第29話 森
ドルホイさんちに泊めてもらって、翌日の朝。
朝ご飯も食べさせてもらった後、私たちは森にやってきた。
うす暗くて、見通しが悪くて、足下がでこぼこしてたり、ぬかるんでたり、じめじめしてたりと、どうにも陰気くさい、モンスターがうろつきまわっているダンジョンの森だ。
うん。ダンジョンって地下迷宮のことじゃないの? と思うかもしんないけど、モンスターが占有支配してる領域がダンジョンって呼ばれてるの。これはそーゆーことなので異議は認めない。ま、私に異議申し立てられたってどうしようもないんだけどね。
森は街のすぐそばにあって誰でも入れるようなっている。まあ森だしねー。私の故郷である、アルドラ迷宮だと入り口に見張りがいて入場管理をやってたけど、森だとどこからでも入れるしそういうわけにもいかないんだろうね。
「ハルミさんは、ここにはなんのために来たんですか?」
私は、宝箱改二状態、腰から下が生えてる状態で、スアマちゃんは隣を歩いていた。
「特に用事はないんだけどね。ご近所のダンジョンだから挨拶がてらっていうか。ま、ポイント使えるお店とかがあると思うから、そこで買い物したりとか」
モンスターが強くなるには様々な方法がある。
ソウルを集めてもいいし、戦いの場に身を置くことで突然スキルに目覚めたりとか、スキルが派生したりなんてこともあるらしい。
何かの技術を修めてもいいし、魔法を勉強して身に付けるなんてのもある。
けれど。一番手っ取り早いのは、ポイントでスキルやらアイテムやらを買ってしまうことなのだ。
ポイントはモンスター間で使用されている信用単位。
なので、モンスターが集まってる場所でならどこででも使えるはずだった。
「とりあえず鑑定系のスキルは買っときたいんだよねー。あるとなにかと便利そうだし」
「そんなお店が森の中にあるんですねー」
「他にはスアマちゃんのレベル上げとか? さすがに今のままだと弱っちいし……ってああ!」
「どうしました?」
「スアマちゃんは何を倒せばいいんだ!?」
そう。
ターゲットが問題なのだ。
この森は赤の陣営。つまり私の仲間モンスターがいる場所であって、さすがになんの理由もなく経験値にしてしまうわけにはいかない。
かといって、冒険者が冒険者を倒すのは御法度ってことらしいし。
「うーん。まあ、私が冒険者を倒せばいいのかな。私はスアマちゃんの使役モンスターじゃないから、スアマちゃんのリザルトにはならないはずだし。とりあえず近くにいればスアマちゃんもソウルを吸収して強くなるんじゃないかとは思うんだけど」
ということで、右手の指に付けていた欲深き者の指輪を外す。これを付けてると手近なソウルは全部私が吸収しちゃうからね。
一番いいのは、この指輪をスアマちゃんに付けちゃうことなんだけど、これはレベル20以上じゃないと装着できないのだ。
「じゃあ何をするにしてもまずはメンテナンスエリアに行きますか」
とは言うもののどこにそんなのがあるかなんて知らないんだけどね。
あるとしたら、森の中心部とか地下とかかな。
普通なら到達できない場所にあるはずだけど、そんな場所を探していたら日が暮れてしまう。
けど、私にはこれがある!
宝箱の蓋を開けて舌を使ってそれを取り出す。
「じゃじゃーん! 裏口パスポートー!」
スアマちゃんが、私の持つ紙切れをしげしげと見つめている。
「これはね、メンテナンスエリアに直行できるモンスター専用アイテムなのだ! アルドラ様が持たせてくれたんだー」
「どうやって使うんですか?」
「ダンジョン内でそこら辺に貼り付けたら扉ができるみたい。森に入ってすぐだと人通りも多いだろうし、使ってるとこ見られるのも困るからここまでやってきたんだけどね」
「その、ハルミさん。誰か来るみたいですけど」
なぜかスアマちゃんが申し訳なさそうに言う。
「うん?」
言われてみれば、何かの気配が森の外側のほうからやってくるのがわかった。
ざくざく、べたべた。
木々で見えないけど、何かが歩いてきてるのは確実だ。
あー、やっぱ索敵系の能力は必要だよねー。
戦闘力が上がっても、どっかの達人みたいに、殺気を感じとって背後からの攻撃をさけたりってのはできる気がしないし。
どうしよっかなぁ。
モンスターなら一応赤陣営の仲間だから特に問題はないはず。スアマちゃんも私の獲物だってことにしとけばそれ以上何か言われたりはしないだろう。
人間だとすると森にわざわざ入ってくる時点で冒険者なのは確実なんだけど、その場合はスアマちゃんがちょろっと挨拶すればいい。
どちらにしろ、やりすごしてからパスポートを使えばいいはず。
向こうもこっちには気付いてるだろうから、今さら逃げ隠れするのも変だしね。ここは堂々と待ち受けようじゃないか。
「へへっ。追いついたぜ」
と、やってきたのは見たことのある奴らだった。
もう、なんというのか。
