第27話 瞬身のエドガー

 この男は不気味だ。

 何かはわからぬが、俺とアルネラの安寧のために排除する必要がある!


 そして達人のごとき男の剣の腕前を見ても、なおそれが可能であるとエドガーは判断していた。


 それはエドガーが固有スキルユニークスキルの持ち主であるからだ。

 固有スキルユニークスキルとは、身体能力向上のような魂力があれば誰でも取得できるものとは異なり、使用者の才を顕著した世界に1つしかない専用のスキルである。


「ただの盗賊とばかり思っていたが、考えを改めさせてもらうよ。お前は……、今ここで死ね!」


 叫びながら剣を振り上げたと思うや、エドガーは男の視界からその姿を消した。


 エドガーが自身の持つ固有スキルユニークスキル血を求める者ブラッドシーカーを使ったのだ。

 血を求める者ブラッドシーカー――範囲に制限はあるが自身の血液が付着した場所に瞬時に移動することができるスキル――


 その|技(スキル)を使い、エドガーは男の真横に音もなくあらわれると、不可視の一撃を食らわさんと剣を振りおろした。


 ガキンッ!


 再び闇夜にけたたましい金属音が鳴りひびいた。


「なに!」


 男のあまりの反応速度に思わず驚愕の声を漏らすエドガー。


「ショックだぜまったくよー。お前、俺のトリプルスタブわざと食らいやがったな、瞬身のエドガーさんよぉ!」


 エドガーは再び驚愕した。


 男の言うとおりエストックで頬を切らせたのはわざとである。

 血を撒きちらし跳べる場所を増やすためだ。

 しかし今はそんなことはどうでもいい……。


 何で知っているのだ?


 作為的なものは感じていた。

 男の言葉から、自分かアルネラを狙っているのだろうことは途中から気づいていた。

 そこまではいい。

 どんな意図があれ始末してしまえばいいだけだ。


 エドガーとアルネラはただひっそりと暮らしたかった。

 エドガーの腕を持ってすれば中央でそれなりの地位に就くこともできたし、実際名のある傭兵団や騎士団から誘いの声もあった。

 しかしアルネラがエルフであることがバレないよう注目を避け、こんな辺境の村に隠れ住んでいるのである。


 そんな自分の正体をこの男は知っている。


 事前にターゲットのことを調べ、周到に計画されているのである。

 そして『瞬身のエドガー』の名を知った上でなお挑んでくる事実に、エドガーは背中に嫌な汗を浮かばぜた。


「アルネラ逃げろ!」

「逃がすかよぉ!」


 男はエストックを薙ぎ牽制すると、全速力でアルネラをめがけ走りだした。

 しかし、エドガーは体勢を崩してしまい、すぐに追いかけることができない。



 男が自分に迫っていることははわかっている。

 だがアルネラは動けないでいた。


 多少の心配はしていたもののエドガーの実力をよく知るアルネラは、エドガーがまさか盗賊ごときに後れを取るはずがないと考えていた。

 そのエドガーが血相を変え叫んでいる。

 予想だにしなかったその事態に、アルネラはエドガーのことを案じすくんでしまったのだ。


 男はアルネラまであと数歩の距離までせまっている。


 しかしエドガーは落ちついていた。

 なぜならここまでが狙いどおりであったからだ。


 男と対峙したはじめ左に歩を進めたのも、今逃げろと叫んだのも、全ては男の注意をアルネラに向けさせるためであった。

 エドガーはそれを悟られぬよう、慌てて追いかけるふりをしていた。

 確実に男を殺すために。


「馬鹿なやつめ、と考えているんだろ?」


 男はそう言うと、走りながら前方に土を蹴りあげた。


「ふはははぁ! 俺と対峙しているときお前がここに血を垂らしていたのはわかっていたぜええ!」

「――ッ!」


 男が指摘した場所に、男の蹴りによって砂の山が作られた。

 血を求める者ブラッドシーカーは、拭われ薄くなった血や何かで覆い隠されている場所には移動することができない。


 まさかそんなことまで調べつくしているとは、とエドガーは三度驚愕した。


「もちろん俺の剣についた血はすでに拭い取っておいたぜ。お前はそこで最愛の妻が切り殺される瞬間をまぬけに眺めてな!」

「や、やめろおおお!」


 見る間にアルネラとの距離を詰めていく男の背に向け、エドガーは叫んだ。


 そして遥か後方で剣を振りあげると……、


 心の中で血を求める者ブラッドシーカーと唱えた。


 確かに男の言ったとおりの場所に、エドガーは血を垂らしていた。

 アルネラに襲い掛かる男の背後から切りつけるのが狙いであった。


 しかし、エドガーが一番最初に仕掛けたのはそこではなかった。


 エドガーは、男と戦う前にアルネラにランタンを手渡していた。

 これは両手を使えるようにしておくためだけではない。


 最愛の者をそばで守れるように、つまりエドガーはランタンに血を付着させていたのだ。


 迫りくる凶刃に逃げることもできず固まっているアルネラの前に、エドガーは剣を振りおろしながら現れた。

 エドガーを挑発するためにゆっくり振り上げられた男のエストックと、どちらが先に届くかは一目瞭然である。


 エドガーは勝利を確信した。


「もらっ――」


 しかしその言葉は、眉間を貫く衝撃により最後まで紡がれることはなかった。


 何が起きたのか分らぬまま崩れ落ちていくエドガー。


 そしてその最後、男の左手を見て自分の眉間を貫いているものの正体を悟った。

 男は、エドガーがアルネラの前に現れることを予期していた。

 そしてそのタイミングを見計らい、マンゴーシュを投擲していたのである。


「エドガアアアアァ!」


 最愛の人が絶望を胸に叫んでも、エドガーは返事をすることはない。


 この先永遠に……。


「ふぅ、手を焼かせやがって」


 男がエドガーの眉間からマンゴーシュを引き抜くと、ランタンで照らされた地面に赤黒い血だまりが広がっていった。


「貴様! よくも……。よくもエドガーを!」


 エドガーのショートソードを拾いあげ構えるアルネラ。


「おいおい、そんな震えた状態で俺とやりあおうってのかい?」


 男の指摘通り、アルネラの全身は小刻みに震えていた。


 山で獣を狩ったことはあれど、戦いなどとは無縁の人生を送っていたアルネラ。

 エドガーが勝てなかった相手に自分が勝てる訳がない。


 そんなことはわかりきっていた。

 しかし、アルネラは感情を抑えることができなかった。


「だまれえええええ!」


 アルネラは大声を出すことで自らを奮い立たせ、力の限りショートソードを振りおろした。


 が、その一撃は、男の大儀そうなマンゴーシュの一振りによって簡単に払いのけられた。


「くそ……。くそぉおお!」


 ぼやける視界の中、一心不乱に剣を降りおろすアルネラ。

 しかしそのことごとくを軽々とあしらわれる。


 やがて、もういいだろうと言わんばかりの男の一撃によって、アルネラのショートソードは宙を舞った。


 アルネラは空になった両手をぼんやり眺めると、嗚咽を漏らし崩れ落ちた。


「気はすんだか?」


 剣を持つ敵の目の前で、無防備に泣き崩れるなどもってのほかである。

 しかしアルネラには気力も体力も、もう何も残っていなかった。


 そして、やがて来るであろう降りおろされる剣を、心待ちにさえ思い始めた頃


「何事だ!」


 不意に、ひとりの男の声が響いた。


「ちっ、新手かよ」

「お前、その人に何をしている!?」


 男は怒気を含んだ声を上げ、アルネラの元に駆けよってきた。


「騒がしいと思って駆けつけてみれば、アルネラさんまさかあなただったとは。一体何事ですか?」


 アルネラが放心したままに顔を上げると、そこには華美な装備品に身を包んだ、見知った男が立っていた。


 そう、以前酒場でアルネラにアプローチしてきた子爵の息子、カール・ノルティスである。


「事情はわからないが、この人に危害を加えるというのなら……、斬る!」


 カール・ノルティスは憔悴しきった様子のアルネラを一瞥すると、おもむろにカットラスを抜き構えた。


「おいおい、連戦なんてごめんだぜ。もう何もするきはねぇ――よぉ!」


 無抵抗を装っていた男が、言葉途中にマンゴーシュで斬りかかってきた。


 しかし、疲れのせいか精彩を欠いたその一撃は、カール・ノルティスによって容易に弾かれた。


「おっと、待った待ったー。冗談だぜぇ!」


 男は後方に飛びのくと、両手の剣を鞘に納めた。


「ここに来る前に衛兵に声をかけてある。間もなく到着するだろう、観念するんだな」

「ああ降参だ。ただし……、大人しく捕まる気はねぇよ!」


 男が言い残し背を向け逃げようとしたその時、男の胸からカットラスが生えた。


「誰が逃がすと言った」


 カール・ノルティスはカットラスを突き刺したまま無表情で言い放つ。


「てめえ! やく、そく……。ガハッ!」


 カール・ノルティスが言葉を遮るようにカットラスを引きぬくと、男は口から血を吐きだし倒れた。


「大丈夫ですかアルネラさん?」


 カール・ノルティスは男が動かないことを確認すると、アルネラの元に歩みより肩に手を添えたずねた。


 反射的に、肩におかれた手に視線を向けるアルネラ。

 しかし状況がよくわかっていないのか、アルネラは人差し指にある指輪の跡を、ただぼーっと眺めている。


「アルネラさん?」


 ふたたび呼びかけるその声に我に返ると、アルネラはゆっくりと顔を上げた。

 そして、その途中に血を流し倒れるエドガーを視界にとらえると、アルネラは眼を見ひらき叫んだ。


「しゅ、主人が!」


 カール・ノルティスは傍らに倒れるエドガーを一瞥すると、アルネラに向きなおり無言で首を振った。


「お願いします医者を呼んでください! 主人が、主人が大けがを!」

「し、しかしもう」

「お願いですお願いします!」

「わかりました、急いで呼んできます。間もなく衛兵がやってきますのであなたはここで待っていてください」


 今は何を言っても聞かないだろうと判断したカール・ノルティスは、勢いよく立ちあがると村へと駆けていった。


 ニヤリと下卑た笑みを浮かべながら。


 その後ろ姿を見送ると、アルネラはふらふらした足取りでエドガーの元に歩み寄ろうとした。

 すると、傍らで何か砂をかくような音が聞こえてきた。


 反射的に身を強張らせるアルネラ。


 そしてゆっくりと音のした方に目を向けると、憎き仇の男が息も絶え絶えに首を持ちあげていた。


「貴様、まだ生きていたか!?」


 アルネラは憤怒の形相で男を睨みつけた。


「ま、て……。こ、これを……」


 男は苦しそうに体を震わせながら、アルネラに腕を伸ばしてきた。

 見てみると、男の手に何か握られている。

 アルネラは用心しながら、ゆっくりとそれを抜き取った。


「これがなんだというのだ?」


 男の手に握られていたのは指輪だった。

 目にした最初、男がどこかで盗んだものかと思ったが何かひっかかる。


 バカほど大きい宝石が嵌められた指輪。

 どこかで見た気がする。

 それがどこであったかもう少しで思いだせそうだと考えていたその時、男の口からとんでもない答えが示された。


「俺は、そいつで……、あの、お、とこに……、雇われた……。お前の、旦那を、殺せ、とな……」


 その言葉をうけ、アルネラの頭の中に様々な光景が瞬時に浮かび上がった。


 手に握られた指輪。

 酒場で同じ指輪を嵌めていた男。

 肩に置かれた手。

 指輪のあとが目立つ人差し指。

 作り物めいた不気味な笑み。

 血を流し倒れる最愛の人。


「思い……、通りになんて、なる……、かよぉ……」


 そう言い残すと、男はパタリと力尽きた。


 そのことに気がつく様子もなく、ただ目を見開いているアルネラ。


 私のせいで……、あの人は死んだ……。

 私のせいで…………。


 虚ろな表情でぶつぶつと呟くアルネラ。

 そしてアルネラは血の気が引いていく音を聞きながら、そのまま意識を手放した。

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