第24話 SIDE:アルドラ迷宮評議会、その後
アルドラ迷宮評議会。
いつもの会議室に集まっているのはいつものメンバーだった。
評議会議長のヴァルターに、戦士のバイソン、商人のサトー。
彼らは評議会の重鎮ということになっているが、多少でも責任感があるのが彼らというだけのことだった。他の会員たちはめったなことでは顔を出さないのだ。
彼らが並んで座るテーブルの向かい側には、これまたお馴染みの顔がある。
アルドラ迷宮の蜘蛛女(アラクネ)、マリニーだ。彼女もアルドラ迷宮評議会のメンバーであり、アルドラ迷宮側の代表者としてこの場にいるのだった。
「よくもまあのこのこと顔を出せたものだな!」
ヴァルターがテーブルを叩く。
「呼んでおいてその言い草はないんじゃない?」
マリニーが呆れたように言う。
「こちらがどれだけの被害を受けたと思っているんだ!」
「それはまぁ、たまにはこんなこともあるんじゃないかなー。だって、こっちはダンジョンなんだし?」
「貴様!」
「今回お前を呼んだのはあのミミックの件についてだ。まさか、このまま地下一階に配置し続けるというわけではあるまいな?」
ヴァルターに任せていては埒があかないと思ったのか、バイソンが重厚な口調で問いただす。
シーズンが終わればこの問題は解決するだろう。そう思ってはいたが、確認する必要があったのだ。
次のシーズンはもう始まっているが、それを確認するまでは冒険者を迷宮に入れるわけにはいかなかった。
「その件なら解決済み。あのミミックは放逐しちゃったから」
「だからもう関係ないとでも?」
「縁は切ったから手続き的にはもう関係ないよ。ま、そうは言ってもそっちに死人が出すぎてるってのはあるから。これはまあ、お詫びってことでね」
そう言ってマリニーはフラスコ瓶を取り出した。
「シーズン終了間際にやってきた人たちのスピリット。これは返すね」
瓶は四つ。その輝きは霊格の高さを表しているかのようだった。
「ほう? まさか銀級以上の返還に応じるとは」
モンスターの目的はスピリットを集めることのはずで、上位クラスを返してくるとは誰も思っていなかったのだ。
「勇者は返さないけどね」
「勇者?」
三人が呆気にとられた声を出す。
「バイソン。勇者には断られたと言っていましたよね?」
「うむ。正確には、仲介を依頼した盗賊――アズラットに、交渉は失敗したと言われたのだが」
「どういうことだ? 勇者が勝手に挑んだ? しかも死んだ?」
「あれ? やぶ蛇だった? ま、そういうことだから」
そう言うとマリニーはそそくさと去っていった。勇者のことについてあれこれと訊かれるのを避けたのかもしれない。
「ま、まあ、あれだ。儂らが送り込んだわけではないし。勝手に行って、勝手に死んだなら関係ないしな……」
「そうですね。ここで、強行に勇者の返還を求めると、逆に我々の関与を疑われてしまうような……」
勇者は貴重であり、その運用には慎重さが求められる。
こんな僻地にあるダンジョンに送り込んだあげく、殺してしまったとなれば、責を問われるのは避けられないだろう。
「しかしだ。そうなるとアマミ村の一件はやはり……」
「ええ。件のミミックの仕業ということかもしれません。というか、あんな真似ができるのはあれぐらいのものでしょう。しかし、何故あんな何もない村に大勢が集まって死んでいるのか……」
ミミックは爆裂属性を使う。
それによる被害は派手なものになりがちで、アマミ村で起こったのもそういった事件だった。
「それについてはヨハンが知っている」
「またヨハンかよ! そいつ大怪我してたよな! もう動けんの!?」
ヨハンはミミックの爆裂攻撃を喰らい、瀕死の重傷を負っていたのだ。
「うむ。欠損は補えたとのことだ。手足が戻れば動けると言って、さっそく出ていった」
「すげえな、ヨハン……」
「奴は任務のためなら痛みなどものともせん男だ」
「それにも限度はあるでしょうが、人間なんですから。それで、どういった事情なんですか」
