第13話 マッチョと砂使いと少年剣士

 爆裂が効かない!?

 マッチョのおっさんは、無傷ってわけでもないのか、ちょっと痛そうにはしてるけど、でもそれだけだった。

 どうする? 逃げる?

 けど、ここで逃げたっていずれは追い詰められるだろう。

 ここは入り口から東側のエリア。

 ボス部屋とエレベータがあるだけの狭いエリアで、他の場所には繋がっていない。

 つまり、移動できる範囲が限られている。

 そして、私がいくら速く動けるとはいっても、いつまでも速く動き続けられるわけではないのだ。そう、私のスタミナはたいしてない。

 だから。

 私は逃げるつもりなんて最初からなかった。逃げるつもりなら、戦場をこちら側には設定しなかった。

 私はモンスターだ。

 人間を、冒険者を殺す存在なのだ。

 ならば、私は戦うしかないのだ! 相手がちょっと強そうだからって、モンスターである私が一々逃げてられるかっての!

 マッチョを睨みつける。

 マッチョはまだ動いてなかった。手を振ったり、首をコキコキしたりしている。

 すぐに攻めてこないのは、爆裂脚を警戒している?

 ということは、まったく通用しないってわけでもないのか。

 ぬん! とか気合い入れてたし。つまり、何か対抗手段をとらないと、そのままじゃダメージがあるってことかもしれない。

 となれば、やはり、ヒットアンドアウェイだな。

 爆裂脚を喰らわして、即座に離れる。それを繰り返せばいいだけのこと。

 まったく効かないわけじゃない。

 だったら、効くまで何度だって喰らわせてやればいいのだ。

 よし、行くぞ!

「ミミックピンボール!」

 床を、壁を、天井を蹴って縦横無尽に駆けめぐる。

「ほお? ミミックとは思えん動きだな」

 余裕見せてられるのも今のうちだ。

 天井を蹴って背後へ。

 振り向こうとするその隙に、壁へと跳んで側面から襲いかかる!

「喰らえ! 爆裂ドロップキック!」

「逆水平チョップ!」


 どごん!


 またもやふっとばされて、壁に激突。

 そのまま床にべたりと落ちた。

「はっはっはっ! 喰らうのはやばいとわかったからな! そうそう喰らわぬよ」

 マッチョはドロップキックをかわしながら、カウンターでチョップを喰らわしてきたのだ。

 お、おまえ! 技は喰らってから返す美学持ってそうな感じなのに、冷静に対処すんなよ!

 しかし、だめか。

 ミミックピンボールの速さでも見切られるのか。

 強すぎじゃね。このおっさん!

 ああ、くそ。

 ここまでか。私の力じゃこんなものなのか。

 もう打つ手が思いつかない。

 とにかく、いったん離れよう。

 戦略的撤退だ。そう、逃げるんじゃなくて、これはあくまでも作戦だ!

 私はずるずると這うようにして、マッチョから離れる。

「ふむ。もう終わりなのか? いや、ミミックにしてはよくやったというべきだな!」

 マッチョがゆっくりと追ってくる。

 私は、何とかわき道へと入る。

 隠れる場所などない、ただの一本道がそこには続いている。

 そのままずるずると這っていき、マッチョがわき道に入ってきたところで動きを止めて、奴を見た。

 さて。

「プランC発動!」

 いきなり立ち上がり、奴に向かってかけだした。

「弱ったふりか? そんなことでいまさら油断は――」


 ばっさあ!


 緑色の何かがマッチョにおおいかぶさる。

「ぬおお! こ、これは!」

「スラタロー先輩ぐっじょぶ!」

 はははははっ! こんなこともあろうかと! スラタロー先輩を配置しておいたのだ!

 実力では敵わないとさとったので、途中からはいかにマッチョを油断させるかに方針をシフトしていたのだよ!

 弱ったふりをして、なすすべもなく逃げてるふりで、ここへと誘い込んだのだ。

 さて。問題は、スラタロー先輩の攻撃が通用するのかということだけど。

「ぐわわわあぁああ!」

 うん。効いてる、効いてる!

