第18話 完全にアウトのやつです
足をからませ転びそうになあるアリアンナ。
それを受け止めるべく両手を広げかまえ待つ俺。
アリアンナの小さな体を胸で抱きとめ、めでたしめでたし。
ただそうなるはずだった。
実際、途中まではその通りだった。
ただ1つだけ違うことは……。
アリアンナが俺の胸に倒れこんだとき、アリアンナの持つ|魂の欠片(ソウルスフィア)が、俺の胸に受け止められることなくそのまま吸い込まれたのだった。
「えっ……?」
魂の洗礼が終わるまでは|魂の欠片(ソウルスフィア)は使うことができない。
ダニエラ婆さんにそうきいていたのだが、女神様チートな俺は特別だってことか?
いや待てよ。
ダニエラ婆さんが言ってたのは正確には「使っても意味がない」だったか。
じゃあ今、|魂の欠片(ソウルスフィア)が胸に吸い込まれていったのは普通のことで、実際にはスキルは覚えられていないってことか。
なんだ一瞬期待してしまったじゃないか……。
……でもあり得る話だよな?
人間はこの世に生を受けて10歳になるまでの間に、肉体的な成長や精神的な成長と共に、自分に見合った魂の器を形成させるという。
そして神から祝福を賜り、それをこの世の理に組みかえることが魂の洗礼だ。
そうやって世界の一部となることで恩恵を授かることができる、つまりスキルが使えるようになるのだ。
いっこくも早くスキルを使いこなしたい俺は、この7年間それはもう楽しみにしていたわけだけども……。
よく考えたら俺、もう神様の祝福受けてるんじゃね?
だってその女神様から頼まれて、その女神様の力でこの世界にきたんだ。
一緒にぱぱっとなんかしてくれていてもおかしくないんじゃないか?
それに、さっきの『|風斬り(カザキリ)』。
父さんの動きをトレースしたからできたと思っていた。
この世界では|魂の欠片(ソウルスフィア)だけじゃなく修練によって覚えることのできるスキルもあるというから。
だから、空手の技をマネるような感覚で使えるんじゃないかって。
そして実際使うことができたわけだが、斬撃を飛ばすなんて型をマネしただけでできるわけないよな。
ってことは、俺はすでにスキルを使いこなすことができる……、のか?
「どうしたの、おにいちゃん?」
いつまでも俺が呆けたまま離さないものだから、アリアンナが違和を感じ不思議そうに見つめている。
「ごめんアンナ。ちょっと考えごとをしていたんだ」
俺は抱きかかえていたアリアンナをおろすと、ポンポンと頭を撫でた。
「べつににいいけど、だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫だよ」
よほどボーっとしていたのか、アリアンナはひどく心配そうにしている。
「だってきれいなの、スゥってはいっていっちゃったんだよ。どこもいたくない?」
ああ|魂の欠片(ソウルスフィア)のことか。
確かにあんな異物が体の中に入っていったら心配するよな。
「大丈夫だよアンナ。あの綺麗な玉は|魂の欠片(ソウルスフィア)と言ってね、体に入れることで不思議な力をつかうことができるんだよ」
「そ、そうなの? アンナもやりたい!」
「んー、アンナはまだ無理かな。もっと大きくなって魂の洗礼ってのがすんでからじゃないとダメなんだ」
「むぅ……。あれ? でも、たましいのナントカっておにいちゃんまだじゃなかった?」
「そうだけど、よく知ってたねアンナ」
「だっておにいちゃんずっと、たのしみだーたのしみだーっていってたもん」
確かに楽しみにしていたが、こんな小さい子にまでそんな風に見えていたとは、自らのはしゃぎっぷりが少し恥ずかしい。
「それについてなんだけど……。アンナ、先に試したいことがあるからちょっと下がっててくれるか?」
「うん、わかった!」
元気に返事をし駆けていくアリアンナ。
ワクワクという擬音が飛びだしそうなほど目を輝かせていたのは、俺が何をするのか楽しみなんだろう。
かくいう俺も楽しみで仕方ないんだけど。
って、俺のその気持ちがあまりにも出すぎてたってことか。
だって仕方ないじゃん。
さっきまで使えるのだろうか?
