第40話 ダンジョンの定義と心情と
「ふははははははあ! どうだ見たか!? これが我の本当の力よ!」
両手を大きく広げ、新しくできた部屋を得意気に見下ろしている少女。
力を使いきったのか、その姿はすっかり元に戻ってしまっている。
「確かにすごいけど、上に出口でも作って逃げたほうが良かったんじゃないのか?」
今俺たちのいる空間がどのようになっているか、説明するとこうである。
入り口の隠し通路をぬけると、俺たちがいた時の倍以上の広さになった1つ目の部屋があり、そこから5メートルほど高い2つ目の部屋――今俺たちのいる部屋――と階段で繋がっている状態だ。
部屋を増やすより逃げ道を作った方がよほど効果的だし、簡単だと思うんだけど。
「それはできん」
「できんって、なんでだよ?」
「ダンジョンにも色々とルールがあって、入り口は1つまでと決まっている。入り口に繋がる通路の支配権は、強欲のやつに押さえられてしまっているから、そこを塞いで新しい入り口を作ることはできんのだ」
「なるほど。じゃあわざわざここと手前の部屋を階段で繋げてやってるのも、そのルールのためか?」
「ああ、そうだ。どこからも通れぬ部屋などあっては、もはやそれはダンジョンと呼べん」
なんでも好き勝手作れるわけじゃなく、あくまでダンジョンの定義に収まる範囲での能力って訳か。
「そこの壁にレリーフなんか彫ってるのも、ダンジョンの力を上げるとかなんかあるのか?」
「それは我の趣味だ」
腰に手をあて、なぜかえへんと胸をはるダンジョン少女。
「くだらないことに魂力使ってんじゃねーよ! おかげですっかりちんちくりんに戻ってしまってるじゃねーか!」
お金を貸してあげたら無駄づかいされたような、なんだかもにょもにょした気分である。
「ちんちくりんとはなんだ! さっきまで我の成長した姿に見とれておったくせに。ははん、そういうことか」
「なんだよ? 」
「我の艶かしい太股が見えなくなったから、文句を言っておるのだな。仕方ないやつめ。ほれ、これでよいか?」
人を小バカにした笑顔で、ワンピースの裾を捲しあげるダンジョン少女。
「ちんちくりんに興味なんかあるか」
「なっ! せっかく我がサービスしてやってるのに、可愛くないやつめ!」
こんなのでも美少女なもので、まったく興味がないと言えば嘘になるけど、今はそんなことをしている場合じゃない。
エルネの前だからと、いい格好をしているわけでは決してない。
「それよりも、平気なのか? なんだか考えがあったみたいだけど、部屋が増えただけだぞ?」
「愚かなやつめ。我がただ部屋を増やしただけで、これほど得意気になったと思うたか」
「何かあるのか?」
我がって、お前に会ったの今日が初めてだからよく知らないし。
なんて言ったらまたうるさそうなので、黙っておくことにした。
「そこの部屋の床はな、ある一定以上の重さがかかると、底が抜けて30メートル下までまっ逆さまな仕掛けになっておるのだ。しかもその後、天井がくずれるコンボつき……」
ダンジョン少女は嬉しそうにぷすぷすと笑っている。
すごいのかどうかよくわからないやつだ。
でも30メートルと言えば、10階建てのビルくらいの高さ。
それを部屋の拡張を行いながら、あんな早さで掘るとは。
やはりこんななりをしていても、特別なダンジョンと言うだけあって、とんでもない力を持ってるんだな。
「まあ、お前のあり得ぬ魂力があったからこそだがな。礼は言っておくぞ、グラムとやら。さて……」
ずっと続いていた地響きがおさまり、ダンジョン少女が顔を引きしめる。
強欲のダンジョンとやらの使役する魔物が、いよいよ攻めてくるのだ……。
「ぐ、グラム、大丈夫だよな?」
空気が変わったのを気取り、心配そうな表情を見せるガラドとエレイン。
「お前たちは俺がぜったい守るから、心配するな」
「およばずながら、私も付いています」
ヘルマと一緒に、エルネがふたりを守るように前に立つ。
「さあ強欲のダンジョンよ、来るが良い。貴様の虎の子のミノタウロスは、我が美味しくいただいて――ん?」
「どうした?」
明らかに戸惑いを見せるダンジョン少女。
まさか、想定外の何かが起きているのか?
「強欲のやつめ、何ゆえ通路の支配権を放棄しおった? ……なるほど、そういうことか」
「おい、俺たちにもわかるように言えよ」
「さっきまで威圧を感じていたほうをよく見てみるが良い」
言われるままに、ダンジョン少女が指さすほうを見てみると……
「あれ? ミノタウロスがいなくなった?」
いやそれどころか、コボルトやゴブリンの気配も感じない。
「尻尾を巻いて逃げたしたのだ」
「は? なんでまた?」
「我らがミノタウロスを驚異と感じたように、やつもこちらの驚異を恐れたのだ」
「恐れたってお前をか?」
強欲のダンジョンってやつはえらく時間をかけて通路をいじっていたみたいだけど、こいつは一瞬だったもんな。
格の違いでも感じたのか?
