第37話 プルミエール村の危機

「フランチャイズ経営とは。坊ちゃまの慧眼には驚かされるばかりです」


 夏の夜の夢フェイズコミックの本を覗きこんだままエルネが言った。


「前の世界の知識を使っているだけで、俺が考えた訳じゃないさ」


 実際アイデアをパクっただけだからな。


「いえ。もし私がこちらの世界の知識を持って坊ちゃまのいた世界にいったとしても、坊ちゃまのようにそれを生かすことなど到底できなかったでしょう」

「そんなことないさ。買い被りすぎだよエルネ」

「それこそ、そんなことはありません。プリンを食べて私はこれなら絶対に人気が出ると、ただ短絡的にそう思っておりました。利権や、それを妬む存在にまで考え及ぶことなどまったくなく」


 それは俺がクロムウェル家の事情に詳しいからこそなんだけどね。

 強すぎる依存心で、エルネは盲目になってしまっているのかもしれないな。


「エルネ、それは君が俺を信用してくれているからだよ」

「どういう意味でしょうか?」

「エルネは俺に絶大な信頼をよせてくれている。だから俺の作ったプリンにそれ以上の疑問を浮かべることはなかった。本来であればエルネも思い至っていたよ」

「そう……、でしょうか?」


 自信なさげな表情で俺を見上げるエルネ。


「そうさ、エルネは自分が思っている以上に聡明な女性なんだから。だからあまり自分を卑下せず、もっと堂々としたらいいよ」

「わかりました。いえ、本当に自分がそうなのかまだ自信は持てません。でも、坊ちゃまが望まれるのでしたら、そうありたいと思います」


 エルネは胸に手をあて頭を下げると、ふたたび夏の夜の夢フェイズコミックの本に視線を戻した。


 俺は今エルネに探し物をしてもらっている。


 甜菜やサトウキビやその他ちょっと欲しい物の絵を描いて渡し、空からパックルに探してもらっているのである。

 見つかるかどうかは半々ってとこかな?


 甜菜――砂糖の原料となる大根のような植物――は涼しい土地で栽培されるものだから、あまり期待はしていないんだけど、サトウキビならもしかしたら見つかるかもしれない。


 ただ1つ気になるのが、もしあるとしたら多分この世界でも広まってるはずなんだよな。

 甘味なんて麻薬のように中毒性が高いものなんだし。

 って、いつまでもここで考えていても仕方ないか。


「じゃあエルネ、俺はルドルフさんのところに行ってくるよ」

「はい、こちらは私にお任せください。どうぞお気をつけて」

「ああ、ありがと」


 家の外に出てみると、厳しい日差しが容赦なく照りつけていた。


「今日は暑いなぁ。こりゃもしかしたら、ルドルフさん今日の仕事は早々に切り上げて、エールでも飲んでるかも知れないな」


 ルドルフさんとはクロムウェル領で1番の鍛治職人であり、同時に1番の酒飲みでもある。

 腕は間違いなくいいんだけど、今日は気分が乗らないとか、美味い燻製肉が手に入ったとか、なにかと理由をつけては仕事をサボって酒を飲んでいる。

 そしていつも奥さんのマーサさんと、娘のエレインに怒られている。


 そのルドルフさんに、真っ白な小麦粉を作るための自動製粉機について相談しようと、向かっているところだ。


 一応設計図的なものも用意した。

 素人がどうやってと思うかもしれないけど、ここでも活躍したのが、俺の自慢の記憶力である。


 まず全体像のイメージは、教科書に載っていた世界で初めて完全自動化に成功したとされる、オリバー・エバンスの自動製粉機工場のイラストを参考にした。


 砕粉ローラーや、ギアやシャフトなどの細部の部品についても、例えば時計や車であったり、工場見学をした時のものであったりと、俺の記憶の中にいくつも残っている。

 それらをパズルのピースを繋ぐかのごとく、設計図を作ったのである。


 しかし、12歳の子供がいきなりこんなもの持ってきたら、びっくりするだろうなー。

 本に載ってたのを参考にしたとか適当に言ってみる――


「よお、グラム。今日はもうお勉強は終わったのか?」

「そうなのかグラム? 暇してるんなら剣の使いかたでも教えてくれよ」


 なんて言い訳しようか考えていたら、見知ったふたり組が俺を見つけ声をかけてきた。


「よお、ガラド、エレイン。 お前らほんといつも一緒にいるよな」

「うちは酒場だからな。ガキの頃からずっと腐れ縁さ」


 そう答えたのは、少年らしからぬがっしりとした体格と、赤い短髪が特徴的なガラド。

 曲がったことが大嫌いな熱血漢。

 ちょっとやんちゃがすぎるけど、俺は嫌いじゃない。


「なるほど、ルドルフさんお酒大好きだからな。エレインを連れてしょっちゅう通ってたわけか。お前も大変だよなエレイン」

「ほんとだよ。フラック様に注意するよう言ってくれよグラム。あ、それと私にも剣を教えてほしいって頼んでくれないか?」


 さっきからしきりに剣を習いたがっているのがエレイン。

 褐色の肌とベリーショートの髪型のせいでよく男に間違われるけど、れっきとした女の子である。

 と言うか、長いまつ毛と切れ長の目に、ぷっくりした唇と間違いなく美形だよな。

 濃藍こあいの髪を伸ばしたらぜったい美少女だわ。


 まあそれはいいとして、ふたりとも俺と同い年である。


「あれは注意してどうこうなるもんじゃないと思うぞ。っとそうだ、エレイン。今からお前の親父さんに会いに行くとこなんだけど、今日はまだ飲んでないよな?」

「残念でした。今日はいい天気だなって朝から飲んでたよ。なんか用事だったか?」

「まじかよ! 個人的に作って欲しいものがあったから相談したかったんだけど、ったく、どうするかなー」

「なんだなんだ! なんか楽しそうなこと隠してるだろグラム!?」


 目をキラキラ輝かせ、前のめりに聞いてくるガラド。

 俺が剣や魂力の訓練で色々とやってるのが、どうやらこいつらには面白そうに見えるらしく、よく「俺たちもまぜろよ」と興奮ぎみにつめよってくる。


「そうなのかグラム!? よし、私もまぜろ!」


 と、こんな具合にね。

 これから人手も欲しくなるし、こいつらを巻き込むのもいいかも知れないな。

 ……ん? なんだろ?


