第10話 想像ではない想像神話
「しかし邪悪なる者の侵略とはのぉ」
「信じるのですか?」
「ん? まあ、さっきもいった通りわしは連綿の巫女と呼ばれておっての、わし等の一族は黎明の時よりこの地を延々と見守ってきたのじゃが――」
「あの、この世界の歴史にはまだ疎いもので、良かったら少し教えていただけませんか?」
「そうじゃのぉ、ではまずこの世界で多くが国教としておるアザミニ教について話そうかのぉ。そのアザミニ教では、この世界はアザミニという名の神が戯れで作りだしたものとされており、その神によって滅びと再生を繰り返しておったと伝えられておる。しかし幾千幾万と繰りかえされていたその循環が、ある時に転換を迎えることとなったのじゃ」
創造神話の類いとなれば、信仰に熱心でない日本育ちの俺からすればお伽話レベルの話である。
でも……。
出会ってしまったからなー、神様。
「それがどういった意図でなされたかは及びもつかぬが、神はある時この地に、自信の姿と瓜二つの分身アギニザを作りだした。半神アギニザは自らの腹を裂くと、中から7つの子を取りだし大いなる力を与えたそうじゃ。そして『神に畏敬の念を抱き神の命令を守れ。それがお前たちの本分である』と伝え、7つの子に世界の安寧を命じたのじゃ。7つの子はその後、それぞれで子をなし世界の各地に散らばっていった。それが人類の始祖で、人類は神の子孫だと信じられ今の世界の始まりであると伝えられておる」
「自分たちが神の子孫だなんて、どこの世界も人間とは傲慢なものですね」
「嘘か真かはわからぬがの。で、続きじゃが――」
俺は鰻の串焼きの残りを食べながら、その後もこの世界について色々と教えてもらった。
しかし、これはまんま鰻だな。
以前、お世話になっていたおじさんに食べさせて貰った老舗の松の鰻には劣るものの、口内に広がる脂の芳醇な旨味と甘さは、まだ発達しきっていない3歳児の味覚でも十分に俺を恍惚とさせてくれる。
塩と山椒の様な香料で味付けされているようだけど、醤油ダレでも食べてみたいところだな。
と言うか、この世界に醤油はあるのだろうか?
和食好きな俺としては、醤油と味噌は空気と同じくらい必須な存在なんだけど。
ってそんなことを考えている場合じゃないな。
ダニエラ婆さんから教えてもらった話はこうである。
人類は、半神アギニザと7つの子の導きにより栄華を極めていったという。
しかし神によりもたらされた安寧は、神により崩されようとした。
原初の神アザミニにである。
自らが作り出した世界をなぜ滅ぼそうとするんだろう。
神の気持ちなんてわからないけど、そんな俺と同じように考え立ち上がった存在があったらしい。
そう、半神アギニザと7つの子らだ。
戦いは熾烈を極め、7日間も続いたという。
うん、なんと言うか大好きだな7って数字。
なんだか急に胡散臭い創作話の様に感じてしまうけど、信者に広く伝える用として少し脚色されているのかもしれないな。
まあそんなこんなで続いた僕らの……、
いや、神々の7日間戦争だけど、結果は痛み分けに終わったのである。
なんとかアザミニを撃退するにいたるも、深刻なダメージを負ってしまったアギニザとこの世界の大地。
崩れゆく世界を救わんと、最後の力を振りしぼろうとするアギニザ。
それを見た7つの子らは、自らを大地と同化させ世界の崩壊を止めたという。
残されたアギニザは、いつの日か全てを癒すべく、又、再び来る邪悪なる者に抗するためにこの世にスキルと魔物を作り自らも大地へ同化した。
と言うのも、この世界の全ての生物は死後大地に魂が取り込まれ、そしてまた生まれ変わるのだそうだけど、その際に、昇華された魂のエネルギーを吸収し再生に充てているとのことだ。
スキルや魔物は魂の昇華を助長するための存在だそうだ。
ダニエラ婆さんはアザミニ教では無いため教典を全て信じている訳ではないけど、別の独自の判断基準もあるらしく、多少の違和はあるものの基幹の部分は凡そ誤りではない、と考えているらしい。
その別の判断基準と言うのが、先ほどから何度か出ている単語『連綿の巫女』にあるとのことだ。
ここまでの話を信じたとして、俺が会った女神様はアギニザか7つの子らの誰かだったのかな。
うーん……。
あれ?
