第35話 お金稼ぎを考えましょう

 さて今日からお金を稼ぐぞ!


 なんて勢いだけでどうにかできるわけもなく、俺は今エルネと一緒に自分の部屋で作戦会議を開いている。

 エルネのお母さんを取り戻すためってことはもちろん秘密で、邪悪なる者に対抗する組織を作るための資金繰りという名目だ。


 見つかるかどうかもわからない状態で期待だけさせるわけにもいかないし、本当のこと言えば気を使うだろうと考えてのことだ。


「では、まずは坊っちゃまの計画を聞かせていただけますか?」


 計画なんて呼べるほどのものはまだ考えていないんだけど、そんなことはつゆ知らずエルネは聞いてきた。

 あんな大口を叩いたんだ。

 何か考えがあって言ったと判断するのはまあ当然のことだろう。


 しかしその前にひとつ確認したいことがある。

 実はさっきの授業中から気になってはいたんだけど、また邪魔しちゃ悪いしってずっと我慢をしていたんだ。


「その前にエルネ、今日は眼鏡はかけないの?」

「え? 眼鏡ですか?」

「そう。一昨日の授業ではつけてたよね? なんで今日はつけてないの?」


 なんでそんなに眼鏡なんかに執着する?

 なんて思うかもしれないけど冷静に考えてほしい、これはとても重要なことなんだ。


 だって、家庭教師(教育係)にはやっぱ眼鏡だろ!

 長い黒髪、教鞭とくれば眼鏡が必要なことくらい誰だってわかるはずだ。


 と言うのは半分冗談である。

 半分ね。


「もしかしてシフティエイプに襲われたときに壊しちゃった? それなら父さんに言って新しいの用意してもらうけど」

「だ、大丈夫です! 別に壊れてはいませんから……。かけなくても問題ないのでかけてないだけです」

「ふーん、そうなんだ。ならなんで初日はかけてたの?」

「そ、それは……」

「それは?」

「眼鏡をかけたほうがそれらしく見えるかなと思いまして……。なめられないためにも……」


 俯き加減で顔を真っ赤に染めているエルネ。


 な、なんと可愛い生き物なのだあああ!

 一見すごくできる風の見た目なのに、そんなオチャメなところがあるとか!


 まてよ、と言うことはあれか?


「もしかして、うーんこっちのほうがキリッとして見えるかな? それともこっち? とか選んでたわけ?」

「そ、それは!」


 赤い顔を更に赤く染めあげるエルネ。

 もしかして図星か!?


