第14話 魔法の言葉「明日から頑張る」
「美味しい!」
「当然じゃ、誰が作ったと思っておる」
言葉とは裏腹にダニエラ婆さんはひどく喜んでいるように見える。
口角あがりまくってるし。
指摘したら何を言われるかわからないしから、気づかぬふりをしておくけどね。
しかし、これはほんとに美味いな。
俺は手に持ったお椀の中に視線を落とした。
中に入っているのは、豆とトウモロコシと魚の干物が入ったスープ。
調理過程を見る限り、使われた調味料は少しばかりの香辛料だけ。
まさに素材の味を最大限に引きだした料理だな。
口にしてまず最初に来るのはトウモロコシの甘味。
ふわりとした甘みが口中に広がっていく。
そして、それだけだといずれ飽きもこようその甘味も、次いでくる干物の絶妙な塩加減と、ぴりっとした香辛料が、ふたたびその甘味を求めさせる。
それらが、体に染みわたる豊かなダシの風味により、絶妙なバランスで全てが混然一体となり、とまらぬ匙の無限のサイクルを生みだすのだ。
付けあわせのパンが少しぽそぽそしているものの、長時間煮込まれた豆によってとろみがついたスープと、えも言えぬ一体感を醸しだしている。
なんてグルメ番組的なのはいいとして、なかなかに美味いじゃないか異世界料理。
「お主、料理が好きなのか?」
「生きがいと言っても過言ではありませんね」
初めて料理を作ったとき妹があまりにも喜ぶものだから、もっと喜ばせたいなと始めた趣味である。
そのうちにだんだん料理自体が楽しくなっていき、気がついたらどっぷりはまっていたのだ。
もしこの世界のことなんて何も考えないでいい立場だったとしたら、上手い料理を食いまくってどこかでお店を開いてみたい、なんて考えていたかも知れないな。
「この世界のいずこかには、調理技術を向上させる|魂の欠片(ソウルスフィア)もあるらしいがの」
「ほう、それはなかなかに興味深いですね」
「まあ、あったとしてもそんなことに魂力を使うのは料理人ぐらいじゃろうがな」
ダニエラ婆さん曰く、この世界には様々な|魂の欠片(ソウルスフィア)が存在するらしい。
先ほどダニエラ婆さんが使った『
じゃあ何でもかんでも使って俺Tueeeeeeeできるじゃん!
と考えたくなるだろうけど実はそうもいかない。
|魂の欠片(ソウルスフィア)を使いこなすには、そのレベルに見あうだけの魂力が必要になるし、魂力の総量によって習得できる数にも限界があるからだ。
中には|魂の欠片(ソウルスフィア)を使わずとも修練を積んで覚えることのできるスキルもあるらしいけど、結局は才能や魂力のキャパに依存するところが大きいらしい。
俺が住んでいた世界風に言うと、アプリをインストールするにはストレージの空きが必要だし、そもそも使いこなすには対応したOSやハードウェアのパフォーマンスが求められるってことだ。
なので通常は、よく人生設計をした上でどれを習得するか取捨選択が必要となるのである。
そう、通常は……。
何が言いたいかっていうと、女神様チートで魂力限界知らずの俺は、OS上げ放題アプリ取り放題なのである!