「うむ。ヨハンは以前から、勇者王の息子の捜索を行っていたのだが」
「ちょっと待て!? なんでそんな大それたことにヨハン関わってんの?」
代々勇者が王となる国、タマルカン。
勇者による治世は長く続いていたが、隣国の侵攻によって数年前に滅び去り、一族は絶えたということになっていた。
「知らん!」
「いや……なんかヨハンならではの理由が出てくるのかと思ってたんですけど……まあいいです。で、それがどうなったんですか」
「アマミ村でその息子を見つけたというのだ」
「ほう、争奪戦みたいなことになったというんですか? けれど今まで見つかっていなかったのに急にどうして……」
「ヨハンは酒と女に弱い。そこは信頼できない」
「待てや! もしかして、どっかでそんなヤバげなネタを漏らしたのかよ!」
「酒場で出会った女とよろしくやろうとして、気付けば身ぐるみ剥がされて路地に転がされていたそうだ」
「私の中でヨハンの信頼度がた落ちなんですけど!」
「ヨハンにはそんなおちゃめな部分もある」
「おちゃめでかたづけんなよ! ……まあ、それはいいとして、その後どうなったんです?」
「うむ。勇者王の息子の情報は裏の世界に流出した。そのため各勢力が息子の確保に動いたということのようだ」
「それが、盗賊とモンスターということなんですか?」
モンスターの一部は人間と接触がある。人の世界に出回っている情報なら、モンスターも得ることができるはずだった。
「盗賊は金目当てだろう。勇者王の血筋なら、ホータン帝国に高く売れるはずだ。モンスターどもにとっては勇者となりうる者を始末するのは当然の動きだろう。そして、近場の冒険者たちもその動きに気付いて対応したようなのだが」
「そこに、あいつがやってきて、全員まとめて始末したということですか」
そして沈黙が訪れた。今後どう対応すべきなのか。それぞれが考え込んでしまっている。
「……まあ、あれだ。口惜しくはあるが……」
ヴァルターがぼそりと言う。
彼らの管轄はあくまでアルドラ迷宮だ。わざわざミミックを追っていって仇を討つのは筋違いではあるだろう。
「ええ。もう戻ってこないのなら……」
「ずいぶんと気弱なことだな」
そこへ低く不気味な声が聞こえてきた。
三人は声の聞こえてきたほうを見た。
いつの間にか部屋の隅に、黒い何者かが立っている。
全身が黒い獣毛で覆われた、角と翼と尻尾を備えた二足歩行の獣だ。
評議会としてモンスターとの交渉の場は持っているが、彼らはこんなモンスターに見覚えなどありはしなかった。
「何者だ!」
バイソンが問う。
「なに、不肖の弟子を引き取りにきたのだ。極星のノートン。それを渡してもらおうか」
バケモノが指差すのは、テーブルに置かれたフラスコ瓶だった。
「モンスターが何を言っている?」
「これはおかしなことを。私は人間だよ。ただ、魔導の追及の一環で少しばかりモンスターを取り込んで見ただけのことだ」
そんなことが可能なのか。
三人がそんなことを考えているうちに、それはすぐ側までやってきていた。
獣臭と死臭が入りまじった、吐き気をもよおすような瘴気を撒き散らすバケモノ。
誰も、そのバケモノがフラスコ瓶を手に取ることを咎めることはできなかった。
「どうするつもりだ?」
バイソンが訊く。
「生き返らせた上でまずは説教か。ミミックごときに殺られたとなると、相当しぼってやらねばならんだろう。そして我が一門の汚名をそそがねばならぬ。そのミミックには然るべき報いをうけさせてやらねばな」
そう言って、バケモノは唐突に消え去った。
「なんだったんだ、いったい……」
ヴァルターが絞り出すように言う。
「あれは……ノートンの師匠筋となると……極天のガレリアか。魔導士一門の長のはずだが……」
まるで人間ではない。
あれが一門の誇りをかけて、全力を出せば、いったいどうなることか。
バイソンは、これから巻き起こる惨劇の予感に怖気をふるった。
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