 いやいやいや、いくらなんでもそれはギャップがやばすぎるだろ。


 なんてひとりニヤニヤしていたら、ふと冷たい視線が突き刺さっていることに気がついた。


「坊ちゃま、もしかしてバカにしているのでしょうか……?」

「いや、なんだか可愛いらしいなと」

「ほう……」

「ちょ、待て! なんで『夏の夜の夢フェイズコミック』出してるの? ま、まさか……、やめ! こんなとこでヘルマ出さないで! ぎゃああああ……」



 コミュニケーションを取ることに慣れていない人の羞恥心は、あまり煽るものじゃないという教訓を得られました。

 まあでもこないだまでのことを考えると……、


「エルネ、気を使いすぎていたのがだいぶましになったみたいで良かったよ」

「坊ちゃまのご命令ですからね」


 そう言うとエルネは、ふふふと朗らかに笑った。

 いい顔で笑うようになったねと言いたかったけど、また照れ隠しでヘルマをけしかけられたらかなわないので飲み込んでおいた。


「さて、俺の計画だったね」


 お金を稼ぐにあたり俺が思いついたものはいくつかある。

 しかしその中にはあまり効果が期待できないものや、やらないほうが良いものもあるだろう。

 異世界の知識が乏しい俺ではその辺りの判断がつきかねるため、アドバイザーになってもらおうとエルネに声をかけるつもりだったんだけど……、


「坊ちゃま。将来、邪悪なる者と戦うための組織を作るのでしたら、今からでも継続的な収入となる金策案を考えておいたほうがいいのではないでしょうか?」


 なんて先を越されたので少しビックリした。


 今の俺はクロムウェル男爵の嫡男でそれ以上の何かを持ち合わせている訳ではないし、エルネは表向きただの教育係だ。

 しかし先日の夜に俺の側近になるよう命じ、エルネはそれに従った。


 今回の件でエルネから声をかけてきたのは、恐らくそのことが影響してのことだろう。

 理想の世界を作ると言った俺のサポートをする。

 それが今のエルネの依存であるのだ。

 つまりは、バカなところばかり見せるわけにはいかないということで、そろそろ真面目な俺を見せていくか。


 そんな訳で、今回の作戦会議をするに当たって考えてきた3つの案をエルネに話した。


 第1の案『魔物の素材を売って稼ぐ』


 この方法の最大の利点は、お金を稼ぐだけではなく戦闘経験も積めるということ。

 運が良ければ魂の欠片ソウルスフィアを手に入れることもできるし、まさに一石三鳥の金策だ。

 もしこれで稼げるのなら、最良の選択とも言えるだろう。

 でも恐らくこの方法は非現実的だろうな、と思いつつエルネに話してみたらやっぱりそうだった。


「坊ちゃまの強さは確かに常軌を逸しておりますが、それはあくまで10歳という年齢にしてはです。今討伐できる魔物は恐らくD級が限度でしょう」

「そしてD級程度ではたいした稼ぎにならない。と言うことだね?」

「はい、残念ながらその通りです。仮に冒険者ギルドに登録し依頼を受けたとしても、坊ちゃまが望む稼ぎには程遠いでしょう」

「はぁ、やっぱりそうか。ま、俺もまだまだだってことでこれはボツだな」

「あ、いえ。確かに坊ちゃまはまだ発展途上ですが、他の追随を許すことのない無限の可能性を秘めております。ですのでどうぞ自信をお持ちくださいませ」

「ありがとエルネ。君に言われるとなんだかそんな気になってくるよ」


 真っ直ぐな視線からエルネの厚い信頼を感じる。

 そしてその信頼に答えないといけないと程よく気が引きしまる。

 何ともいい関係かもしれないな。


「じゃあ次の案だけど、実はこれはちょっと自信があるんだ」



 第2の案『魔法スクロールを売って稼ぐ』


 いやいや、肝心の魔法スクロールの調達はどうするんだ?

 なんて思うかもしれないけど、もちろんそれは解決済みである。

 俺の誰にも負けない自信のある特技を使ってね。


「ちょっと待っててね」


 説明するよりも見せたほうが早いだろうと考え、俺は机の上に置かれた紙に筆を走らせた。

 昨日の晩に何度も練習しておいたので、その動きにはなんの迷いもない。


「よし、できた」


 1分とかからずに描き終えたそれを、エルネにかかげて見せる。


「これは魔方陣……?」

「そう、うまく描けてるだろ? 」

「……」


 あれ?

 どやあ!って感じで見せたもののどうも反応が悪い。

 我ながら自信があったんだけどなー。


 あ、もしかして適当に描いたとか思っているのかな?

 よし、そういうことなら……。


 俺は窓を開けると、できたばかりのスクロールを外に掲げ魂力を込めた。

 途端スクロールは燃え上がり、魔方陣だけを中空に残して光を放つ。


火弾ファイアボール


 唱えると、中空の魔方陣から、まばゆい光とともに拳大の火球が勢いよく放たれた。


「ね? なかなかなもんだろ?」

「な……」


 自慢げにふり返ると、エルネは口をぽかりと開けて固まってしまっていた。


 これはもしかしてあれか?

「俺なんかやっちゃいましたか?」ってやつか……?


「なかなかなもんだろ……。じゃないですよ! って、一体どうなってるんですか!? こんなデタラメな方法で魔方スクロールを作るなんて聞いたことないですよ!」


 え?

 魔法スクロールってこうやって作るんじゃないの?


