂蜜。
全部うちの領地で採れたものだ。
そして何を作るかって言うと、コンビニでも買える牛乳と卵でできた、みんな大好きなあのお菓子。
そう、プリンである!
もともとプリンは、長い航海で食材を無駄にしないため、あまりものの肉の切れ端とか野菜くずとか、全部卵と混ぜて蒸し焼きにしちゃえーってできた料理が原型と言われている。
さっきも言ったけど、この世界じゃ食材を日持ちさせるアイテムが色々あるので、こういう発想はないはずだ。
つまりプリンのようなお菓子は、まだ誰も口にしたことがないんじゃないだろうか。
そうだといいなー、なんて考えたわけだ。
勢いで飛び出す前に、エルネに確認してから何を作るか決めた方が良かったかな?
でも、どうせなら何を作るか楽しみのままびっくりさせたかったんだよな。
まあともかく……。
「よし、アンナ。一緒にお菓子作り始めるか」
「おー! あ、おにーにゃんそのまえに、なにかついてるよ?」
小さな手を俺の肩に伸ばそうとするアリアンナ。
届くように屈んであげると、糸屑でもついていたのかパパッとはらってくれた。
「ありがとアンナ」
「えへへー」
お礼を言うとアリアンナはにへらと笑い、俺のほっぺにキスをしてくれた。
もしかしてそれをしたかったのか!
あまりに可愛かったもので俺もやり返してあげたら、すごい拭かれてちょっと傷ついたのはナイショだ。
そんなこんなで、俺とアリアンナはふたり仲良くプリン作りを始めるのであった。
――そして夕食時。
「ほう、これがグラムが作ったというお菓子か。」
「あのね、アンナもてつだったんだよ!」
「あらあら、すごいわねグラム。とっても美味しそうだわ」
「坊ちゃま、これはなんという名前のお菓子なのですか?」
なんとも賑やかな食卓に並んでいるのは、父さんと母さんとアリアンナとエルネ。
使用人の人たちはいつも時間をずらして食事をとっている。
「これはプリンと言ってね、卵と牛乳で作ったお菓子なんだ」
しまった。
父さん母さんに、こんなお菓子どうやって作ったと聞かれたら、エルネに教えてもらったと言おうと思ってたけど、打ち合わせしてなかったもんな。
「ほう、プリンか。確かにぷりんぷりんしているな!」
「ええ、ぷりんぷりんしているわね。さすがグラムだわ!」
なんて心配してたけど、なんか訳のわからないこと言ってるし平気みたいだな。
「では坊ちゃま、切り分けさせていただきますね」
「ああ、頼んだよエルネ」
プリンと言うとプラスチックの容器に入ったひとり用のを想像するだろうけど、今回作ったのはパイ皿で湯煎焼きにしたホールサイズのプリンである。
もしカフェなんかで出すとしたら、それのほうが効率がいいだろうと考えてのことだ。
でも、細かな意匠をあしらった陶器の器で作る、貴族用のものもあるといいかもしれないな。
器代でぼれそうだし。
「はい、坊ちゃまどうぞ」
なんて少し悪どいことを考えていたら、エルネが優しく笑みながらお皿を渡してくれた。
ほんといい顔で笑うようになったと、俺も笑顔を返す。
「ん? アンナどうしたんだ、恐い顔して」
そんな俺たちと違って、アリアンナはどうやらご機嫌斜めのようだ。
エルネのほうを見ているのか……?
「あなた、グラムおにーちゃんのなんなの!? おにーちゃんはアンナのなんだからね!」
いきなり興奮した様子で、テーブルをダンと叩き立ち上がるアリアンナ。
恐らくニラみつけているんだろうけど、背がちっちゃくてテーブルからは頭しか出ていない。
「えっと、わ、私は坊ちゃまのそっき――いえ、ただの、教育係でして……。ぼ、坊ちゃま!」
コミュ障のエルネがあわあわしながら、俺に助けてくれと視線を飛ばす。
どっちも可愛くてもう少し見ていたいんだけど、あとでヘルマをけしかけられたらかなわないし助けてやるか。
「アンナ。エルネは俺の新しい教育係で、俺に勉強やマナーなんかを教えてくれてるんだ」
「おべんきょう?」
もそもそと椅子に座りなおすアリアンナ。
「興味があるなら、アンナも一緒に授業を受けてみるかい?」
「い、いい! アンナおべんきょーすきじゃない!」
実は前の教育係から授業を受けている時、何か楽しいことでもやってるんじゃないかって、アリアンナが部屋にやって来たことがある。
その時に、教育係のじいさんにマナーについてこってりしぼられたことがあり、以来1度も授業中は近づいたことがないのだ。
それを思い出したのかアリアンナはすっかりおとなしくなってしまった。
そして、そんなアリアンナの様子を見て、ほっと胸をなでおろすエルネ。
「あら、グラムはもてもてねー」
「まったく、羨ましい限りだな」
「あなた……?」
「あ、いやなんでもない!」
そして今日もイチャイチャしている父さんと母さん。
クロムウェル家は今日も平和である。
「じゃあみんな、俺が作ったお菓子、食べてみてよ」
さてさて、自信はあるけどみんなどんな反応を見せるだろうか……。
「おいしー! やわらかくってあまくって……、はむはむ……。すっごくおいしー!」
待ちきれないとスプーンいっぱい頬張ったアリアンナ。
喋りながらもスプーンが止まらないみたいで、元教育係のじいさんが見たらこれは大目玉だな。
「な、なんだこれは! こんなお菓子は初めて食べるぞ!」
「あら、ほんとに美味しいわ。優しい甘さになめらかな食感で、いくらでも食べられそうね」
一口食べて顔を見合わせている父さんと母さん。
「……」
そしてエルネに至っては、無言で恍惚の表情を浮かべている。
これは思った以上に反応がいいぞ。
その後みんな競っておかわりをし、ホールサイズもあったプリンはあっという間になくなってしまった。
「しかし、こんな新しいお菓子を考え出すなんて、やはりグラムは天才だな!」
「ええ、さすが、私たちの子だわ」
褒められて伸びる子の俺には、なんとも耳心地のいい言葉である。
「これならきっと王都に出しても、評判のお店になりますよ」
なぜか自分のことのように、誇らしげにしているエルネ。
でも俺の計画は少し違うんだ。
「それなんだけど、実はこのプリン、俺が作ってそのまま販売するつもりではないんだ」
「え、なぜですか? こんなに美味しいのに!」
「そうなのかグラム? でも、お前将来やりたいことのためにお金を稼ぎたいんだろ? 俺もこのプリンなら店を出せば絶対に繁盛すると思うぞ」
納得いかない様子のエルネと父さん。
「そう、繁盛するから困るんじゃないかなって思ってさ」
俺の父さんフラック・クロムウェルは、平民上がりの貴族である。
13年前の『
その点にはなんらおかしなところはない。
それどころか父さんがいなければ、今ごろアイレンベルクはドラクロワの属国になっていた可能性だってある。
それほどの活躍を見せた。
しかしそれが、他の有力貴族たちに嫉妬と恐れを与えてしまったのだ。
それもそうだろう。
大戦の戦況に影響を与えるほどの武を持った豪傑に、爵位と土地を与えるのだ。
世襲貴族たちが危機感を覚えるのは当たり前の話だろう。
父さんには野心の欠片もないんだけど、そんなことわかってもらえるはずもないしな。
だからもしこのプリンで、王都に店を構え販売し大繁盛でもした日には、快く思わないものがたくさんいるってことなのだ。
じゃあ、どうするのか?
簡単なことである。
快く思わないものたちにも、旨味を与えてあげたらいいのだ。
だから俺はこの世界で……。
「フランチャイズ経営をしようと思うんだ」
「フ、フランチャイズ経営?」
当然のごとく首をかしげるみんな。
初めて聞いた言葉なんだから、当たり前の反応だ。
そして、その初めての大業を、俺に成せるのかという思いも正直ある。
しかしフランチャイズ経営の創始者である、ケンタチキンの白い髭のおじさんも言っていた。
人は自分がやれると思うか、やりたいと思う分だけ前進できるのである。
だから俺は目の前に座るみんなを眺めてみた。
俺はみんなを守りたい。
そのためにやれないことなんてあるはずがない。
前進あるのみである!
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