 実際、スライムに全身を覆われちゃったら、いくらパワーがあろうと関係ないよね。

 べったりと張り付いちゃうし。

 心配なのは、マッチョの気合い防御みたいなやつだけど、あれは攻撃が来るとわかってないと使えないみたいなので、この不意討ちは実に効果的だった。


 じゅー!


 マッチョが溶けている。うん。裸みたいなもんだし、これも効果的だ。

 ただの殴る蹴る、あるいは斬撃刺突。そんなものは効かないって自信があったのかもしれない。

 けど、スライムに全身を溶かされるってさ、いくら筋肉鍛えたって防ぎようないんじゃない? これがちゃんと防具を着ていたら、ここまで効いてはいなかったんだろうけどね。

「うぉおおおお! ふ、服さえ着ていればー!」

「おい!」

 いやいやいや、そこはこだわれよ。ポリシーでそんな格好なんだろうが。

 さてと。

「爆裂脚!」

 スラタロー先輩ごと、マッチョを蹴る。

「ぬ、げぼぉ!」

 マッチョが気合いを入れようとしたところで、スラタロー先輩が顔にへばりつく。鼻から侵入し、口を塞いで呼吸を抑えこむ。

 スラタロー先輩、ナイスアシスト!

「ふふっ! 服さえ着ていればー! それがお前の最後の言葉だ!」


 どかーん!


 マッチョが爆裂した。

 なかなかの強敵だったけど、まあなんとかなったね!

「お前な……もうちょっと、仲間のことも考えろよ……」

「離れてるから大丈夫かなーって」

 と、天井から聞こえてくるのはスラタロー先輩の声だ。

 スラタロー先輩の中心部は核にあるので、そこを潰されない限りは死ななかったりする。

 なので、スラタロー先輩は、身体の一部を切り離して天井から降らせたのだ。ある程度は遠隔操作もできるらしいよ。

「俺のこともあるけどよ。ヨシオとマサシの扱いがひどすぎんだろ?」

「いや、まあ、それは、その。ハルミさんがんばって! とか、僕の仇を討ってくれ! とか、そんな声が聞こえてきた気がするし」

 それにまあモンスターなんだし、敵を殺すためにみんな一丸となってがんばるってことでいいんじゃないかなー。

「はあ……で、敵はまだいるんだろ? 今のは見られちゃいないとは思うけど、こんな作戦何度も通用するかはわかんねーぞ?」

「入り口で感じた気配は数人ってところでしたねー。ま、その後に続々とやってきてたらわかりませんけど」

 ということで、耳をすませてみる。

 何か音がする。誰かがこっちに向かってきているようだ。

「あ、来ましたよ。もっぺんプランCいっときますか?」

「あ、もう無理。半分ぐらい身体使っちまったから、しばらく休まないと戻んねーわ。誰かさんのおかげで身体は爆裂しちまったしよ!」

「ぐ。それは……じゃあ移動して、スラマルに協力してもらいましょう」

 スラマルは生まれたてなので、私の同期だ。スラタロー先輩と同じく、適当な通路で待機してもらってるのだった。


 ずるずる。


 よく聞いてみると、こちらに向かってくる何かはそんな音を立てていた。

 ん? どういうことだろう。何かを引きずってる?

 と、思う間に、それは、ずざざざざーっという音に変わっていった。

「え? なに? なんなの?」

 とても人間の立てる音とは思えなくてとまどっていると、通路の角からそれが姿を表わす。

 砂だった。

「うん。砂だ」

「砂だな」

 砂の塊というのか、そんなものがずざざざーと動いてくるのだ。

 こんなモンスターは地下一階にはいないので、これも冒険者なんだろう。

 冒険者のはずだけど……お前、ほんと、なんなんだよ。

 これ、中に人がいるの?