ってあくまで疑念の段階だったけど、スキルを使うぞと意識しだしてから、頭の中にずっとある単語が勝手に浮かんでるんだから。
『空中制御LV1』って。
今となってはなんで今まで使えなかったんだ、と不思議にさえ思えてくるほどなのだ。
まあそれはいいとして、『空中制御LV1』ね……。
ワイルドボアの『|忍耐(エンデュランス)LV1』の例もあるし過度の期待はできないが、なるほど、なかなかにテンションがあがるワードじゃないか。
2段ジャンプとは言わないまでも、その効果どれほどのものか……。
たかぶる気持ちをぶつけるかのごとく、俺はおもいきり地面を蹴った。
グンという浮遊感とともに瞬時にして、2階建て家屋の屋根ほどの高さにまで達する。
そして俺は、心の中で『空中制御』のスイッチをオンにした。
ほんのわずかだけ、時がゆっくりと流れる。
いや、そうじゃないな。
これは落下速度が緩やかになっているんだ。
試しにと、風に揺れる木を見ながらスイッチをオフにしてみる。
うん、やっぱりそうだ。
木の揺れる速度は変わらなかったけど、落下速度だけが少し速くなった。
まあ、速くなったのではなく元の速度に戻っただけなんだけど、なんと言うかほんと僅かの差だな。
ほどなくして着地すると、アリアンナが満面の笑みでピョコピョコと跳びはねながらむかえてくれた。
「ぴょーん! ってすっごくたかくまで。おにいちゃんすごいね!」
うん、とても可愛いけど、高く飛ぶスキルではないんだアリアンナ。
「ありがとアンナ。ところで、他には何かきづかなかった?」
「んーとね、とちゅうでシュンってなった?」
おお!
これは解除したときの速度差のことを言っているんだなきっと。
本当にほんの僅かではあるが、はたから見てもなんとか気がつくレベルではあるわけだ。
無防備な空中で攻撃されたときに使って、華麗にかわす!
なんて使い方はできそうにないけど、さっきゲイズオウルをやったときみたいに、空中戦で今までよりもほんの僅か余裕が出るかもしれないな。
あとは、落下が緩やかになるってことは跳躍距離も延びるだろうし、通常では飛び越えることのできないガケなんかを飛び越えられる!
……なんてことが必要な状況は滅多にないか。
まあLV1だし、ないよりはましってことでいいか。
普通の人なら魂力の無駄づかいってかんじなんだろうけど、俺は使い放題だしね。
それよりも何よりも、俺もこれでとうとう本格的に自キャラ育成できるってわけだ!
フフフ、これはニヤけずにはいられないぞ。
「おにいちゃんなんだかきもちわるい」
「――ッ!」
いや、ぜ、ぜんぜんショックなんかじゃないから……。
これは涙ぐんでるんじゃなくて昨日寝不足なだけだし。
つらいわぁ、8時間しか寝てないからまじでつらいわぁ。
ってこんなどうでもいいことを考えている場合じゃないぞ。
「アンナ、今日のことなんだけど……」
「きょうのこと?」
俺がすでに|魂の欠片(ソウルスフィア)やスキルが使えるってことは、父さんや他の人たちには絶対に知られるわけにはいかない。
先日、力のほんの一端を示し、何とかかんとか受け入れてもらえたところなんだ。
これ以上は完全にキャパオーバーであろう。
ってことで口止めをしようとしたところ、最初こそ「どうして?」と不思議に思っていたアリアンナであったが、ふたりだけの秘密と言ったら素直に受け入れてくれた。
まあ、一緒に手渡した|魂の欠片(ソウルスフィア)が効いたという噂もあるが、とりあえず一件落着である。
そして、そうとなればすることは1つ。
ふっふっふ……。
何を隠そう、俺はもう1つ|魂の欠片(ソウルスフィア)を持っているのだ!
って隠していたわけではないけど、とにかく俺はこみあげそうになる笑みを噛み殺し、ワイルドボアから手に入れたもう1つの|魂の欠片(ソウルスフィア)をケースから取りだした。
別にさっきアリアンナにキモイと言われたのがショックだったとか、そんなわけで笑みをこらえたのでは決してない。
そんなことはさておき、早速|魂の欠片(ソウルスフィア)を使ってみる。
胸に|魂の欠片(ソウルスフィア)を押しこもうとすると、アリアンナが「ひみつだね」と誰にも聞かれないよう囁いた。
なんとも可愛らしい生き物である。
そして一度見たにも関わらず、吸いこまれる瞬間に目を見開いてびっくりしていたのもまさに天使である。
まあ、何度見ても異様な光景ではあるか。
で『|忍耐(エンデュランス)』のことを意識してみたのだけど、はいきました。
これ、絶対使えるようになってるやつです。
そしてどうやら『|忍耐(エンデュランス)』も『空中制御』と一緒で、任意のタイミングでオンオフを切りかえる、いわゆるアクティブスキルのようだと判明する。
なんかうまく説明できないけど、|魂の欠片(ソウルスフィア)を使うとそのスキルをイメージするだけで使いかたもなんとなくわかるようになるみたいだ。
で、早速とばかりにスキルをオンにしてみたわけだけど……。
特に何か変わったような実感はないな。
少しばかり痛みに強くなるみたいだけども、ちょっとアリアンナに協力してもらうか。
「アンナ、ちょっと手伝ってくれるか?」
「いいよー、なにしたらいいの?」
声をかけると嬉しそうに返事をするアリアンナ。
この年の子は何かまかされるのが大好きなんだろうな。
「ちょっと俺のこと殴ってくれない?」
まあ、まかす内容は色々とアレだけど。
「ええ! そんなことできないよぉ」
「ああ説明してなかったな。今つかった|魂の欠片(ソウルスフィア)なんだけど『|忍耐(エンデュランス)』と言って少しだけ痛みに強くなるスキルなんだ。それの効果を試したくってさ」
「へー、そんなのもあるんだね」
「まあ、アンナの力じゃケガすることもないし心配しないでおもいっきり――」
いやまてよ。
こんな可愛らしいお手てで俺の鋼のボディ――10歳児だからまだぽにょぽにょだが――を殴ったりしたらアリアンナのほうがケガをしてしまうかもしれないな。
そんなことになったらヒュースさんに殺されてしまうし、俺としても本意じゃない。
「アンナ、これで殴ってみてよ」
俺は近くに落ちていた棒切れを拾ってアリアンナに差しだした。
「ええええ! むりだよ、グラムにいちゃんけがしちゃうもん」
「大丈夫だって。父さんと毎日鍛えているからどうってことないって」
「だってー」
真剣に俺の身を案じてくれるアリアンナ、なんて優しい子なんだ。
でも今はスキル効果の確認のためにもどうしてもやっておきたいんだが、何かいい方法はないものか。
そうだ!
