第6話 初めてのデート

 うーん……。

 なんでこうなったのか?


 俺は、顔中に深いシワをきざんだ老婆と一緒に山を登っていた。


 山といっても獣道などではなくそれなりに整備された歩きやすい道で、この道を歩む限りは魔物に遭遇することもないそうだ。


 それでも老婆と一緒に山を登っても特段楽しくないことに変わりはないんだけど、なんか妙な迫力があって逆らえないんだよな……。


 俺は、今朝一番にダニエラ婆さんの家に連れられた。

 扉をノックすると、可愛らしい赤ん坊を抱いた豊満な女性が迎えてくれた。

 この家の主であるヒュースさんの奥さんマリアーニさんと、産まれて2週間ほどのアリアンナだ。


 マリアーニさんは俺の顔を見た途端、目尻を下げ優しく話しかけてくれた。


「話を聞いたときは本当にびっくりしたよ。でも、うん……、元気そうで良かった。よく生きててくれたよグラム」


 フラックとヒュースさんは昔同じ傭兵団に在籍していたらしく、今では家族ぐるみの付きあいをしている。

 マリアーニさんはグラムが産まれた頃からよく面倒を見てくれていたようで、グラムのことを自分の息子のように思ってくれているらしい。


「心配をかけてすみませんでした」


 俺がそう返すとマリアーニさんは眼を丸くした。

 うん、またやってしまったな。


「あらあら、頭を打ったってのは本当だったみたいだね」


 マリアーニさんがあははと朗らかに笑うと、アリアンナもつられてきゃっきゃと笑った。



 あの時のアリアンナの無邪気な笑顔、可愛かったな……。


 それがなんでしわくちゃな婆さんと山を登っているかと言うと、事故後の俺の体の経過を見てもらった結果、リハビリ要と診断されたからであった。


 と言うか、この婆さんほんとに大丈夫なんだろうか?


 診断中に肩を捕まれ眼を覗きこまれていた時、それがあまりにも長いもんだから


「ダニエラさん、やはりグラムはまだどこか悪いのですか?」


 と、エレオノーラが不安そうな顔で婆さんに尋ねたら


「ん? なんじゃったかの?」


 と、すっとぼけたことを言っていたしな。


 だいたい俺の体がもうどうってことないことくらい自分が一番よくわかっている。

 なのにリハビリが必要だと言うあたり、この世界の医療技術はあまり発達していないのかもしれないな。

 まさか猛毒の水銀を飲んでコレラを治療しようとしていた19世紀のイギリスの様な、混乱極めた治療を施されるんじゃないだろうな……。


「さてと、だいぶ登ってきたのぉ」


  言われて振り返ってみると、町の民家が豆粒のように見えた。


「あの、一体どこまで行くんですか?」

「この先に湖があるんじゃがな、そこに生えているセレニアの花がいい薬になるんじゃ」

「なるほど、それが僕の体に効くわけですね」


 良かった、何だかんだでちゃんと考えがあったみたいだ。

 だてに長く生きているわけじゃないか。


「いんや、ただの腰痛に効く花じゃ。知り合いに頼まれていてのぉ」


 腰痛かよ!


「まあただ、お前さんにとってもいい薬になるかも知れんがのぉ」


 腰なんて全く痛くないと言い返そうとしたけど、意味深な笑みをされたので思わず言葉を飲みこんだ。

 まあフラックとエレオノーラがあれだけ信用しているんだし今は信じるしかないか。


 色々と湧いてくる疑問はとりあえず深く考えないようにして、俺は昨日の続き――魂力の流れをごく自然に感じられるよう特訓――をしながら歩くことにした。


 そしてそうこうしている内に、件の湖に到着した。

 大きな木々に囲まれ辺りは少し薄暗くなっているものの、差しこむ木漏れ日が湖面を照らし神秘的な空気をただよわせている。


 前の世界でなら、パワースポットだなんてさぞかしSNSで取り沙汰されたものだろう。


「ほれ、あれじゃ」


 ダニエラ婆さんは右手に持っていた杖で湖面を指した。


 その先を見てみると、蓮のような大きな葉がいくつも浮かんでいた。

 それぞれの真ん中に、白い花弁に黄色い花芯の水仙によく似た花が咲いている。

 恐らくあれがセレニアの花だろう。


「今からお前さんに、あのセレニアの花を摘んできてもらう」


 予想通りセレニアの花であったけど、帰ってきた言葉は予想外だった。


 何をいっているんだ?

 知り合いに頼まれたものをなんで俺が?


 と思いながらも、取りあえず辺りを見まわしてみる。


 湖自体はかなり大きいけど、セレニアの葉はわりと湖岸から近い位置に群集している。

 と言っても、一番近いもので1メートルくらいは離れているため、手を伸ばしてどうこうできるものでもなさそうだ。

 葉の大きさは蓮の葉を二回りくらい大きくしたほど。

 水は透明度が高く、湖岸から近い所であれば底がはっきりと視認できる。

 深さはギリギリ顔が出るくらいか。


 取りあえずあたりに落ちている木の枝で、一番近い葉を手繰りよせようとするが上手くいかない。

 つまり、取るためには湖に入らないといけないわけだ。


 まったく何で俺がこんなことを、と言いたいところだけど、さっきからまた妙な迫力を見せているんだよな……。


 となれば、まあ仕方ないか。


 俺はしぶしぶ覚悟を決め着ているものを脱ぎ捨てた。

 そして、片足を湖に浸けようとしたその時……、


「そうそう、いい忘れておった。この湖には狂暴な魔物がおるでの、中に入ることはおすすめせんぞ」


 そう言うと、ダニエラ婆さんはニヤリと笑みを浮かべた。

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