第5話 興味しんしん物語
この世界に始めて来たとき、俺はこの世界の言語を理解できなかった。
しかしグラムの中に入り、グラムとして生まれ変わった瞬間に、周りの言葉を理解することができた。
恐らく、グラムの脳に刻まれていた記憶の断片が、魂が融合したことにより俺の記憶へと移り変わったのではないか、と推測している。
たまに俺の記憶にないはずの光景や人物が夢に登場することがあるけど、それも恐らくグラムの持っていた記憶なんだろう。
しかし漫画のようなご都合主義とはいかず、わからないこともたくさんあった。
一番最初に困ったのは、3歳児のグラムはどんな人間かと言うことであった。
両親から話しかけられて、どんな口調で返せばいいのかわからないのである。
それどころか両親のことを何と呼べばいいかすらわからない。
一概に記憶と言っても、脳のどこかに仕舞われるものと、魂に焼きつけられるものと、違いがあるのかも知れないな。
しかし、迷ったあげく返した言葉で両親が硬直したのは焦ったな。
生前のグラムはどうやら好奇心旺盛でやんちゃないたずら坊主だったらしく、毎日の様に両親を困らせていたらしい。
そんな中で意識が戻った俺の第一声が
「父様母様、ご心配をおかけしました」
そんなものだからふたりの驚きようも納得できる。
えらく身なりのいい格好だったものだからこんな具合かなと思ったけど、どうやら180°くらい方向を間違えたらしい。
新しい両親はあまり深く考えすぎないタイプなのか、溺れた時に頭を打ったのだとうんうん唸ったり、これも神の思し召しだと涙を流したりで勝手に納得してくれたからいいけど。
その後書斎の存在を知り、おもむろに1冊の本を手に取り開いてみたんだけど、今まで見たこともない言語のために全く読むことができなかった。
グラムはまだ読み書きができなかったのかも知れないな。
幸い言葉を覚えるための絵本の様なものが数冊存在したので、自慢の人並外れた記憶力もありすぐに簡単な文字は覚えることができた。
そしてイラスト入りの図鑑を読みあさり、まだ知らなかった単語もイラストから推測し他の文章と照らし合わせていくうちに、どの本も引っかかりなく読めるようになっていた。
そんなある日、俺は本棚の上に綺麗な装飾箱が置かれていることに気がついた。
何だろうかと思い本棚を梯子の様に登り手に取って開けてみると、中には幾つかの丸まった羊皮紙が入っていた。
それを見た瞬間、俺は押さえることのできない興奮に包まれた。
だって、まるでゲームでお宝を手に入れたかのようじゃないか。
肝心の中身は、どうやらフラックの冒険手記のようであった。
魔物の特徴や弱点、ダンジョンの地図に、パーティーのフォーメーションや剣技についての考察など、プレイ中のゲームの攻略本でも見ているようで俺は時間を忘れ読みふけった。
その中でもことさら俺の興味を惹くものがあった。
魂力についての手記だ。
魂力とは言うなれば生命エネルギーの塊のようなもので、それを使ってスキルや魔法を使ったりするらしい。
まあこの手記には、具体的な魔法の唱えかたが記載されているわけではないけど、魂力とはどんなものか、どの様に操るのかなどが書いてあった。
恐らく入門書の様なものなんだろう。
で、早速書いてあることを試してみた俺は、今まで未知の存在であった異世界の不思議パワーの片鱗に触れることができ、どっぷりとはまってしまったのである。
魂力はこの世界の全ての生物が持っているらしいが、意識をしないとその存在を知ることはできないし、何の訓練もしていない人間となればその量も微々たるものとのことだ。
だけど、この魂力をつかうことで身体能力を向上させたり、魔力に変換して魔法を使うことができたりと、魂力について熟知することはこの世界でいきる上で必要不可欠らしい。
早速と試してみたところ、魂力の流れを感じることはすぐにできた。
目を閉じ体内に意識を集中させると、胸の辺りから体中に力が流れていってるのがわかった。
熟知することが必要だと羊皮紙に書いていたので、まずはその感覚を研ぎ澄ますことにした。
初めに、視覚情報を増やした状態でも維持できるようにとゆっくり目を開いてみた。
一瞬少しぼやけかけたが、しばらくすると目を閉じた時と同じ様に魂力の流れを感じることができた。
次に手を動かしてみた。
それができたらゆっくり歩いてみる。
そして、歩きながら頭の中で暗算をしていると、ふっと魂力の流れを感じることができなくなった。
このように失敗もあるけど、練習すればするだけ成長を実感できるので、楽しくて仕方がない。
ゲームでもキャラ育成大好きだったからな。
そしてそろそろ一段階進んでみるかと、昨日から魂力の量をコントロールするための特訓をしているのである。
「明日ダニエラ婆さんにグラムの経過を見てもらいに行こうと思っているんだが」
「でもあなた、グラムは先日ようやく動けるようになったばかりなのよ」
「そうは言ってももう2週間もたつし、見るかぎりすっかり元気だろ?」
「確かにそうだけど、あの時のことを思い出すと私怖くって……。もう二度とあんな思いはしたくないの」
「エレオノーラ、お前の気持ちは良くわかる。だがグラムにはこの先グラムの人生があるんだ。成長期の子供をいつまでも家に閉じ込めておくわけにはいかないだろ? グラムのためにも俺たちがしっかりしないといけないんだ」
「そうね……。ええ、わかったわフラック。あ、そうだった! ダニエラさんに会いに行くならお祝いもしなくちゃね」
「おお、そうだったな! あの日はグラムのことでそれ所じゃなかったが、可愛い女の子が産まれたんだったな」
「ねえ、あなた」
「ん、どうした?」
「グラムもそろそろ妹か弟が欲しいんじゃないかしら?」
「そうだな。なら今夜は久しぶりに頑張らないといけないな」
「ええ……」
おのれフラックめ。
見た目は子供、中身は性に興味津々な高校生に何を聞かせるか。
おかげで集中が切れたではないか!
2階の書斎で魂力の特訓をしながらも、1階にいるふたりの会話がはっきりと聞こえた。
魂力を高めて全身に循環させると身体能力が向上するのだ。
向上する幅はその量に比例するらしいが、許容量以上に魂力を高めすぎると、体がついていくことができず壊れてしまうらしい。
なんとも恐ろしいことに、最悪の場合は心臓が破裂し死にいたることもあるとのことだ。
実は俺は、この魂力量のコントロールが非常に苦手である。
理由はふたつ考えられる。
ひとつ目は俺の年齢だ。
まだ体もできあがっていない3才児の限界なんてたかが知れている。
ぷにぷに可愛いこんな体に、多くを求める方が無茶な話なのだ。
ふたつ目は、あの女神様の言葉である。
俺がこの世界を救う切り札になると予測する根拠。
約2000年の時をへて、俺の魂は人間では到底辿りつけないような強さを得ているらしい。
言うなら、ジェット機のエンジンをミニ四駆に搭載するようなものではないだろうか。
そんなもの、許容量に調整しようとしても上手くいくはずがない。
これでも目一杯に出力を押さえこんでいる。
そのつもりなんだけど、この状態で動く事がいかに危険か、試すまでもなく理解できるほどだ。
「うーん、やっぱり体も鍛えないと駄目か。幸い明日から外に出られるみたいだし走り込みでもするかなー」
俺は魂力の増幅を解くと、明かりとりの窓を開けた。
心地好い春風が優しく頬を撫でる。
よし。
明日から、いよいよ冒険の始まりだ。
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