第38話 2つのダンジョン
グラムが地面の蹄に気づいた頃、ガラドとエレインはダンジョンの前に到着していた。
「おい見ろよエレイン! あれがそうじゃないか?」
「お、絶対そうだよ。だってあんな所に下へ続く階段なんかなかったもんな!」
グラムの心配など露知らず、ピクニックにでも来たような面持ちのふたりである。
「どうするエレイン?」
「どうするって何がだよ?」
「中に入るのかってことだよ。ま、魔物がいるかも知れないんだろ?」
ダンジョンの入り口近くにある一本の木に隠れ、ガラドは辺りを見回している。
「なんだよガラド、そんなデカい図体してビビってんのか?」
そんなガラドを見て、嬉しそうにニヤニヤしているエレイン。
「ば、バカ言うなよ! ビビってるわけないだろ。ってかそんなこと言って、なんでお前そんな遠くにいるんだよ?」
「こ、これは! プ、プルスが逃げないようにだな……」
ガラドの問いに、エレインは顔を赤らめしどろもどろになっている。
10歳にして魔物の討伐を手伝っているグラムが異常なだけで、本来の子供とはこんなもの。
ふたりがここまで怯えてしまうのも仕方のないことだ。
「はぁ? そんなもん木にでも繋いでおけばいいだろ。早くこっちこいよ!」
「お前さっきから大声だしすぎだっての! 魔物に気づかれたらどうするんだよ!」
「す、すまん……。で、どうする? 入るか?」
「ど、どうしようか……、なぁ?」
ダンジョンが現れたと噂を聞き、それは一目みたいと初期衝動のままにやってきたふたりであったが、急にわいてきた恐怖心に尻込んでいた。
いつもであれば、すぐにでも飛びこんでいたかも知れない。
しかしふたりは、何か嫌な気配を感じとっていた。
その直感を信じて帰れば良かったのだが……、
「でもダンジョンってお宝があるかもなんだよな?」
「カッコいい剣とかあるかな?」
ふたりの未熟な経験値が好奇心を優先させてしまった。
「せっかく来たんだし入ってみるか。魔物がいてもすぐ逃げたら平気だろ」
「ああ、そうだな。よし、プルスがさげてるカバンにいいものないか見ていこうぜ」
そう言うとエレインは、ドンガから拝借したプルスのカバンを遠慮なしに漁りだした。
「確かプルスの
「剥がすってここか……? お、おも!」
「どれ、貸してみろよ。ほら、なかなか似合ってるだろ?」
「あ、お前ばっかりズルいぞガラド!」
「そんなこと言ってもお前の力じゃ持てないだろ? 剣はドンガさんが持ってるだろうし」
「まー、そうだけど」
「拗ねんなよ。中にすんごい剣があるかも知れないぞ」
「そ、そうだな。でも、見つけたら私のだかんな!」
「わかったわかった。とりあえず行こうぜエレイン。お前はそのランタンと水筒と携行食持っててくれよ」
「りょーかい」
準備を終えたふたりは、改めてダンジョンの前に立ち顔を見合わせた。
「よし、行くか……」
ガラドはエレインが頷いたのを確認すると、ゆっくりと中に入り、エレインもその後に続いた。
ダンジョンは入り口からすぐ、長い下り階段が続いており、その先には真っ直ぐな通路が伸びていた。
コツコツと音を響かせながらも、慎重に歩みを進めるふたり。
どれだけ歩いただろうか、ガラドはふとこの道がどこまで続いているのか気になった。
「エレイン、ちょっとランタンを掲げてくれよ」
「あいよー」
掲げると共にランタンの光がすーっと通路の先へ伸びていく。
「うーん、ぜんぜん先が見えないな。どうするエレイン? そろそろ戻るか?」
あまり奥に入りすぎると、魔物に遭遇したときに逃げるのも大変だろうと考え、ガラドは振りかえり提案した。
しかしエレインは返事もせずポカンと口を開けている。
「お、お前、俺は別にビビって言ってるんじゃなくってだな……」
「ま、ま、ま……。まえ、まえ、前!」
ただならぬエレインの様子に、慌ててガラドが前に向きなおろうとしたその時……。
「お前たちここで何をしている?」
「ひ、ひゃあ!」
突然のその声に、ガラドはその場に尻餅をついた。
「こ、子供?」
見上げるとガラドの前に、ふたりと同い年くらいの、白い髪に白いワンピース姿の全身真っ白な少女が立っていた。
「問いに答えろ? 何をしていると聞いている」
「た、探検……、です」
見た目にそぐわぬ少女のきつい口調と妙な迫力に、思わず敬語で話すガラド。
エレインはその後ろで、幽霊でも見たかのように、口をパクパクとさせている。
「そうか。ならこの先には何もない、帰れ」
「「は、はい!」」
その言葉に姿勢をただして返事をし、これは幸いと一目散に駆けだそうとしたふたりであったが……
「まて! ちっ、こんなところまできおったか……」
少女の短すぎる気代わりにより、ふたたびその場で身を固まらせた。
「お前たち、死にたくなければついて来い」
少女はそんなふたりの様子を気にすることなく不吉を告げると、ダンジョンの奥へと歩いていった。
突然現れ突然に取り残されたことに、訳がわからぬとしばし顔を見合わせるふたり。
しかし急に背後の闇に恐怖を覚え、慌てて少女の後を追いかけた。
