第39話 強欲と暴食

「まったく舐められたものだ……。犬ころ3匹程度で我をやれると思うたか!」


 ――『石の弾丸ストーンブレット!』――


 俺が隠し部屋に気づき足を踏入れたとき、ガラドとエレインと見たことのない真っ白な少女が、3体のコボルトに取り囲まれていた。

 これはまずいと魂力を足に込めようとした瞬間、真っ白な少女の放った魔法に、コボルトは額を撃ちぬかれ地面に崩れ落ちていった。


「す、すげー!」


 羨望の眼差しを向けているエレインと、魔物に襲われた恐怖で固まってしまっているガラド。

 どうやらふたりに怪我はないようだ。


「ったく、心配かけやが――ッ! ガラド前だ!」


 やっつけたとばかり思っていたコボルトがいつの間にか立ち上がり、棍棒を振りあげている。


 まずい!

 ガラドのやつ完全にビビってやがる!

 くそ、間にあうか!?


 ガラドの脳天めがけ棍棒が振りおろされようたした瞬間――


「ガラドッ!」


 エレインがガラドめがけて、思いきり体当たりをした。


「きゃあ!」


 短い悲鳴をあげながらガラドと一緒に地面に倒れこむエレインと、とどめとばかり棍棒を振りかぶるコボルト。


「調子にのるな!」


 俺は後ろからショートソードを一薙ぎし、コボルトの首を切り落とした。


「エレイン! ガラド! ふたりとも大丈夫か!?」


 慌てて駆けより確認する……。

 ガラドは放心しているものの、特に怪我はないようだ。

 エレインは棍棒がかすっていたのか、右頬が少し裂け血が流れている。


「エレイン、大丈夫か?」

「ぐ、グラム……。怖かったよお!」


 緊張の糸がきれたのか、エレインは俺に抱きつき大声で泣きだした。

 それにつられ同じく泣きだすガラド。


「まったく心配かけやがって。でも……、それくらいの怪我ですんでほんとに良かったよ」

「坊ちゃま。この軟膏でエレインの手当てを」

「ああ、ありがとうエルネ」


 抱きつくエレインを引きはがし、頬の傷に薬を塗ってやっていると、謎の真っ白な少女が近づいてきた。


「倒したとばかり思っていたが、我の魂力切れで怪我をさせてしまったようだな。すまん……」


 申し訳なさそうに頭をさげる少女。

 普通の少女とは明らかに違うようだけど、とりあえず悪いやつじゃないみたいだ。


「いや、とんでもない。ふたりを助けてくれて本当にありがとう。ところで君は何者なんだい?」

「我か? 我は……」


 俺の問いに少女が答えようとしたその時、ダンジョンが謎の地響きに包まれた。


「な、なんだ!?」


 あまりの揺れに泣くことも忘れ、慌てふためくガラドとエレイン。

 エルネは立っているのもやっとの様子で困惑している。


 そんな中、俺と謎の真っ白な少女だけが、別の理由で困惑していた。


「な、なんだこのプレッシャーは……?」

「ミノタウロスだ。そしてこの揺れは……。ちっ! 強欲のやつめ、いよいよ我のダンジョンを浸食しはじめたか」

「ミノタウロス!? なんでC級の魔物がいきなり! いや、でもこの魂力……」


 気配の元を探ってみると、巨躯なシフティエイプなんて比べ物にならない、バカデカい魂力のオーラがそこにあった。


 こんなとんでもないやつ、今の俺にどうにかできるのか?

 しかも、みんなを守りながら……。

 いや無理だ、今は逃げるしかない。


 しかしいったいどこに……?


「お前その年で魂力を感じとることができるのか? ん、そう言えば、何かいい匂いがするのお?」


 焦りと不安に包まれている俺をよそに、真っ白な少女は鼻をすんすんと鳴らし、俺の体のあちこちを嗅ぎだした。


「ちょ、やめっ! 今はこんなことをしてる場合じゃ……」

「えーい、じっとせんか! 我もふざけておるのではない! しかしなんだこのデタラメな体は? お前いったい何者だ?」

「な、何者って、そっちこそ何物なんだよ? 普通の女の子ではないようだけど」

「我はダンジョン。と言ってもただのダンジョンではないぞ。この世界に9つありし、深紅のコアを持つダンジョン――暴食のダンジョンだ。さあ、答えてやったぞ。指を出せ」


 え?

 確かにダンジョンは生命体だって本で読んだことがあるけど。

 え、人間なの?

 しかも、個体差があるなんて聞いたことないんだけど……。


「ほれ、くせんか!」


 情報過多で色々気になることはあるものの、ひっ迫したものを感じ、言われるままに指を出してみる。


「どれどれ……。はむっ!」

「わっ!」


 さも当たり前のように指を咥えこむ少女と、あまりにもビックリして思わず引っ込めてしまう俺。

 少しもったいないことを……、っていやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。


「何をしておる!?」

「いや俺のせりふだよ! なんでいきなり指を咥えるんだよ!?」

「えーい、あれやこれやとうるさいやつめ! よいか? 時間がないゆえ1度しか説明せん、よく聞くのだぞ」


 自分をダンジョンと言う訳のわからぬ少女。

 しかし、ガラドとエレインを守っていてくれたようだし、悪い存在じゃないことは確かだ。

 それに俺には策がないけど、こいつには何かあるみたいだ。


 俺は自称ダンジョン少女を信じ、黙って話を聞くことにした。


「……と言うわけだ。さあどうする? 我にかけてみるかこのまま死ぬか、どちらを選ぶかく答えよ!」


 なるほど確かにそれしかないし、時間もない。

 何しろこの部屋に、一匹でも魔物の侵入を許せばアウトなのだ。

 つまり相手のダンジョンが、占拠済みの通路を改築し終わるまでがリミット。


「わかった、お前にすべてを任せる!」

「ふっ、良い返事だ」


 ダンジョン少女はニヤリと笑うと、口元に差しだされた俺の人差し指を遠慮なく咥えこんだ。

 ぬるりとした感触に包まれる指の、腹の部分に何か固いものが触れる。

 これがダンジョンコアか。


「坊ちゃま! そんな得体の知れないものの言うことを信じて、平気なのですか!? その少女は、坊ちゃまの魂力を食べると言ったのですよ」


 興奮気味にエルネが叫ぶ。

 聡い彼女のこと、状況は理解してるだろうけど、それでも俺のことが心配なのだろう。

 でも――


「エルネ。彼女のことを信じられないのなら、こうと判断したこの俺を信じてくれ」


 ――ダンジョン少女もまた、俺に命と等しいコアを差しだしているのだ。

 なら俺も信じないわけにはいかない。


「……わかりました」


 俺の言葉にしぶしぶとエルネが返事をし、そしてその返事を受けダンジョン少女は食事を開始した。


 ガラドとエレインは訳のわからぬといった様子で、ただ成り行きを見守っている。

 そんなふたりの前で、少女に指を咥えさせている俺。なんとも奇妙な空間である。


 そして食事はというと……。

 体には特にこれと言った実感はないけど、ダンジョン少女にどんどんと流れ込んでいく、魂力の流れが見える。


「ほおほお、これはなかなか……」


 うっとりとした表情を見せるダンジョン少女。


 喜んでもらえているようで何よりであるが、いつまでこうしていたらいいんだ?

 今も地響きは続いているけど、さっきよりも揺れが小さくなってきた気がする。

 もういくらかしたら、相手のダンジョンが従えている魔物が、またぞろぞろ攻めてくるのではないか?

 あの恐ろしい魂力をしたミノタウロスを連れて……。


 そんな俺の心配をよそに、先ほどから変わらず食事を続けているダンジョン少女。

 ……変わらず?

 いや、明らかに変わっている。


 こいつ、なんでこんなに大きくなっているんだ?

 いや違う、成長しているんだ!


 さっきまで俺に見下ろされていたダンジョン少女が、いまやすっかり大人の女性となり、逆に俺に合わせるため腰を曲げて食事を続けている。

 白いワンピースはTシャツとなってしまい、長く綺麗な脚を露にしている。

 元々長かったシルク糸のような髪は更に伸び、地面に重なり綺麗な模様を作っている。


 そんな元ダンジョン少女の急激な変化に目を奪われていると、これで最後だとばかりひときわ強く指を吸いあげられた。


「うむ、なかなかの美味であったぞ」


 ちゅぽんと音をたて唇を離したと思うと、おもむろに立ちあがる元ダンジョン少女。


「もういいのか?」

「ああ。では、いくぞ……」


 返事をすると元ダンジョン少女は、両手で印のようなものを結び静かに唱えた。


 ――『迷宮創造ダンジョンメーカー』――


「う、うわああああああ!」

「きゃあああああああ!」


 先ほどまでとは比べ物にならないほどの激しい揺れに包まれ、辺りが絶叫に包まれる。

 エルネはとうとう立つことを諦め、地面にへたりこんでいる。


 それもそのはず。

 俺たちの立っていた場所は床ごと30メートルほど後退し、俺たちと部屋の入り口との間に、1段低いもう1つの部屋ができていたのだから。

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