第12話 冒険者ギルドは男のロマン

「変な所はないか?」

「少しくすぐったいですね。あと、なんだかピリピリします」


 俺は今、胸に魔方陣を描かれている。

 鰻の魔物の血を使っていることに少し抵抗があるものの、俺のためにしてくれていることなので我慢だ。


「この魔物はニルヴァーナイールと言っての、冒険者ギルドでD級に分類されておるのじゃが――」


 ほぉほぉ、やはりあるのか冒険者ギルド!


 きっと手紙の配達や護衛や薬草採取や異変調査に魔物の討伐などなど、色んな依頼がずらーっとボードにはりだされているに違いない。

 で、最初は「お前みたいなくそガキが」なんてみんなに嘲笑されたりするんだよな。

 でも、依頼先で嘲笑した奴らのピンチを救ったり、みんなびびって手が出せないような大物を討伐したりなんかして、徐々に名声やランクが上がっていき……。


 くぅううう!

 これはたぎってくるな!


 グラムよすまん。

 でもわかってほしい。

 使命を忘れたわけじゃない。

 でも元の世界でRPGが大好きだった俺だ、興奮してしまうのも仕方がないんだ。


 だから、俺の妙なテンションに戸惑うダニエラ婆さんに『Dランクとはどれだけの強さか?』とか『ギルドって?』とか、質問攻めしたのも仕方ないことなんだ。


 ちなみにこの世界の魔物は、冒険者ギルドによりEからSSに分類されているらしい。

 で、その脅威度は――


 Eが地球の猛獣レベルで

 Dが第二次世界大戦で連合軍の脅威となったティーガーⅠレベル

 Cがその当時の戦車小隊レベル

 Bが最新鋭の戦闘機レベル

 Aはそれをも容易に一蹴でき

 Sは存在そのものが災厄と呼ばれる程で

 SSともなると神話で語られるような伝説の存在らしい。


 まあ聞いた話から勝手に俺が推測した程度なので、実際の所はわからないけどね。

 と言うか、ティーガーⅠを瞬殺したダニエラ婆さんの実力はいかほどであろうか気になるところだな。


「そ、そろそろ話を戻してよいか?」

「あ、すみません。よろしくお願いします」


 そんなダニエラ婆さんを少しひかせてしまったことに、さすがの俺も反省である。


「さっき言った通りニルヴァーナイールはD級に分類されておるが、その扱いには注意が必要でな、死体は必ず焼却の上で地中深くに埋めるようギルドで定められておるのじゃ」

「なんでですか?」


 死体を放置するとアンデット化するなんて設定の物語を読んだことはあるけど、鰻のゾンビなんて聞いたことないしな。

 死肉を求めて脅威な魔物が集まってくる、とかかな?


 ん? まてよ。

 確か鰻の血には――


「こいつが毒を持っておるからじゃ」

「ちょっ! さっきからピリピリすると思ったら! こ、これ大丈夫なんですか?」

「安心せい。セレニアの花のエキスを混ぜておるで、すぐにどうと言うことはありゃせん」

「あとから何があるんですか!?」

「ふぉふぉふぉ」


 ふぉふぉふぉじゃねー!

 まあ、この婆さんは信用できるみたいだし恐らく大丈夫なんだろうけど……。


「意味深な笑みで終わらされると少し不安になるんで、やめてもらえませんか」

「すまんすまん。まあこの術には必要なものでの、それに毒といってもほんの猛毒じゃて、体内に入ったり粘膜につかん限りは少し炎症を起こす程度じゃよ」


 ほんの猛毒なんて言葉初めて聞いたし大問題な気もするけど、もういちいち気にするのも疲れるだけだ。


「さてと、これで終いじゃ」


 言われて胸を見てみると、ソフトボールくらいの大きさの幾何学的な紋様が描かれていた。

 まあ、見るからに魔方陣だな。


「覚悟はええか?」


 先ほどとは一転し、真剣な目つきで問うダニエラ婆さん。

 俺は今から行う術について、ダニエラ婆さんから受けた説明を今一度思いかえしてみた。


 魂縛の術。


 その名の通り対象の魂力を縛り、その力を大きくそぎ取ることができる秘術。

 そんな特性から別名を『罪科の紋』と言い、罪人への枷としても使用されている。


 またこの術は描く紋様によって効力の加減を好きに調整でき、例えば罪の重い者や膂力ある罪人に対しては反乱や脱獄をせぬ様に立つこともままならぬほど強力にかけたり、罪の軽い者に対しては多少の負荷を常時感じる程度にかけ服役させることを罰とする、など用途によって使い分けることが可能なのだ。


 さらに連綿の巫女であるダニエラ婆さんともなると、効力の加減や持続期間を定めるだけでなく、ご先祖様から受け継いだ知識により魔法陣に手を加え、細かな条件設定もできるのである。


 今から何をやるかっていうと、そんな便利なこの術を使って、俺のバカげた魂力をいい感じに封印してもらい、その間に体を作ったり力の制御を覚えようってわけなのだ。


 その期間は、この世界で成人とされる18歳になるまで、今から約15年だ。

 少し長いようなきもするけど、仮に制御できるようになったらチートな魂力に頼りきってしまい、成長が歪になってしまうと危惧してのことらしい。


 確かに、どんな魔物もワンパンでドーン!

 なんてやっていたら成長もへったくれもないよな。

 で、いざそれが通用しない敵が出たら困りはてるみたいな。

 色々と考えてくれているみたいで、ダニエラ婆さんに打ちあけてほんとよかったと実感する。


 更に念のため

『どうしても解除しないといけないのにダニエラ婆さんがすでに他界している……』

 なんてことがないように、万が一ダニエラ婆さんが死んだ時には自動解除される様にしておいてくれたらしい。


 って、本来であれば15年も待たずに大往生するであろう年齢に見えるんだけど、いったい何歳まで生きるつもりなんだろうか。

 まあこの婆さんのことだし、あと100年生きても驚きはしないけどね。


 ちなみに、設定次第で俺の好きなタイミングでオンオフすることもできるらしい。

 まあ、甘えてしまいそうなので辞退しておいたけど。


 腕に包帯でもつけて『逃げろ! 俺の力が解放される前に……』なんて遊びがはかどりそうではあるけどね。


 そして肝心などれくらいの力で術をかけるかって話だけど、できうる限り目一杯にとお願いしておいた。

 最悪心臓を動かすこともできなくなるかもしれんぞ、と脅されたけど、元々が規格外すぎるのでそれくらい必要なのではないかと推察。


 自分の命がかかっているのに軽いなーなんて思われるかもしれないけど、何となくそれが最善な気がした。

 理由はないけど、やたらと自信はある。


 とまあまとめるとこんな所で、先ほどの質問に対する返事は当然――


「はい。お願いします」


 俺はダニエラ婆さんを真っすぐ見つめて返した。


「ではいくぞ……」


 返事を受けると、ダニエラ婆さんは俺の胸の魔法陣に手をかざし、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。


「くうぅ……!」


 呪文が紡がれるに連れ、魔法陣がどんどんと熱を帯びていく。

 心臓を鷲掴みにでもされたかのように胸が締めつけられる。


 やがて、これ以上は耐えられない……。

 そう思った時、視界が真っ白になるほどに魔法陣が光り輝き、俺は断末魔の叫びの如く悲鳴を上げ意識を手放した。

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