それからしばらくして……。
「さて、後は運を天にまかせるのみか」
3人は今、10メートル四方ほどの大きさの部屋にいた。
一本道の通路の曲がり角、そこを曲がるとまた長い一本道が続いているのだが、実は角の壁が二重になっており、その間が隠し通路になっている。
普通に歩き角を曲がると気づくことはないのだが、少しでも振りかえるとその存在は一目瞭然。
3人は今その隠し部屋で、何者かから隠れているのであった。
そのことに気がついたガラドが、少しでもと部屋の奥へ向かい、エレインもその後を追った。
「きゃっ!」
暗闇の中を慌てたため足を踏みはずすエレイン。
「大丈夫かエレイン?」
「あ、ああ、大丈夫。ちょっと足を……、あれ明かりが……?」
見てみると、部屋の中央から奥に向けて地面から明かりが照らされている。
「お前らが歩きやすいように照らしてやったのだ。まったく貴重な魂力を無駄にさせおって……」
特に何かした様子はなく、突然明かりが現れたように見えた。
それをこともなげにやれやれと告げた少女にふたりは得体の知れぬ不気味さを感じたが、思いもかけぬ優しさに先ほどまで感じていたような恐怖は少し和らいでいた。
「おまえ……。あ、あなたは何者なんだ……、なんですか?」
「無理に慣れぬ話し方などせずともよい。普通に話せ」
「……お前は何者で、なんでこんなとこにいるんだ? お、俺たちは何から隠れてるんだ?」
「まったく途端に遠慮の欠片もなくしおって。まあよい、1つ目の質問から答えてやる。我は無機物生命体と人間の混血児。お前たちがダンジョンと呼ぶ存在じゃ」
そう告げると少女は小さな口から、舌を伸ばして見せた。
妖しくぬめりを見せるその舌の中央に見慣れぬ物質、真紅の宝石ダンジョンコアを光り輝かせて。
「か、カッケー!」
負けじと目を輝かせるガラド。
「すごい綺麗……」
急に少女の顔になりうっとりとするエレイン。
「はぁ?」
そんなふたりの反応に、少女は素っ頓狂な声をあげた。
初めて会ったときのように恐怖するとばかり思っていたので、呆気にとられたのである。
「はっはっは、お前たちなかなか面白い奴らだな。気に入ったぞ」
緊迫した状況にあまりに似つかわしくない空気が流れ、少女は思わず笑いだした。
が、事態はあまりに深刻。
そのことは、少女の顔がすぐに真剣なものに戻ったことから、ふたりも感じとっていた。
「いや、そんなことを言っている場合ではないな。お前たちもっと気を引き締めよ。今このダンジョンは侵略を受けているのだ」
「し、侵略って……、何から?」
おおよそ検討はついていたが、それ以外の答えが返るのを期待してエレインは問いかけた。
「もちろん、魔物からだ」
そして想像通りの答えを告げられ、ごくりとつばを飲みこんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんだこれは……?」
ようやくダンジョンにたどり着いた俺の目の前には、異様な光景が広がっていた。
「坊ちゃま、恐らくこのダンジョンは、別のダンジョンに侵略されています!」
無残に崩されたダンジョンの壁から、ゾロゾロと湧き出てくる魔物の群れをみながらエルネが言った。
子どもがふたりで森を目指しているのを不審に思い、ヘルマに乗って追いかけてきてくれたのだ。
「坊っちゃま、ここはヘルマに任せて下がってください」
「いや俺がやる。エルネはそのままヘルマに奥の様子を探らせてくれ!」
「わかりました!」
『
俺はヘルマが先に進めるよう、ショートソードを抜きスラリと横に薙いだ。
その気配を察した犬の頭を持つ魔物コボルトが、2体こちらを振りむく――しかしコボルトは、見えない斬撃により胸を裂かれそのまま地面に崩れた。
「くそ、壁に囲まれた通路じゃ
魔物の群れを一蹴するつもりで放ったんだけど、おかげでまだまだ健在だ。
と言っても、いるのはコボルトとゴブリンのみみたいだ。
E級程度ならなんとかなる――
「よっと!」
状況を分析しながら、斬りかかってくるゴブリンの喉をショートソードで貫く。
そして素早く引きぬき、次いで迫りくる2つの斬撃をかわし、同じように貫く。
そして残りの数はというと、壁の穴からわらわらと追加が……。
えーい、うっとうしい!
こうなれば多少無茶でも、
……いや、まてよ。
え?
ってことは、剣でも使えるんじゃないか?
よし、せっかく思いついたんだ。
試してみるか!
俺は、ちょうど斬りかかってきたゴブリンの剣をショートソードで受けとめ、剣先に意識を集中し唱えた。
『
――ドンッ!――
轟音とともに、魔物の群れが衝撃に飲まれ吹きとんでいく。
魔物のたちは、そのまま壁に、地面に強く叩きつけられ、数匹だけもがくものを残し、道は綺麗に開けた。
「坊ちゃま、奥にコボルトが3体残っています!」
「わかった。エルネ、このまま駆けぬけるぞ」
「はい!」
俺は地面に這いつくばる魔物にとどめをさしながら、ダンジョンの奥へと急いだ。
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