第8話 追いこまれた少年は告白する
パチパチと火のはぜる音を聴きながら思いかえしていた。
初めての魔物との遭遇。
この世界に来たばかりの時、遠めに見たものとは明らかに異なる、自分に向けられた強烈な殺意。
それは頭の中を一瞬でどす黒く塗りつぶすような圧倒的な恐怖だった。
魔法だスキルだファンタジーだと、物語でも読んでいる気分で浮かれていたのかも知れない。
自分は女神に選ばれた存在なんだと。
しかしそんな俺にも死はおとずれる。
この世界はたやすく命を刈りとってくるのだ。
突きつけられたのはごく当たり前のことであったが、それは余りにも大きすぎ、そして余りにも突然であった。
俺なんかに世界を救うことができるのだろうか……。
今はまったくもってありがた迷惑な常人離れした記憶力が、先ほどの光景を録画再生したかのようにふっと頭の中に浮かびあがらせる。
そして1つの可能性としてあったであろう幾本もの凶刃に切り裂かれる己の姿を想像し、体に巻きつけている麻のタオルを握りしめ俺はガタガタと震えた。
泣き叫びたい。
ここから逃げだしたい。
どす黒い気持ちに支配されそうになる。
しかし、すんでのところで俺に正気を保たせていたのも、やはり常人離れした記憶力だった。
できるかどうかじゃない、やるしかないんだ!
俺が生きて戻らないときっとあいつはまた壊れてしまう。
ふふっ。
友人には否定していたけど、やはり俺はシスコンって奴なんだろうな。
少し拗ねた顔、ころころと笑う顔、何かたくらんでそうな甘えた顔……。
次々に浮かびあがるあいつの顔が、俺から恐怖を振り払ってくれた。
そして少し冷静になった頭で今日のことを思いかえし、俺はひとつの疑問を抱いた。
結局、ダニエラ婆さんの意図はなんだったのだろうか?
思考を巡らせるも答えはわからない。
目の前で脂を滴らせ、芳ばしい香りを発している鰻の串焼きを作ることが目的であったならどれだけ良かったか、しかしそんなはずもない。
わからないけど、ただひとつだけはっきりしていることがある。
それは……、
『俺は疑われている』
と言うことだ。
そうでないと3歳児をあんな危険な目にあわせるわけがない。
俺は何か試されていたのだろうか?
しかしあの婆さんてっきり薬師か何かかと思っていたけど、あの忍者の様な身のこなしに、風刃といった恐らく魔法であろう魔物を容易に切断したあの技。
この婆さん一体何者なん……
「さて、そろそろ教えてもらおうかのお」
「へっ?」
ダニエラ婆さんの不意討ちに、思わず間の抜けた声がもれる。
「お前さん一体何者なんじゃ?」
ギロリと音が出そうなほどにするどく俺を睨む。
どうやらダニエラ婆さんが俺に抱いていたのは、疑念ではなく確信であった様だ。
さてどこまで話すべきか……?
下手な言い訳は通用しないだろうことは明らかだ。
正直に全て話すことのメリットは大きい。
恐らくこの婆さんは、この世界でそれなりの知識と力を持った存在だろう。
邪悪なる存在に立ち向かう力を得る必要のある俺には、指標となる理解者は願ってもない存在だ。
信頼のおける仲間を作れと異世界の女神も言っていたしな。
それに、3歳児らしからぬ俺の態度に疑念を抱く人へのフォローも期待できるだろう。
しかし全ては信じてもらえたらの話だ。
この前提となる条件が余りにも厳しすぎる。
異世界から転生しました、なんて荒唐無稽な話を誰が信じるものか。
――いや、そうでもないのか?
ここは魔物が蔓延り、魔法やスキルを操る者の存在する世界。
まったく有りえない話でもないのではないだろうか?
そうだ、だからこそ今俺に疑念を抱いているのだ!
しかし仮に転生したことを信じて貰えたとしても、もうひとつ大きな問題がある。
それは、過程はどうあれ俺が知人の子の体を乗っとった存在である、ということだ。
俺ならどうだ?
そんな存在を邪でないと素直に思えるだろうか。
もしかしたら秘密裏に始末するため、こんなところまで連れて来たのではないか?
ふと先ほどの分断された魔物の姿が浮かぶも、体を包む麻のタオルを見てすぐに霧散した。
放心状態で湖から上がりガタガタと震える俺の体に、このタオルを掛けてくれたのはダニエラ婆さんだ。
俺を疑っているのは間違いないだろうけど、悪く思っているのであればとるはずもない行為だ。
それに、あの時の婆さんはとても寂しげだった……。
やめだやめだ。
メリットどうこうの話じゃない。
あんな顔でグラムのことを思う人に、適当な嘘なんてつくことはできない。
言った後のことは言ってから考えたらいい。
よしと一人頷くと、俺はダニエラ婆さんを真っすぐに見つめた。
「すみません。俺はグラムではありません」
俺はダニエラ婆さんに全て話すことを選択した。
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