第16話 成長の兆し
「すごいすごい! おにいちゃんかっこいいねー!」
振り向くと、ピンク色の髪をふわりとカールさせた愛らしい女の子が、ピョコピョコと飛びはねている。
ヒュースさんとマリアーニさんの愛娘、アリアンナだ。
アリアンナは、小さい頃から一緒に育ってきたせいか俺のことを兄のように慕ってくれて、どこにでもついて来る。
まだ7歳になったばかりで、その姿は愛くるしくまるで可愛さの塊のような存在だが、生意気にもすでに膨らんできている胸や、時おり見せる大人びた表情にドキリとする時がある。
まあ俺はそんな趣味はないのでなんともないけどね。
でもこの世界の年齢でいえば3つしか違わないし、今のうちにツバをつけておくのもあり、なのか?
となると、平安時代の光る高貴な方の壮大な計画を実行してみるのも悪くない……、
ギィイイイイ!
「おにいちゃんあぶない!」
なんてことを考えていると頭上から1つ目1本足の梟が、鉤爪を鈍く光らせ舞い降りてきた。
今日の俺のターゲット、E級の魔物ゲイズオウルだ。
ゲイズオウルは重力を味方につけ、すさまじい勢いで迫ってくる。
世界最速の降下速度を誇る隼は、時速300km以上ものスピードで獲物に襲いかかると本で読んだことがある。
このゲイズオウルはE級と言えど魔物である。
そのスペックはただの生物に追随をゆるすはずもなく、感覚強化をしていても目で追うのがやっとのほどである。
「でも、単調すぎる!」
俺は、ゲイズオウルに向き直ると大上段からショートソードを振りおろした。
スゥ――
何の抵抗もなくショートソードが入っていく。
頭から嘴を通り、腹を裂き、鈎爪を両断していく。
スピードに自信があったのであろうゲイズオウルの口元は、ニヤリと笑んでいるようにも見える。
そしてゲイズオウルは、その表情のままその身を二つに別れさせ、バサリと地面に落ちた。
恐らく自分が斬られたことに気づいてもいないであろう。
「すごおい! アンナ、ぜんぜんみえなかったよ。おにいちゃんつおいねぇ!」
アリアンナが両手を広げ飛びはねている。
幼さからか純真からか、リアクションが大仰でほんといちいち可愛すぎる。
「アンナ、まだ危ないからそのまま下がってろよ」
「はい!」
元気に返事をすると、アリアンナはピョコリと足をそろえて敬礼をしてみせた。
なんとも愛くるしい姿にほっこりするが、存分に愛でるのは、頭上の木の枝から俺たちを見下ろしている残り2匹をやっつけてからである。
「さてお前らまさか……、そこが安全だなんて思ってないだろうな!」
そう言うと俺は両足に魂力を練りあげ、思いきり地面を蹴った。
途端、俺の体は矢のごとく放たれ、ゲイズオウルのかたわれに急接近する。
ゲイズオウルはあわてふためき翼を広げ飛び上がろうとするが、ここはすでに俺の間合いだ。
「遅い!」
飛び上がろうと体を伸ばし、斬ってくださいと言わんばかりの首筋に、ショートソードを横凪にする。
ゲイズオウルは断末魔の叫びをあげることも叶わず、体と頭を離ればなれにさせた。
その光景を見て、向かい側の木の枝に陣取っていたゲイズオウルが、一目散に逃げださんと滑空する。
その隙はわずか数秒ながらも、ゲイズオウルは風の下位魔法を使い上昇気流を発生させて、俺の頭上数メートルまで飛び上がった。
「逃がすか!」
俺は急いで両足に魂力を練りあげ、中空に身を浮かせたまま側にある木の幹を蹴った。
再び俺の体は矢のように放たれ、空気を切り裂いていく。
みるみるその差がつまっていく。
だが、さすが翼を持つ魔物だけあり、ゲイズオウルはすでに俺の間合いの少し先を滑空していた。
俺の力はすでに見せつけた。
ここで逃がしても再び戻ってくることはないだろう。
つまり、父さんに任せてもらった討伐任務は達成済みなのである。
たかが1匹逃がしたところでなんの影響もないし、誰も責めることはない。
しかしこれは自分ひとりでの、俺の初めての討伐任務なのである。
ならば圧倒的な力をもって成功させる!
確かにゲイズオウルはすでに俺の射程外だ。
だが、俺にはこの世界に来る前から、ひとつだけ誰にも負けない自信のある特技があった。
友達や妹からもよく羨ましがられていた特技、それは尋常ならざる記憶力である。
さあ思い出せ……。
庭で素振りをしていた父さんの動きを。
剣の構え
剣の軌跡
力の入れ具合
指先の動き
そして息づかいさえも……
極限まで俺の集中力が高まったその時、技を放つ父さんのイメージが映像化され、スゥっと動き出した。
よし、たぶんいける!
『|風斬り(カザキリ)』
呟くと、俺は映像をなぞるようにショートソードを繰り出した。
――ヒュンッ!
超速で放たれたショートソードが、空気を切り裂きながらゲイズオウルのわずか後ろを通り抜けていく。
そう、いわゆる空振りである。
「ふーむ、同じようにやったつもりだけど……俺もまだまだか」
|風斬り(カザキリ)――俺にはまだ早いと言われていた技――父さんは数メートル離れた大木を、見えない斬撃で意図もたやすく斬りたおしていたっけ。
「まあでも、初めてにしては上出来だよな」
言いながら、中空でショートソードを納刀する。
それと同時、ゲイズオウルは短く鳴いたと思うと血を吹きあげ地面へと落ちていった。
あとを追い地面に降りたった俺は、体の中ほどまで切り裂かれたゲイズオウルを観察してみる。
離れていた距離とゲイズオウルの傷痕からして、飛ばせた斬撃は1メートルがいいとこか。
遠距離攻撃としてはまだまだだけど、普通の剣撃と入りまぜることで間合いを見あやまらせる、なんて使いかたはできそうだな。
|風斬り(カザキリ)、うんなかなか使いやすそうな技じゃないか。
「おにいちゃぁああん!」
|風斬り(カザキリ)の成功に喜びひたっていると、アリアンナが両手を広げかけてきた。
「おふっ!」
その勢いのままアリアンナが俺の顔に抱きついてきたものだから、顔がへしゃげてしまったが可愛らしい女神の祝福だ、文句もいわず受けいれようじゃないか。
そう、こうハムハムと堪能するようにな!
「ひゃっ、あはは、あはははははぁ! ま、まっておにいちゃん、ぎ、ぎぶう!」
平和となった林道に、お腹をまさぐられ悶絶しそうなアリアンナの笑い声と、俺の「いいではないか! いいではないか!」という変態ちっくな声が響きわたった。
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