なもので興奮しながら残りの2つの|魂の欠片(ソウルスフィア)をくれと言いよってみたけど、にべもなく断られてしまった。
別にダニエラ婆さんがケチと言う訳ではなく、ちゃんとした理由があるから仕方ないけどね。
と言うのも、魂の洗礼なる儀式を行なってからでないと|魂の欠片(ソウルスフィア)を使っても何の効果もないらしい。
PCは買ったもののコンセントに電源コードを刺していない状態。
この例えはあまりうまくないな。
この世界の人間は、産まれてから10歳になるまでの間にそれぞれに応じた魂の器が形成されると言う。
魂の器の成長期といえばわかりやすいかな。
魂の洗礼とは、その器をこの世界の理に合うように組みかえる神の祝福のことだ。
そうして初めて人間は、その形に応じた能力が身に付いたり、成長しやすい方向性が決まったり、|魂の欠片(ソウルスフィア)を使うことで様々な力を手に入れることができるようになるのである。
つまりは、わくわくした気持ちを抑えながら10歳になるまで大人しくしていろってことだ。
せっかく異世界にやってきたのにとひとり愚痴っていたら、知識も力だと7年の間にこの世界について色々学ぶようダニエラ婆さんにさとされた。
勉強をするのは嫌いじゃない。
知識をつけると自分の世界が広がるようで、寧ろ好きなほうだ。
でも、20歳になるまでに神と戦えるだけの力を身につけないといけないとなれば話も変わってくる。
知識だけではなく、力そのものをつけたいと焦ってしまうのも仕方ない話だろう。
そんなことを考えながら、俺は先ほどのダニエラ婆さんの常人離れした身のこなしを思いだしていた。
目の前の人物は見た目こそただの老婆であるものの、その実D級の魔物を瞬殺する力を秘めている。
強くなるために教えを乞うには十分すぎる存在であるだろう。
そう思い、俺のことを鍛えてもらえないかとダニエラ婆さんに頼んでみたところ、
「そういうことなら、お前の父親に剣でも習ったらいい」
と、予想外の言葉が返ってきた。
そう言えばフラックは昔、傭兵団に在籍していたってマリアーニさんが言ってたな。
確かに時折、尋常ならざる気配を感じることはあるけどどれほどの力を持っているのだろうか。
「フラックの小僧は6年前の大戦で不可侵の剣士などと呼ばれておってのぉ、自国からは英雄と称えられ、敵国からは死の象徴としてそれは恐れられたもんじゃ。そしてその時の活躍から爵位を授かり、クロムウェル地方の領主に任ぜられたほどの剣技の持ち主なんじゃ」
俺の疑問を見透かしたのかダニエラ婆さんが補足してくれた。
不可侵の剣士か。
二つ名とは何とも厨二心をくすぐってくれるところだけど、本題はそこではない。
ここユータルシア大陸には12の小国と3つの大国が存在しており、大国間では100年前から幾度となく激しい争いが繰りかえされていたそうだ。
大国の一国である我がアイレンベルク国の王は、国や民の疲弊を憂い休戦協定を結ぶべく奔走するが、アイレンベルクが当時劣勢であったことをかさにかけ、隣国のヴァンヘルムからは馬鹿げた戦争賠償を要求され、ドラクロワには聞く耳をもってすらもらえなかった。
そんな三国間に一時的にでも平和をもたらすきっかけとなったのが、6年前の|終の大戦(ついのたいせん)である。
フラックはその大戦に、当時はまだ無名であったエヴァルト傭兵団の切り込み隊長として参戦したのだが、正規兵で無く且つ無名の傭兵団ともなれば扱いはぞんざいな物で、正規兵が退却をするための時間稼ぎや、陽動と言う名の後の退路を持たぬ捨て身の特攻など、送られる戦場は死地ばかりであった。
しかしエヴァルト傭兵団は、多少の戦果にでも繋がれば程度に送り込まれたそれらの戦場に、多くの勝利をもたらし一躍名を馳せたのであった。
そして信じがたいことがひとつ。
フラックはその数々の激戦の最中ただの1度も手傷を負ったことがないというのだ。
無名の傭兵団の斬り込み隊長ともなれば、その戦いの場は熾烈極まる戦場の中のさらに最激戦地である。
美化され過ぎた英雄譚ではないか?
と疑いたくもなるけど、不可侵の剣士と呼ばれていることからもどうやら事実らしい。
でも、6年前のフラックってことは18歳。
つまり俺と同い年だよな……?
俺が侵略から守っていたものなんて童貞くら――いや、皆まで言うのはやめておこう。
誰も幸せになれやしない。
ただひとつ言えることは、フラックは強く成るため教えを乞うのに十全たる存在だということだ。
更に、甘いマスクと巧みな話術を武器に、エレオノーラという可愛さの塊のような女性を誑しこんだ人物でもある。
これは俺の明るい未来のために、ぜひともあれやこれやと御教示たまわらないといけないな。
いや変な話じゃなくて真面目な話ね。
何にでもモチベーションが大事だしさ。
不安に包まれていたこの世界でようやく方向性が定まったことによほど安堵したのか、俺は心の中で謎の言い訳第2弾を繰りかえしながら瞳を閉じた。
さて、明日から頑張るか。
妹がよくご魔化し笑いをしながら言っていたセリフである。
あいつのことを思い浮かべながら心の中で呟いてみたら、なんだか勇気に包まれた気分になった。
今日はいい夢が見られそうだ。
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