第17話 はぎはぎタイム

「……グラム、何か言い残すことはないか?」


 突然だけど俺は今、絶望的な状況にたたされている。

 命の危機といっても大げさでないほどの絶望的な状況に。


「ち、違うんですヒュースさん! 誤解なんです!」

「ご、5回もだと!」

「いやいやいや、何をいってるんですか! 間違いって意味ですよ」

「ほぉ、俺の可愛いアンナとのことは間違いだったと言うんだな……」


 指や首をポキポキと鳴らしながら睨みつけてくるその姿は、まるでたちの悪いチンピラである。


 ってかなんだ俺の人生は!

 トラックに轢かれかけたり、鰻の化け物に喰い殺されそうになったり、10歳にして強面のおっさんに殺気を向けられたり、ハードモードを選んだ覚えはないぞ!


 たしか俺さっきまで、希望に胸を膨らませていた気がするんだが。

 そんな俺が、なんでこんなことになったかと言うと……。


 初めての討伐任務大成功にテンションが上がりまくっていた俺は、ぷにぷに可愛いアリアンナのお腹を、しばらくのあいだ存分に堪能していた。

 やがて大切な用事――夕方から美人の教育係が来ること――を思いだし、あわてて後処理をすることにした。


 後処理とはようは収集品の選定のことで、冒険者ギルドの依頼時には証拠品として指定部位の提出をする必要もあり、報酬を貰う上で欠かすことのできぬ大切な行為である。

 では、自分たちの村の治安を護るための任務として行った俺には関係ないかというと、それを捨てるなんてとんでもない!

 である。


 まずは肉――

 少し筋肉質ではあるが、その噛みごたえと高い栄養価から、庶民のあいだで人気の食材だ。

 また、羽毛は保温効果が高く衣類や布団などに重宝されているし、硬い爪や嘴なんかは工業品やボタンなどの加工品に利用されている。

 さらに、骨や内臓は家畜のエサに使われており、まさに余すことのない貴重な資源なのだ。


 つまり、お金儲けのうまくない父親を持つ俺にとっては、軽んじることのできぬ重要な作業なのである。


 と言ってもゲームのようにポンっとドロップ品がもらえるわけではいため、ひとつひとつ手作業で解体しないといけない。

 これがなかなかに大変な作業なのだが、すでに手慣れたもので15分ほどで5体のゲイズオウルを解体し終えた。


「はい、きれいきれいしてくださいねー」


 アリアンナが革袋水筒をかたむけ、血で汚れた俺の手を洗い流してくれる。

 控え目に言っても天使である。


 そうそう、この水筒が実にすぐれもので、見た目的にはせいぜい1.5ℓ入るかどうかってサイズなのだが、魔石――魔物の|魂の欠片(ソウルスフィア)を加工した石――が埋め込まれており実容量はなんとその10倍ほどで、また保存時は水属性の魔力に変換されているらしく重さも感じさせないという逸品だ。


 そして、ゲイズオウルの肉と臓器をグルグルと巻いているこの包みは、アイスプラントという肉食植物の魔物の葉を編み込み作られており、かすかながらある冷却効果で大切な食材を傷みから守ることのできる、冒険者御用達アイテムなのである。


 実はこの世界にきていくらかたったころ、前世界の知識を生かして発明品などで一儲けできないかなー、などと考えたことがある。

 だけど、魔物のもたらす副産物がいろいろと便利すぎてそうそうに断念したのだ。


 まあ、本気で考えたらいくつか思いつきもするのだろうけど、強くなることが何よりも楽し、じゃなくって……、世界を守るためにも大切なため、優先順位を下げた結果なのである。