「いや、以前『火弾ファイアボール』の魔方陣を見たことがあったから、真似して描いたらできるかなーなんて思ってさ」


 7年前ダニエラ婆さんが『火弾ファイアボール』を使ったときに見た魔方陣。

 誰にも負けない自慢の記憶力で、俺は今もその形を寸分も違うことなく覚えている。


 そしてこの世界に来てからこの自慢の記憶力は、更なる進化を見せていた。

 初めて『風斬りカザキリ』を放った時に起きた現象である。


 集中力を高め、記憶を呼び起こしながら魂力を込めると、それがあたかも目の前で映像化したかのごとく浮かび上がるのだ。


 俺はただそれをなぞっただけである。


「真似して描いたらって……。まったく坊ちゃまはどれだけデタラメなんですか」

「いやあ、えへへー。……褒めてないよね?」

「呆れているんです! いやでも、これから坊ちゃまと付き合っていくのであれば、私も馴れていかないといけませんね。失礼しました」


 なんとも複雑な表情をしながら、胸に手をあて頭を下げるエルネ。

 うん、これは下手に返事をしないほうがいいやつだ。


「ところでどうかな? 販売ルートの確保が必要にはなるけど、経費はほとんどかからないし、結構いい方法だと思うんだけど」


 そう考え、俺はとりあえず話を戻すことにした。


「確かにこの方法なら、坊ちゃま次第でいくらでも魔法スクロールを量産できるでしょう。しかし残念ながら、この方法は不採用ですね」

「え、なんで?」

「魔法スクロールの製造は国からの認可を受け、すべて魔法ギルドが管理しております。その収益の何割かが、税収として大事な国家予算に組み込まれているほどです。仮に坊ちゃまがこの方法で魔法スクロールを量産し販売した日には、数日後にクロムウェル家は武装した兵士たちに取り囲まれてしまうことでしょう」


 あぶねー!

 家族を守るとかグラムに誓っておいて、クロムウェル家を取り潰しさせてしまうとこだった。


 しかしそうなると、最後の案にかけるしかないか。



 第3の案『前世界の知識を元に荒稼ぎする』


 何その具体性のない作戦?

 って感じだけど、まだ思いついてないんだから仕方ない。


 よく異世界小説なんかで、胡椒を売って大儲けだ!

 なんて物語があったりするけど、中世ヨーロッパで香辛料が高価だったのにはちゃんと理由がある。


 まずはその需要の高さだ。

 薬用としても使われていたけど、一番の需要は何と言っても肉を保存させるため。

 冷蔵庫なんてない時代なんだから保存食作りにさぞ重宝しただろう。


 そして2つ目の理由は、入手の難しさにある。

 主な原産国であるインドまでの安全な航路が、当時の未発達な航海技術ではまだ確立されていなかったため、莫大な費用だけでなく命までかけていたのだから、価値が高くなるのも当然の話である。


 ではこの世界ではどうかと言うと、魔物素材や魔石を使った発明品があるため、生肉や生魚も比較的長期保存が可能だ。


 航海に関しても、訓練された魔物に船を引かせる魔物船や、魂の欠片ソウルスフィアを加工して補助動力をつけた機帆船なんかも存在し、比較的安全な航海が可能である。


 というかそもそも、香辛料はこの辺りで普通に栽培されているしな……。


 では何を作ってお金を稼ぐか?

 あまり複雑な機械となるとそもそも俺に知識がないし、となると自分の得意分野が一番だよなー。


「うーん、俺の得意分野か……」


「坊ちゃま、あまりこんを詰めすぎないでください。今日はこれくらいにして、そろそろ休憩をなさってはいかがでしょうか?」


 ひとりうんうん唸る俺に、心配そうな顔でエルネが声をかける。


 休憩か。

 そうだな、少し頭を使いすぎたし、ここらで糖分でも吸収しておくか……。


 ――ッ!


「エルネ!」

「は、はい? どうされましたか?」

「甘いものは好きかい?」


 そう訪ねた俺の顔は、恐らく満面の笑みだっただろう。


 俺は『今日の晩ごはん楽しみにしてて』と告げると、エルネの返事も聞かずに部屋を飛びだした。


 そりゃ笑顔にもなるってもんだよ。

 なんたって超久しぶりだしな。


 よし、やるぞ。お菓子作り!

 グラム洋菓子店の始まりだ。

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