「なんか通りのほうが騒がしいな」

「ほんとだ、何かあったのかな? 行ってみようぜ!」


 ガラドについて騒ぎのほうに行ってみると、クロムウェル領守衛隊員のドンガさんが俺を見つけかけ寄って来た


「おう、グラムじゃないか! ちょうどいいところに来た。今日はフラック様はどうしてるんだ?」


 まくしたてるように話すドンガさん。

 どこかから走って来たのか、少し息が上がっているように見える。


「今日は人に会ってくるとかでローゼンまで出かけてるよ」

「そうか、そいつは困ったな。ヒュース隊長も今日は山まで魔物の討伐に行ってるし……」

「随分と慌てた様子だけど何かあったの? 帰ってきてからで良かったら俺から伝えておくよ」


 少し迷った素振りを見せるドンガさん。

 どうやらガラドとエレインを気にしているみたいだ。


「ガラド、エレイン。悪いけどちょっと待っててくれるか?」


 明らかに不満の色を見せるふたり。

 しかしドンガさんの焦りが伝わっているのか、文句を言う気はないみたいだ。


「じゃあドンガさん、あっちで話そうか」

「悪いなグラム」


 俺とドンガさんは、少し離れた場所にあるベンチに腰掛けた。


「さて、何があったか教えてよ」


 俺の問いにゴクリと唾を飲むドンガさん。

 これは相当なことなのか?


「実はダンジョンが現れたんだ」

「え、ダンジョンが!?」


 これは確かに、ガラドとエレインには聞かせられないな。

 あいつらが知ったら、いいこと聞いたぞとばかりに飛んで行くに決まっているからな。


 ってそんな場合じゃない。

 ダンジョンとなると確認しておかなければいけないことがある。


 と言うのも、この世界のダンジョンはただの迷宮ではない。

 ダンジョンコアという不思議な器官を持った生命体なのだ。

 そしてダンジョンが現れたことでなぜドンガさんがここまで必死になっているかと言うと、ダンジョンは魔物を使役しているのである。


 ダンジョンは大地から膨大な魂力を吸いあげ、その魂力を使役している魔物に与え、自らを守護させている。

 そして使役する魔物のレベルは、ダンジョンの力によって大きく変わるのだ。


 今回見つかったダンジョンが、ただの抜け殻であればそれでいい。

 そこにあるのは、ただの洞窟に過ぎないのだから。


 しかし、もしまだダンジョンコアが残っていたら、場合によってはデーモン種やドラゴン種まで……。


「で、そのダンジョンはどっちなの? あんなに焦ってたってことはまさか……?」

「ああ。恐らく、生きている」


 最悪だ。

 よりにもよって父さんもヒュースさんも不在の時に!


「それで、場所はどこ? 発見からどれくらいたってるの?」

「場所はヨスガの森にある底なし沼のすぐ側。さっき見つけて、慌てて駆けてきたところだ」


 ヨスガの森ってここから結構近いじゃないか!

 まずい、父さんの帰りを待ってる暇はないぞ。


「ドンガさん、急いで守衛隊を集めてすぐに避難誘導を! それから各門の封鎖と、10人ばかり集めて西門の見張りと警護を。あと村の外に出てしまった人がいないか確認もお願い。外に出る時は必ず3人以上で動いてね!」

「あ、ああ! わかった! グラムお前はどうするんだ!?」

「俺は婆っちゃんに知らせにいって――ッ!」

「グラムどうした……?」

「ガラドとエレインは!?」


 くそっ……、しまった!

 わかりきっていたことじゃないか。

 すでに周りに伝わっていたからあんなに騒ぎになってたんだ。


 いくらドンガさんをふたりから離しても、なんの意味もない。

 あいつら、周りから聞いてダンジョンに向かいやがった!


 しかし、まだ慌てることはない。


 ふたりの姿はもう見えないけど、俺が本気で走ればあいつらがダンジョンにつくよりもずっと早くに追いつくはずだ。


「ドンガさん、俺はあいつらを連れ帰ってくる! だから村のことは頼んだよ!」

「待てグラム! お前ひとりじゃ危険だ!」


 ドンガさんの言う通りかも知れない。


 でも今あいつらを助けられるのは俺しかいないんだ。


 俺はドンガさんの注告を背中に受け、魂力全開でヨスガの森に向かった。




 それから走り続けること20分ほど……。


 おかしい。


 そろそろあいつらに追いついてもいいはずなのに。

 もしかしてあいつら、ただ待つのに飽きていなくなってただけか?


 なんて楽観的な考えはすぐさま否定された。


 ふと地面に視線を落としたときに、蹄の跡を見つけたからだ。


「あいつらプルスに乗ってるのか!」


 プルスとは騎乗用に訓練されている、鹿に似た軍用馬だ。


 瞬間的な早さは俺のほうが圧倒的に早いけど、長距離となるとプルスに勝てる生き物はそうそういないだろう。


 通りで追いつかないはずだ……。


「ガラド、エレイン。頼むから無事でいてくれよ……」

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