 えー、これ、どうしたらいいんだよー。

「まあ、とりあえず蹴っとこうかな」

 なんとなく、体当たりとか効かない気がする。

「爆裂脚!」

 ダッシュで近づいて、蹴って、離れる。

 これでいいはずだけど……。

「ぺいっ!」

 と、なんだか可愛らしい声が聞こえて、同時に砂が飛んできた。


 どかん!


 空中で砂が爆裂する。

 え?

 爆風をもろに浴びて私は後退った。

 いや、一応、爆裂脚で自爆しないことは確認済みなので、それはいいんだけど。

「ふふふふふっ! 爆裂属性なんのその! そんなもの、喰らった部分を切り離してしまえばいいのです!」

 ふーん。そう。そういうことなら。

「竜巻爆裂脚!」

 あ、べつにそんなたいした技じゃないです。

 相手の周りをぐるぐる回りながら蹴り続けるだけなんですけどね。

「な、なななななななな!」

 おお、慌てていらっしゃる。

「ぺい! ぺい! ぺい! ぺい!」

 砂人間が、砂の塊を放り出す。

 どかどかどかどかどかん!

 爆裂の嵐が吹き荒れる。

 そんなことを続けていると砂はどんどん減っていって、山のようだった砂山は、人の身体を薄皮一枚覆う程度になってしまった。

「あ、あわわわわわわ」

 なんかくねくねしてる。

 女の人か。ぴっちり砂につつまれてんのもなんかエロいな。あ、人間基準のエロいとかはなんかわかりますよ?

「こ、このお!」


 ぼふん!


 砂が弾ける。

 それは煙幕のようになって、周囲を覆った。

 うわ。めくらましか。

 目潰しにはなんないけど、視界が塞がれてしまうと、単純に見えなくなってしまう。

 そして、砂の女の人はあっさりといなくなってしまった。

「え? 逃げた?」

「そうみたいだな。まあ、頼みの綱の砂もほとんどなくなってたし、あれ以上戦いようがなかったんじゃないか?」

 耳をすます。

 遠ざかっていく足音が聞こえてくるので、確かに逃げてるんだろう。

 そして何も聞こえなくなった。ダンジョンに再び静寂が訪れたのだ。

「ん? これって全員やっつけた?」

「のか? そもそも何人来てるのかもわかんねーが……まあ、雑魚を送り込んだところで爆裂させられるだけだし、少数精鋭でやってきたって感じか?」

「精鋭ってわりには、色物ばっかだった気がするけど……」

「まだなんか来るかもしんねーから油断はするなよ」

「まあ、私もけっこうやられちゃったし……ってあれ?」

「どうした?」

「いや、なんか治ってるんだけど」

 マッチョにやられて、ガタガタに歪んで、蓋もぐらぐらしてたはずなのに、いつの間にかちゃんと閉じられるようになっている。

 歪みもなおってきれいな宝箱の状態に戻っているのだ。

「そうだな。ついさっきまでズタボロって感じだったが……それも、ハイヒールのおかげか?」

「それ以外の理由は特に思い付かないですねぇ」

「しっかし、それすげーなー。脚があるなら俺も欲しいわ」

「へっへー、あげませんよー」

「ま、今シーズンもあとちょっとだ。最後まで――っておい!」

「なんです――」


 ぶすり。


 と、なんかそんな音が身体の中心から聞こえてきた。

 へ?

 何かが私の身体に生えている。

 刃だ。

 剣が私の身体に突き刺さっている。

 背後を見る。

 壁だ。

 壁の向こうから、剣が伸びてきている。

「え、やばい」

 なんとか前に倒れて、剣を抜く。

 後ろを見た。間違いなく壁から剣が生えている。

 次の瞬間、壁が細切れになって、そこから何者かがあらわれた。

「嘘だろ……ダンジョンの壁を壊すやつなんて聞いたことねーよ……」

 スラタロー先輩が呆気に取られている。

「そ、そんな……色物ばっかだと思ってたのに……」

 あらわれたのはいかにも正統派って感じの少年剣士だった。

 え? もしかして、これが勇者ってやつ!?

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