「じゃあアンナ、お尻だったらどうかな?」
「おしり?」
「お尻ならお肉もついてるからケガしにくいし。ほら、アンナもたまにイタズラしたときマリアーニさんにぶたれるじゃん」
「あ、あれすごくいたいんだよぉ?」
甘々なヒュースさんと違って、マリアーニさんは叱るときはしっかり叱るという教育方針なのだが、どうやらその時のことを思い出したのかアリアンナは少し涙目になっている。
「その痛いのがどれだけ平気になるか試してみたいんだ。だからお願い」
「うー、わかった。じゃあそこにおうまさんになって」
言われるままに地面によつん這いになりお尻を突き出す俺。
まずは『|忍耐(エンデュランス)』をオフにして、素の痛みがどれだけか確認しておかないとな。
と、身体強化もきっておかないと、そもそもアリアンナくらいの力じゃダメージも痛みもないかもしれないし。
そう思い、近頃では無意識に維持できるようにまでなった魂力の循環をオフにする。
「よし、いいぞアンナ」
「じゃあいくよ……」
左右にふりふりと、突き出したお尻で返事をする。
「えいっ!」
パァーン!と子気味いい音があたりに響く。
渋っていたわりにはなかなかいいスイングをするじゃないかアリアンナ……。
「ど、どう?」
「うん、比較するために今はスキルを使ってなかったんだ」
「そうなんだ。じゃあいたかった?」
「それほどでもないから平気だよ」
実はそこそこに痛かったのだけど、きっと心配するだろうから黙っておくことにする。
と言うか、幼女にむかってよつん這いでお尻を突きだし棒で叩かせるなんて、冷静に考えてみたら完全にアウトな図だよな。
うん、これもあとで要口止めだな。
「じゃあアンナ、スキルを使うからも1発頼むよ」
「わかった!」
さてさて『|忍耐(エンデュランス)』の効果はいかほどか。
完全にアウトな案件だけど、今ここでお尻を突きだすことに興奮を抑えきれない俺がいる。
さあこい!
「やあ!」
スパァーン!
再び子気味いい音が響き渡る。
「おおお!」
「ど、どうしたの? ぐらむにいちゃん」
こ、これはあまり痛くないぞ!
父さんが言ったとおり確かに微妙だ。
貴重な魂力を使ってわざわざこんなスキルを取得するなんてバカらしすぎる。
だ、だけど――
「アンナ頼む! もう1発だ!」
「はい!」
スパァーン!
「いいぞアンナもっとだ!」
「とお!」
スパァーン!
あまり期待していなかったけど、『|忍耐(エンデュランス)』なかなかにすごいじゃないか!
確かに効力は微々たるものだが、間違いなく痛みが軽減している。
いや……。それどころか、今は気持ちよくさえ感じるぞ!
「これはいいぞアンナ!」
「やあ!」
スパァーン!
「もっとだあ! なんなら連続でもいいぞお!」
「そいやあ!」
スパパパァーン!
「ど、どう? グラムにいちゃん。ア、アンナ、じょうずにできてる?」
「ふふふ、はーははー! ああ、できているともさ。そして、これはすごい! 本当にすごいぞ!」
何度もフルスイングをお願いしたせいで、アリアンナはハァハァと少し息をきらせているみたいだ。
しかし確かな手ごたえを感じることのできた、実に有意義な時間であった。
ん……?
ふいに目の前に影がさし、何かなと顔を上げてみる。
「ナニを……、やっているのかな? グラム君……」
そこにはひきつった笑顔を見せるヒュースさんが立っていました。
えへっ、人間って怒りの度が越えると笑うんだね。
そして本気で追い込まれると変な笑いがでるんだ……。
「ナ、ナニモヤッテマセンヨ……」
あるのかわからないけど、どうやら早急に『即死耐性』が必要なようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます