第三章 戦いの渦中へ そして目覚め

第1話 再来!中年のおっさん(失礼)

 朝食後、僕と奈々、エルザは近くの公園へと散歩に出かけた。いや、正しくは奈々に連れ出された。

 奈々曰く『エルザのことをしっかりと説明してほしい!どこから来たのか。敵はどういうものなのか。僕とエルザはどう知り合ったのか。僕とエルザの関係性は。男女の仲は?!云々』だそうだ。

 …後半、関係なくない?


 ちなみに朝食については多くは語りたくない…あれは……兵器です。残そうとしたら美華が悲しそうな顔を浮かべたので兄として完食させていただきました。途中から味覚がおかしくなったのが幸いか、美味しく感じたよ。一緒に出されたオレンジジュースがブラックコーヒーと感じるくらいに。


 そんなことがあってやってきた公園は僕とエルザが昨日襲われた住宅街の中にあるところ。土曜日の午前中ということもあり、近所の子供たちが遊んでいた。


「で、早速教えて頂戴。エルザはなぜここにやってきたのか」


 ベンチに座り開口一番、奈々がエルザに問いかけた。


「ん~どこから話せばいいのかわからないけど…とりあえず…」


 そしてエルザは語りだした。



 エルザがいたのはドゥミール王国という。もちろんこの地球上にはどこにも存在していない。僕たちの世界とは違う世界、所謂異世界にある。

 ドゥミール王国はウルド大陸という、エルザがいた世界にあるものすごく大きい大陸の東側に位置する独自国家。ちなみにウルド大陸は地球上で例えるならユーラシア大陸みたいなもので、ドゥミール以外にも他に独立国家があるらしい。

 ドゥミールは治安もそこまで悪くなく、周辺諸国との貿易も盛んで栄えていて、エルザはその国の勇者。


 ちなみにウルド大陸にある国家のうち、勇者がいるのはドゥミールのみで、エルザはその唯一の存在とのこと。それだけエルザは強いってことだ。


「でも!レンはそんな私より強いってどういうこと?!魔物や五大将と互角…いえ、倒してしまったからそれ以上の技量があるってことでしょ?」

「ん~そればかりはお爺様に鍛えられたからなぁ…『大事な人を守れるように』って」


 そう、昔からお爺様にそう教えられ、幼少の頃から習い事をさせられた。

 剣道、柔道、合気道、華道、そろばん、ダンス、水泳、器械体操etc…果たして華道やそろばんで『大事な人を守れる』のかは僕は分からないけど。


「そうそう、蓮を遊びに誘おうとしたらいつも『ごめん…今日は習い事が…』で嫌われてたものよね」


 奈々が昔話を出してくる。だってお爺様に逆らったら…そりゃ怖いから。一応如月組の組長だよ?昔に比べれば相当大人しくなってるらしいけど、一応『その道』の人たちの長だからね。


「そういえば今日もヨガと太極拳があるからそろそろ行かないと」

「ねぇ、それって習い事?」 


 …最近僕も『これって習ってても将来役に立つの?』というのはあるんだよね。でも、やっぱりお爺様だから…


 そう思った瞬間、それはまたやってきた。

 ぐにゃりと空間が歪むような感覚。周囲の人が消えていき、現実と隔絶されたような状態。

 僕とエルザは異変にすぐに気付いた。


「「っ!!」」

「えっ?何?何が起きたの?」


 しまった!今回は奈々が一緒だ!どうにかして奈々だけでもこの次元から逃がしたいと思ったけど、そうは問屋が卸さなかったようだ。


「ふふ、昨日ぶりね、エルザさん、少年」


 いつの間に現れたのか、僕らの目の前からその声がした。茶色いローブ姿の人物。この声、この姿、間違いない!


「昨日の中年のおっさんだ」

「「「えっ?」」」


 僕の言葉にエルザ、奈々、当事者であるおっさんが面食らった顔をしている。あれ?僕間違ったこと言った?

 エルザはお腹を抱えて震えている。あ、これ笑ってるよ。奈々は何が起きたかわからずポカーンとしてる。

 そして僕に中年呼ばわりされたおっさん-パールバイヤー-も小刻みに震えてる。あれ?自分のこと言われたのに笑ってるの?