 それにお金儲けがうまくない父親といったが、別に食べるのに困っているわけでもないし、一応は領主であるから使用人を雇えるくらいには裕福だしね。

 ただ、村の人たちを第一にしている父さんは毎日忙しそうで、もう少し楽をさせてあげたいなって思いがあったんだ。

 でも生き生きとしている姿を見て、これはこれでいいのかななんて思ったのだ。


「はい、きれいになったよ」

「ありがと。アンナが一緒で助かったよ」

「えへへっ。どういたしまして」


 ひとりならひとりでどうとでもなるんだけど、こう言えばアリアンナがとてもいい表情で喜ぶので感謝の気持ちを伝える。

 ちゃんとお礼を言える子に育ってほしいしね。


 案の定にへらと可愛らしく微笑むアリアンナを眺めながら、麻のタオルで濡れた手を拭いていると、アリアンナが何か期待するように俺の服の裾をひっぱってきた。


「ん? どうしたアンナ?」

「えっとね、もういっかいアレみせてほしいの」


 アリアンナが言うアレとは何かというと、ゲイズオウル討伐のもう一つの収集品|魂の欠片(ソウルスフィア)のことである。

 どうやらこの世界での俺のリアルラックはそこそこに高いらしく、やっつけた5匹のうち2匹が|魂の欠片(ソウルスフィア)をドロップしてくれたのだ。


 期待の目で見つめてくるアリアンナの願いを断る理由もなく、俺は笑顔で返事をすると鞄から木製のケースを取りだしゲイズオウスの|魂の欠片(ソウルスフィア)を手渡した。


「うわぁ……。 やっぱりきれいだねー」


 キラキラ綺麗なものが好きだなんて、まだ7歳といえどもしっかり女の子なんだな。

 そう言えば、妹のやつが欲しがっていた指輪もあんな色だったっけ……。


 自分の誕生石だからと誕生日プレゼントにねだっていたブルームーンストーンの指輪。

 俺のバイト代じゃそんなにいいものは買えないぞと言ったら、貰えるならどんなのでもいいって言ってたっけ。

 じゃあもっと安いものにしてくれと言ったら、どうしてもブルームーンストーンがいいと譲らなかったな。

 普段お金のかかることでは滅多に我がままを言わないあいつが、あそこまで言うなんて珍しいなって思ったっけ。

 まあ、誕生日を目前にして女神様にスカウトされたので結局渡せずじまいだったんだけど、あいつの喜ぶ顔見たかったな……。


「あれ? おにいちゃんないてるの?」

「えっ? いや、ちょっと目に砂が入っただけでなんでもないんだ」

「ほんとに?」


 いけないいけない。

 こんなことでいちいち感傷にひたっている場合じゃないな。

 俺はこの世界を救って、元の世界に凱旋するんだから。


「それよりアンナ」

「ん? なーに?」

「そんなに気にいったんなら、それあげようか?」

「ほ、ほんとに?」


 俺からの予想外の言葉に、アリアンナは目を大きく開け固まってしまった。


「2個でたから半分こ」


 ……。


 ん?

 意外に反応がうすいぞ?


 なんて思っていたらぷるぷると震えだし、しばらくして「やったー!」と大声で叫びだした。


「おにいちゃんだいすきー」


 アリアンナはぴょこぴょこと飛びはねている。

 まったくげんきんなやつめ、と思いながらもニヤニヤしてしまうのは仕方のないことだろう。


「みてみて、こうするとすごくきれいだよ」


 アリアンナは|魂の欠片(ソウルスフィア)を太陽にかざすように片手で持ち上げ、クルクルと回っている。

 ここまで喜んでくれたらプレゼントしたかいがあるってもんだな。


「アンナ、あんまりはしゃぐと危ないぞ」

「だいじょーぶ、だいじょ――」


 なんて言っているうちに、アリアンナはお約束のように足を絡ませた。


 もう一方の足でふんばることはかなわず、体を斜めに倒れさていくアリアンナ。

 すべてがゆっくりと見える。


 こんなところで転んでもべつに怪我もしないだろうが、俺はアリアンナを受け止めるべく左前方に素早く踏みだした。

 前の世界の俺なら、あたふたとして意思通りに体を動かすことはできなかっただろうな。


 なんて自身の成長を改めて実感していた俺であったが、この少しあとにまさかあんなことが起こるなんて……。

 そしてそれが原因でこんなことになろうとは思いもしなかったのである。

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