見た瞬間にこいつらが何をしにきたのかわかってしまった。
昨日、冒険者ギルドでからんできたおっさんとその仲間たちだ。
おっさんは足を折ってやったんだけど、ぴんぴんしてる。アイテムとか魔法で治したのかな。
「ねえ? 冒険者同士の争いは御法度ってことじゃなかったっけ?」
「あーん? ダンジョンの中で何が起ころうと、どうやってギルドがそれを知るってんだ? ダンジョン内での冒険者の生死は自己責任って奴だぜ? ……ん? なんかこいつ妙に流暢に喋りやがるな? それになんか大きくねーか?」
あ、片言忘れてた。まあいいか。
「質問! ダンジョン内での戦いはギルドカードに記録されるって聞いたよ? 冒険者同士の諍いも記録されるんじゃないの?」
「はっ。なんか余裕ありげだと思ったら、そんなことを拠り所にしてやがるとはな。いいか? ギルドカードの記録をごまかしたりはできねぇ。けどな、最初から記録しないのは簡単なんだよ!」
「ちなみにそれはどうやって?」
「何も難しいことはねぇ。カードの裏にある停止ボタンを押せばいいだけだ。それだけで、お前らの身に起きる惨劇は誰にも伝わらねぇってことになる!」
「ほうほう」
と、感心してると、スアマちゃんはさっそくカードの裏のボタンを押していた。
うん。この子は実に察しがよくて好き。
「ひさびさのミミックピンボール!」
手近な木に飛び蹴りかまして、反動で冒険者どもに飛びかかる。
ががががががが!
縦横無尽に木の間を跳びまわってみれば、あっという間に冒険者は全滅だ。
うん。こういう場所は立体的な機動を活かせるのでいいね。
「あ、スアマちゃん! 早くこっちに来て!」
「は、はい!」
スアマちゃんがとことことやってくる。
「どう? 強くなった?」
「どうなんでしょう。よくわかりません」
拡散していくソウルを吸収できるはずなんだけど、どうなんだろ。私、他人のステータスわかんないからなぁ。
ま、地道にやってくしかないかな。
ソウルの吸収にはいろいろとルールがあるのだ。実際に倒した人が吸収しやすいとか、より強いほうが吸収しやすいとか。
つまり、側にいただけで戦ってない人はそんなに吸収できない。世の中そんなに甘くないのだ!
「あ、そういやさ。スアマちゃんは自分のステータスわかんないの?」
「ステータスってなんですか?」
てか、普通はどうやってるんだ?
私の場合はなんとなくそういうもんだと思ってたんだけど、冒険者はどうなんだろう。
冒険者もレベルがどうとか言ってたから、そのあたりはモンスターと同じような感じかと思ってたんだけど。
「ま、そのあたりはまた誰かに聞けばいいか。さて。邪魔者もいなくなったことだし」
パスポートを使ってみよう。
そこらの木にぺたりと貼り付ける。
「どうなんのかなー。わくわくするよねー」
「あ、何か光ってますよ」
パスポートが輝きはじめて、そして。
ぶわっ。
と燃えだした。
「へ?」
もしかしたら、これが起動の合図なの?
とか思ったけどどうもそうじゃなくて、単純にパスポートが燃えているだけのようだった。
ばさばさばさ!
と鳥たちが一斉に飛び立つ音がする。
妙に静かになって、ただでさえうす暗い森がますます暗く思えてきた。
「なんとなくだけどやばい感じがする」
「ハルミさん。その、いつのまにか周りに……」
うん。さっき達人じゃないから殺気とかわかんないなーとか思ってたけど訂正。
あからさまなやつは私でもわかるわ。
私たちは、どこからかあらわれたモンスターに囲まれていた。
って、なんで? ここアルドラ様の知り合いのダンジョンだよね? こんな殺気向けられる筋合いないと思うんだけど?
と、すぐに気付いた。
こいつら、赤の陣営じゃない。
青の奴らだ。
そして合点がいく。
このあたりは赤陣営が支配してる土地のはずなのに、なぜかスアマちゃんの村には青陣営のモンスターがやってきた。
ということはだ。青の拠点がこのあたりにあるってことなのだ。
で、今の状況から察するに、ここは青の奴らに乗っ取られてしまったってことなんだろう。
「無効になった赤のパスポートを使おうとするということは、ろくに事情を知らん奴のようだな」
そう言いながら前に出てくる奴がいる。
青い肌をしていて、額には一本角。貴族っぽい人間の服を着たモンスターだ。
「だがどんな事情だろうと赤の奴なら死んでもらおうか。我が名は魔将軍――」
「ミミックミサイル!」
「ぼげぇ!」
どてっぱらに、宝箱の角を喰らわせてやった。
吹っ飛んだところに、さらに飛びかかって。
「爆裂脚!」
どっかーん!
魔将軍のなんとやらは木っ端微塵だ。
青は皆殺しにしろって言われてんのはこっちも同じ!
さあ、お前らも経験値になってしまうがいい!
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