第11話 安堵と不安
「ところで、いつから俺は疑われていたのですか?」
「今朝うちへ来た時からじゃよ。お主の口ぶりは、グラムとはあまりにもかけ離れておったからの」
「確かに俺の新しい両親は色々と楽観的な様ですが、でもよく他人が入っているかもなんて考えにいたりましたね」
「それはの……」
そう語りだしたダニエラ婆さんによると、この世界には幾つかの失われた術が存在するそうだ。
その失われた術の中に、栄華を極めた者が最後に求めるもの『永遠の命』
それを可能とする似非不死の術、転魂の術なるものが存在しているとのことだ。
重度の障害を持ち産まれた跡取りのために、志半ばで重い病に蝕まれたために。
理由は様々だけど、権力者たちは、命を落としたばかりの若者の死体を庶民から購入していたらしい。
現代日本で暮らしていた俺からすると有り得ない倫理観であるけど、その値段は3人家族の1年の生活費に相当するらしく、お互い納得の上で取引されていたとのことだ。
しかしそんなWin-Winな関係が、やがて大きな不幸を生むこととなっていく。
鶏が先か卵が先か……。
1年分の生活費を得るために我が子の首を絞める親や、多くの奴隷狩りの存在を助長させたのである。
このように転魂の術は世界に無秩序をもたらすも、それでもまだ失われるまでにはいたらなかった。
それはなぜか?
多くの権力者たちが求めたからだ。
どこの世界も、金と権力を持った者が世界を作っているのである。
しかしある時ひとつの事件が起きた。
とある小国が、この術を利用したテロリストにより一夜にして滅ぼされたのである。
危惧した各国の王たちは、この術を禁呪とした。
術を使うもの、術を伝える者を邪悪とし、この世から抹消したのであった。
今ではその存在を知る者すら少ないとされるが、連綿の巫女であるダニエラ婆さんはご先祖様から継承していたのだそうだ。
そんなものだから、九死に一生を得て以来、様変わりしているグラムを大層あやしんだらしく、わざと隙を見せたり、無理難題を押しつけたりして反応を伺っていたとのことだ。
何か試されている気はしていたけど、そんな理由があったんだな。
「それにしても、ひとつ気になることがあるのですが、ダニエラ婆さんって俺のこと怪しんでいるというよりも、確信めいたものを持っていましたよね?」
「ふむ」
「いやそれだけじゃない。俺を試すのはあくまで目的のひとつで、本当はこの場所の何かに用があった。違いますか?」
先ほどの話を聞いた上で思い返せば当然の話である。
わかってはいたけど、あの時言葉にされて改めて実感したんだろうな。
グラムの死にあんな悲しい表情を見せたダニエラ婆さんが、疑念の内に狂暴な魔物の住む湖に入らせるわけがない。
じゃあ、どうすれば確信を持てる?
確かに道中、俺の言動にはあやしいところが多々あった。
でもそれらは確信に『迫ること』はあっても、グラムを魔物に襲わせてもいいと確信に『いたる』判断材料になることは、いつまでも有り得ないだろう。
つまり、なんらかの手段で初めからこの体の中に、グラムは存在していないとわかっていたのだ。
その上でそれが邪でないか、またなぜなされたのかを確かめたかったのだろう。
そして、少し山道を外れればいくらでも魔物と遭遇できるこの山の中を、わざわざ苦労してこんな所まで登ってきたのはここに目的があるからだ。
「ほぉ、なかなかに鋭いのぉ」
「こんななりですが中身は18ですからね。ところで、それが目的だったのですか?」
俺は、先ほどからダニエラ婆さんによって磨り潰されているセレニアの花を指差した。
「ん? これも必要なものじゃが、目的はまた別じゃ」
「じゃあ、それは何をしているのですか?」
「これはの、こうしてこうするのじゃ」
ダニエラ婆さんはそう言うと、ペースト状になったセレニアの花をおもむろに俺の右足首に塗りつけてきた。
「――ッ!」
瞬間鈍い痛みが走る。
そう言えばさっき、踏み切った時に捻挫をしていたんだったな。
でも、あれ?
これってもしかして……。
「どうじゃ気持ちいいじゃろ?」
「はい。こ、これは湿布薬ですか?」
ペーストを塗られた足首が冷涼感に包まれ、徐々に痛みがひいていく。
「セレニアの花は、一般的には乾燥させたものを茶葉として利用するんじゃが、鮮度の良いものを磨りつぶすと、鎮痛作用や解熱作用などがある薬になるのじゃ」
ダニエラ婆さんはセレニアの花を塗り終えると、鞄から包帯を取りだし俺の足首に巻きつけてくれた。
ゲームの薬草のように一瞬で傷が回復するなんてことはないけど、痛みはすっかり気にならないほどだ。
しかし、この冷涼感と香りはまるでミントだな。
お茶としても利用されているって言ってたし、もしかしたらスイーツなんかに使えるかも知れないな。
「しかし驚きじゃのお」
そんなどうでもいいことを考えていると、ダニエラ婆さんがふいに呟いた。
「何がですか?」
「わしは体に触れることで、その者の魂力の流れを感じとることできる。今朝お前さんを診た時に、尋常ならざるものを感じ取ってはいたが……。まさか、これ程とはのぉ」
そう言うとダニエラ婆さんは湖岸の地面を指差した。
「こ、これは!」
見るとそこは、まるで何かが爆ぜたかのように大きくくぼんでいた。
間違いない、さっき俺が踏みきった場所だ。
「特別力を入れたわけでもない、ただ踏みきっただけでこれじゃ。ここがもし湿地で軟らかくなかったとしたら、お前さんの足も捻挫ではすまなかったじゃろうな」
その言葉に、昨日の魂力量コントロールの特訓を思い出し俺はぞっとした。
ダニエラ婆さんの言うとおり、ただ踏み切っただけでこれだ。
もし、魂力による身体強化をしていたらどうなるか?
その悲惨な光景を想像することはあまりにも容易い……。
「な、何かいい方法はないのですか?」
それどころか、無意識の内にこんなことになるのでは、日常生活をまともにおくれるかもあやしいもんだ。
「そのために、ここに来たのじゃ」
胸を張り答えるダニエラ婆さん。
その姿は、今日一番に頼もしく見えた。
良かった、これで俺の異世界生活も安定――
「今からお前さんを封じさせてもらう」
前言撤回。
俺の異世界生活は、いまだ不安に包まれているようだ……。
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