「バカを言え。それもないこともないが、やつはお前の存在に怯えたのだ」
「俺を?」
「そうだ。ふふっ、よほどの化け物にでも見えたのだろうな」
「化け物? なんでグラムが?」
けらけらと嬉しそうなダンジョン少女の隣で、エレインがキョトンとした顔で俺を見上げる。
そうだった。
危機が去ったのは何よりだけど、あとでこいつらになんと説明をしたものか。
こいつらの前では後ろからコボルトを一匹倒しただけだが、ダンジョン少女との会話をどこまで聞いていたのか……。
「いや、それは……、なんでだろうな?」
「坊ちゃま。脅威が去ったのであれば、まずは村まで戻りましょう」
困り果てる俺を見かねてフォローを入れてくれるエルネ。
「あ、ああ、そうだな。おいお前ら、また何かある前に帰るぞ」
少し強引な俺の提案に、ガラドとエレインはうんと頷き立ちあがろうとした。
良かった、なんとか誤魔化せそうだ――
「いたっ!」
立ちあがろうとした瞬間、足をもつれさせるエレイン。
どうやら、右足を庇っていたようだが……。
「おい、大丈夫か? エレイン、もしかしてお前足をくじいてたのか?」
「う、うん……」
「なんで黙ってたんだよ?」
顔をそらし俯くエレイン。
いつもはっきりものを言うエレインにしては珍しい態度だ。
「迷惑ばかりかけたくなかったんだろ」
そんな俺たちを見て、ダンジョン少女が口をはさんできた。
「別に迷惑なんて思ってねーよ」
「まったく。女心がわからぬやつだな、お前は」
「な、何がだよ?」
って、女の子とつきあったことないんだからわかるわけねーだろ!
なんてカッコ悪くて言えるはずもなく。
でも、とりあえず言葉を返しただけの俺も、じゅうぶんカッコ悪い。
「なんでも良いわ。それよりも帰るのではなかったのか?」
「ああ、そうだったな。ほらエレインおぶってやるから帰るぞ」
「はぁ? なんでそんな……」
「なんでって足が痛いんだろ? ほら、早く」
「あ、ありがと……」
うむ、わからん。
これはエルネ先生に、女心というやつを教えてもらう必要があるようだ。
「ってガラド! お前も何でさっきからダンマリなんだよ!いつもの元気はどうした?」
男心はさすがに自信のある俺。
きっと魔物に襲われた恐怖が今も残ってるんだろ。
「だ、だってエレインが! 俺がダンジョンに入るなんて言ったから……」
ぷるぷると震え拳を握りしめているガラド。
そうか、そんなことを考えていたのか。
「まったくその通りだ、無茶ばっかりしやがって。ほんとどれだけ心配したことか。でも、悪いのはお前だけじゃない。ふたりが悪い。で、ふたりとも無事だった。だからもう気にすんな」
なんてカッコいいこと言いつつ全然男心がわかっていなかった俺。
誰か俺にも気にするなと言ってくれ。
「でも……」
「じゃあ、今度何かあった時はその盾でちゃんと守れるよう、強くなったらいいじゃないか。な?」
「お、おう。俺強くなる……。ぜったい強くなってみせるから」
「ああ、一緒に強くなろうな」
まだ10歳なのにしっかり男なんだな。
イタズラばっかでしょっちゅう心配かけるけど、やっぱり嫌いじゃないな、ガラドみたいなやつは。
「さて、帰りますかね」
「ええ、帰りましょう坊ちゃま」
俺の言葉にエルネが微笑み、背中のエレインが小声でおーと返す。
ガラドもやっと元気を取りもどし、持ってきていた盾をかついでいる。
そして……。
「おい、何してるんだよ?」
「何って。別に何もしておらんが……?」
ひとりポツンとたたずむダンジョン少女。
エルネが自分と重ねてしまったのか、何か訴えたそうにこちらを見ている。
「じゃあ早くしろよ。帰る準備」
「我には帰るとこなどありはせん」
「わからないやつだな。ついて来いって言ってるんだよ」
「はぁ? なんで我が人間などと」
さんざんじゃれあっておいて、何を今さら言っているのか。
「だってお前、ひとりだったらまた狙われるかも知れないだろ?」
「お前わかっているのか? 我といれば、また深紅のコアを持つダンジョンが、襲ってくるかも知れんのだぞ」
女心をわかってないなどと言っていたが、お前は俺のことをちっともわかっていない。
さあ、思いしるがいい。
俺とエルネが、お前みたいなやつを放っておけないってことを。
「そんなこと、どってことねーよ。なんたって俺は化け物なんだからな」
「お前……」
ちょっと格好をつけすぎてむず痒いけど、なかなかにいいダメージが入ったみたいだ。
「それに俺の父さんすげー強いんだぞ。ミノタウロスなんか何10匹こようが瞬殺だよ。だから一緒に帰るぞ」
「すまない。いやありがとう……」
「ん? なんか言ったか?」
「何もいっておらんわ。まったく……」
ふっふっふ、これぞ完全勝利。
ちょろいやつめ。
ところで……。
「なあ、これ俺たち通ってもトラップ発動しないよな? いきなり転落なんて勘弁してくれよ」
「ふぅ……。女心がわからぬだけでなく、しまらんやつよのお」
「それが坊ちゃまの素敵なところです」
顔を見合せどちらからともなく吹きだす、ダンジョン少女とエルネ。
いやいや、だから女心ってなんなんだよ!
勝ったはずなのに、なんだか釈然としない俺であった。
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