今何か……。
うん、すごく嫌な思考が浮かんだぞ…………。
もしかして女神様、俺のこと『美味しいご飯』程度に考えてないよね?
アザミニが力を戻し攻めてきたときの壁役。
最悪やられても、チート並みの魂パワーを吸収して完全ふっかああああつ!
みたいな……。
魂状態の時に上空から見た、果てもわからぬ大地の裂け目。
あれ神々の争いでできたものらしいしじゃないですか。
あんなもの人間がどうこうできる話ではないきがするんだけど、やっぱり当て馬か?
いやダメだダメだ。
さっきやるしかないと決めたばかりだったな。
となれば俺がすべきことは、力をつけることと知識をつけることだ。
「この世界の成り立ちについては凡そ理解できましたが、連綿の巫女とはどういった存在なのですか?」
この際だからついでに色々と聞いて、知識をつけさせて貰うことにしよう。
「連綿の巫女とは、一族の責務を果たすべく先祖代々より魂の記憶を受け継ぎし存在じゃ」
「魂の記憶を連綿と受け継いでいく……、そんなことが可能なのですか?」
「可能じゃ、と言いたいところじゃが、悠久の時を重ねる内にその記憶にも随分と虫食いができてしまってのぉ。今となっては、幾つかの術と知識と予言が残される限りじゃ」
そんなことで一族の責務とやらを果たせるのだろうか?
と余計な心配をしていると、それを読み取ったのかダニエラ婆さんが言葉を続けた。
「必要な時がくれば蘇るんで、心配はしとらんがの」
「必要な時ですか?」
何を受け継いでいるかが一番気になるけど、それがわからないんじゃ仕方ない。
「神暦1,999年。その年に大いなる災厄が訪れると、わしの受け継いだ記憶が告げておる」
「ち、ちなみに、今は神暦何年なのですか?」
「1,980年じゃ」
19年後。
こっちの世界で俺が22歳になる頃か。
アンゴルモアの大王が蘇るとされた年と一緒なのがなんかうさん臭いけど、女神様の予知とも矛盾していない。
その時に何かを成さんと記憶を受け継いできた連綿の巫女……。
もしかすると、俺がこの地にやってきたのは女神様の意思かもしれないな。
放りだされたとばかり思っていたけど、そう考えるとなんだか心強いや。
取りあえず神暦1,999年、これをタイムリミットと考えて強くならないとな。
「ちなみに、連綿の巫女の記憶は、神の御使いと契ることでも蘇るのじゃそうじゃぞ」
ダニエラ婆さんがチラチラとこちらを見ている。
「ち、契って! い、一応言っておきますが、今の俺は3歳児ですからね!」
「あと15年は辛抱かのぉ」
熟女を通りすぎて、涸れ果ててしまっている婆さんが何をクネクネしているんだ!
って言うか、この婆さんはどれだけ長生きするつもりなんだろうか。
でも、この婆さんならあり得そうなのが怖いところだ……。
「じょ、冗談ですよね?」
「ああ、冗談じゃ」
「まったくこの婆ぁわ!」
冗談ばかり言わないで――
やべ、心の声と入れかわってしまっていた……。
「ほぉ、それが本当のお主か。なんとも恐ろしいのぉ」
「こ、これはついですね――」
「なぁに、こっちの世界にきてからずっと肩肘張ってきたんじゃ。ひとりくらい心許せる存在がいた方がええじゃろ?」
なるほど。
ふざけて見えるけど、ダニエラ婆さんなりに励ましてくれていたのか。
「もしかして俺のためわざと?」
さっきもグラムのことで気を使ってくれてたし。
これはちょっと目頭が熱く――
「いやただの趣味じゃ」
なったりしねえ!
もう絶対になるもんか!
「でも、そう言っておいた方が恰好がつくかのぉ?」
ダニエラ婆さんはそう言うと、ニッカリといい笑顔を見せた。
まったく、この婆さんにはかなわないな。
「ほんとにのらりくらりと適当ばっかり……」
でも何となくわかってきた。
人をからかうのも好きなんだろうけど、恐らくは照れかくし。
これがダニエラ婆さんという人間なんだろうな。
「でもまあ、そうですね。おかげ様でずいぶん楽になりました」
俺はそう言うと、ダニエラ婆さんと同じようにニッカリと笑んで見せた。
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