「笑ってない!怒ってるの!何で私がおっさん呼ばわりされなきゃいけないのさ!」


 だって、見た目がもう……ねぇ。だからエルザ、そろそろ笑うのやめてあげなよ。じゃないと…


「散々コケにされてこのまま返すものですか!お行きなさい!我が下僕!」


 おっさんが右手を挙げると、目の前の空間が歪んでお馴染みの黒犬が複数出てきて僕らに襲い掛かってきた。


 ん~ちょっとヤバいかな。奈々を庇いながらだとさすがに思いっきりできないし、だからといって頼みのエルザはやっと今笑い地獄から解放されてきたようだし。仕方ない!


「奈々!僕の後ろから離れないで!」

「え?あ?うん…」


 散歩の気持ちで来たから当然僕は丸腰で獲物を持っていない。だから徒手空拳で立ち向かうしかない。

 右手から飛びかかってきた黒犬に裏拳をかます。鼻っ面を叩かれて『キャイン』とか鳴いてるがおかまいなしだ。そのまま左回転し、左手側から来た奴の腹に右足で蹴りを入れる。そのままの勢いで後ろ蹴りを繰り出してちょうど迫ってきた奴にお見舞いした。


「相変わらずこちらの世界の人間にしてはバカみたいな強さですね、少年」


 お褒めにあずかり光栄…だ、よ!っとそのまま足を高く上げかかと落としを食らわす。一連の流れで4匹にダメージを与えたが、いかんせん奈々を引き連れてだ。動きはコンパクトになり、致命傷を与えられない。


 そのとき


「出でよ!マイソード!」


 エルザが右手を上に伸ばした。その先の空間が割れて布に包まれたエルザの剣がゆっくりと降りてきた。召喚魔法みたいなもの?


 布から取り出ししっかりとその剣を持ち、エルザは黒犬たちに向き直る。どうやら笑い地獄からは復活したようだ。


「お待たせ!レン!」 

「遅いよ…ったく。どうなることかと思った」

「元はといえばレンが悪いのよ?笑わせたりするから」

「ちょっと待って?僕なの?僕のせいなの?」

「こんな状況で言い争いはやめてって!」


 責任のなすりつけをはじめようとした僕とエルザを奈々が止めに入った。いや、でもこれだけは言っておきたい!僕のせいじゃないって!


「ずいぶん私も舐められたものですね…」


 あ、おっさんのこと忘れてた。確かに言い争いをしている場合じゃないかもしれない。存在をスルーしそうになったからぶち切れちゃってるよ、おっさん。


「防具もないエルザさんや、素手の少年、何の力もない少女など、ブラックドッグの敵ではありません!首を噛み切ってやりなさい!」


 そういうと今さっきよりもさらに多くの黒犬が出てきた。そしていっせいに僕たちに襲い掛かってきた。あれ?ちょっとヤバイ?


 エルザは恐らく10匹以上の黒犬を相手に剣を振り回し撃退していくけど、いかんせん多勢に無勢。さらに防具もないから致命傷に至らなくても傷を負っていってしまっている。


 僕もリーチのある蹴りを中心に相手をするけど、奈々をかばいながらのため次第に押されていっている。

 腕も鋭い爪で引っかかれ、服を切り裂かれてそこから血がにじみ出てきた。あーちょっとヤバイかも。


 そんなことを思いながら戦っていたためか、一瞬の気の緩みがあったのかもしれない。黒犬は波状攻撃を仕掛けてきた。前と左右の黒犬はどうにかできそうだったけど…僕の背後からも数匹の黒犬が襲い掛かってきた。


 僕の背後ということは…奈々がいる!いけない!咄嗟にエルザを見たけど手一杯の状態だ!

 奈々が…恐怖で悲鳴をあげる……かと思ったけどあがらない。あれ?チラ見して確認すると悲鳴どころかしっかりと黒犬を睨みつけている。


 そして奈々の姿が消えた。刹那、奈々が消えた辺りに大量の黒犬が倒れていた。

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