第4話 絶讚ひきこもり中

 全力で生きると誓って2週間。

 俺は家の中から1歩も出られないでいた。


 グラムよすまん……。


 そうそう、俺の名前はグラムと言うらしい。


 クロムウェル家のひとり息子で、頬っぺたぷにぷにの3歳児。

 どこをつついても気持ち良さそうな、もち肌幼児である。

 しかし、シルクのような輝きを放つ銀髪と、くっきり大きな青眼が、輝かしい将来を容易に想像させる。


 父親の名前はフラック クロムウェル。

 クロムウェル地方の領主で、男爵の地位にあるらしい。

 モデルのような甘い顔立ちとは裏腹に、時折、銘入りの刀の如く鋭いオーラを漂わせている。

 24年しか生きていないくせに、どんな修羅場を潜ってきたんだか。


 母親の名前はエレオノーラ クロムウェル。

 砂糖とスパイスと素敵なものを全部詰めあわせた、彼の歌を体現したような女性らしい女性だ。

 穢れを知らぬ少女のような可愛らしさと、大人の妖艶な魅力を併せ持つその容姿で、それはもう多くの男の心を奪ってきたらしい。


 そして俺は今、彼女に自由を奪われていた。


 グラムの体はかなりの時間川底に沈んでいたらしく、俺の魂が入り息を吹きかえしたものの、そのあと丸1日意識を失っていたらしい。

 そして目覚めたはいいけど、どうにも体が重く歩くことは愚か立ちあがることにも酷く苦労した。

 目立った外傷はないものの、もしかしたら大事な神経でも圧迫させてしまったのでは?

 と一時は心配したけど、1週間も過ぎたころには普通に過ごせるようになっていた。


 そして、動けるとなれば知らぬ世界を走り回ってみたいわけで、いってきますと飛びだそうとしたら……。


「グラム……、そんな体で……、どこへ……、いこうとしているのかしら?」


 と部屋の温度を数℃下げさせたかのような、それはもうとんでもない迫力の笑顔で、エレオノーラが俺の肩を掴んできた。

 目が笑ってないよままん……。


 そんなこんなで2週間たった今、意を決して外へ出ようとしたんだけど、以前と全く同じ質問を投げかけられたのである。

 相変わらず怖いです、ままん……。


「い、嫌だな母様。書斎にいって、文字の勉強をしようとしているだけですよ」


恐らく今俺の目は、完全に泳いでいるだろう。


「あらそうだったのね。てっきり、そんな体で外で遊び回ろうとしているのかと思ったわ」


そしてきっとそれに気づいているエレオノーラ。

なんで母親からこんなに、プレッシャーをかけられないといけないんだ……?


「そ、そんなこと、するわけないじゃないですか。いやだなあ……」

「ごめんなさいねグラム。そうだ、お詫びにママが勉強見てあげようかな?」

「ありがうございます母様。でも、段々と分かってくるのが凄く楽しいので、もう少し自分の力で頑張ってみたいです」

「まあ! さすが私のグラムだわ」


 何がさすがか分からないが、俺は笑顔を返事としそのまま書斎へと向かった。

 ちなみに、外へ出ることは叶わなかったが、楽しいと感じているのは嘘偽りない事実である。


 なぜなら、ここは魔物や魔法やスキルなんてものが、存在するファンタジーの世界だったのだ!


 って、新幹線よりも大きな白蛇を見た時点で、そんな気はしていたけどね……。


 そんな世界の情報が詰まったこの書斎は、外出ができない俺にとっては格好の遊び場である。

 そんなわけで、誰にも邪魔されず自分の時間を満喫したいという気持ちで、最近ずっとこの書斎に引きこもっている。


 まあひとりで引きこもっているのは、それだけが理由じゃないんだけどね。


 そんな思考を一旦中断し、俺は体内のある力の流れに意識を集中した。

 鳩尾の少し上。

 この辺りに意識を集中させると、トクンと何かが全身に流れていくのを感じる。

 そしてゆっくり深く息を吸いこみ、そのままその出力を少しずつ上げていくイメージ。


 慌ててはだめだ。

 この力はとても繊細で、集中を欠くとすぐに霧散してしまう。

 両足を肩幅くらいに開き、手はそのままだらりと下ろす。

 本に書いていた訳ではないけど、この姿勢が一番集中しやすい。


 息を吸い込こみ、それを燃料に力を増幅させ身体中に循環させていく……。


「うん、約1分ってとこか。だいぶ早くなってきたけど……、これはまだ誰にも見せられないな」


 大小様々なうす緑色の球が、蛍の様にぽうっと光を発し俺の体の周りを漂っていた。

 俺は今、この世界の力の源『魂力』について勉強しているのである。

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