第14話 決着

「なんか手応えが違うなぁ。普通のミミックはこんなんじゃないし、宝箱とも違うし。なんなんだろう?」

 少年剣士は、壁を壊してあらわれた後、何をするでもなく首をかしげていた。

 うん。完全に舐められてるね。

 って、こいつ宝箱を刺したことあんの? なんでそんなことする必要があんの?

 てか、そんなことはどうでもいいな。

 今、問題なのは、こいつの剣の攻撃力が私の防御力を完全に上回ってて、攻撃を喰らうとあっさりと貫かれてしまうということなのだ。

 つまり、うかつに近づけないってことになる。

「スラタロー先輩。どうにかなりませんかね?」

「どうにも……ならんだろ。まあ俺が捨て身でつっこんでもいいけどよ。それで勝てる気が全然しねーな。こいつ俺に気付いてるしな」

「スライムは刺し飽きてるからいまさらだな。けどミミックは面白い。手足の生えてるやつなんて初めてだ」

 そう言って少年剣士は懐からメモとペンを取り出した。

「刺し入りは思ったより抵抗感あり。入った後はすんなり進むけど、中ほどでねばりつくような感じがあるな。貫通時は締まるような感触。倒れて抜けた時もひっかかる感じがあった。内部が複数の層からできてる? けど、筋肉とか内臓とかそんな感触じゃないなあ。刺してる間に内部構造に変化が? 見た目よりは、防御力がかなりある」

 そんなことを言いながらメモを取っている。

 うん。前言撤回。なにが正当派剣士だよ! こいつも十分色物だよ!

 まあ、あれだ。

 防御に意味がないなら、殺られる前に殺るしかないよね!

 攻撃こそが最大の防御って誰かが言ってたし。

 幸い、まだ動けないってわけじゃない。思いっきり剣が貫通しておもっくそ痛かったけどな!

 まだ、いける。

 動ける限り、勝てる可能性はゼロじゃない。

 てことで。

「通りすがり爆裂脚!」

 真正面からつっこむほど私もバカじゃない。

 少年の側面を通過しつつ反転。背後から逃げながらの蹴り!

 本来ならたいした威力じゃないけど、とにかく蹴りさえ成立すれば爆裂属性を付けられる。

 脇のあたりを蹴ってその反動で一気に距離を――。


 ふわり。


 けど少年は、私の脚をあっさりと剣の腹でいなしてしまったのだ。


 ごろごろごろ。


 バランスを崩して、私は勢いそのままに転がってしまった。

 くそ! だめか。

 この速度でもあっさり対応しちゃうのか。

 マッチョといいこいつといい、地力はすごいな。

 うん。なんか勝てる気がしないな!

 ということなら、距離ができた今がチャンス。とっととこのまま逃げてしまえばいい。

 癪ではあるけど、どうしてもかなわないならこだわっても仕方がない。

 てことで、ダッシュだ!


 べたん。


 と、なぜか顔面から床にぶつかってしまった。

 遅れてやってくるのは痛み。

 それは顔面からじゃなくて、右脚から訪れた。

 見ると、剣が、ふくらはぎに突き刺さっている。

 へ?

 なんで?

 十分に離れてたはずなのに。

 なんで、少年剣士がすぐそばに立ってんの!?

「動き回らないでよ。めんどうだからさ」

 本当にめんどくさそうに言う少年が持つ剣が、私のふくらはぎに刺さっているのだ。

 つまり、一瞬で間合いを詰められた。

 だめだ。

 勝てる要素が何一つとしてない。

 いや、爆裂脚が当たりさえすれば勝てるのかもしれない。

 けど、もう当たるイメージなんて欠片もわいてこないのだ。

「うん。やっぱなんか手応えが変だな。面白い」

 続いて二連撃。

 その瞬間にはわからず、何が起こったのかわかったのは、少年が剣を手元に戻してからだった。

 右手と左手。

 両方を一瞬で貫かれていた。

「ぎゃああああああ!」

 いってぇよ、こんちくしょー!

 ああ、もうむかつく!

 何がむかつくって、こいつ。いつだって私を殺せるんだよ。

 その気になったら、いつだって、私を細切れにできるのだ。

 なのにしない。

 ちょっとずつ、刺し心地を確認するかのように攻撃してくる。

 刺しては、その刺さり具合を、感触を楽しんでやがるのだ。

「面白いな、これ。素直に突き刺さらない、抵抗感がいい。手足は生き物っぽいかな。弾力のある皮膚がちょっと押し返してくる感じがたまらない」


 ざくり。


 今度は左のふともも。

 血が出ていた。

 そう、私、血が流れるんだよ。初めて知ったわ!

「いいな、これ。人の手足を刺せる機会ってめったにないからさ。あ、誤解しないでよ? 別に人間の肉を特別視はしてないから。ただ機会がないってだけでね。刺し心地ってだけなら、ドラゴンのほうがよほど面白いんだから」

 なぜか、少年は私に話しかけてくる。

 手足があるから、人間っぽく感じてるのか?


 ざくり、ざくり、ざくり。


 二の腕やら、膝裏やら、手の平やら。

 いちいち、部位毎の感触を確認してる。

 これ、別に拷問でも嫌がらせでもなくて、趣味でやってんだろうなってのがわかって、もう本当に腹が立ってくる。

 くそっ。

 なんだってんだよ、もう!

 てめえを喜ばせるために手足が生えてんじゃねーよ。

 ああ、もうほんとむかついてきた。

 死ぬにしても、なにかしてやる。一矢報いてやる!


 ぽたり。


 そして、何かが降ってきたことに気付いた。

 じゅっ。

 そんな音を立てて私の腕が少し溶ける。

「って、スラタロー先輩!」

 いつの間にか、スラタロー先輩が真上までやってきていた。

 そして、身体の一部を雨のように降らせているのだ。

「来てくれたのはありがたいですけど、どうせならどばっといってくださいよ!」

「プランCでほとんど使ってるし、それじゃ時間稼ぎになんねーだろうが! どばっといってもこいつに通用する気がまるでしねーんだよ!」

 助けにきてくれたってのは本当にありがたい。

 けれど。

 雨のように降る緑色のスライム粒は、少年剣士にまるで届いていなかった。


 ひゅひゅひゅひゅん。


 目にも見えない速度で振り回される剣が、降ってくる粒を全て斬り裂いていく。

 斬られて、別れて、少年には当たっていないのだ。

 達人すぎんだろ!

 こいつ、全然本気出してなかったんじゃん。

「つまんないもの斬らせないでよ。たかがスライムだけどむかついてきたな」

 少年の意識は天井に向いている。

 今なら逃げられる? スラタロー先輩もそのつもりで時間稼ぎしてくれてると思うし。

 けど、それが無理だということは本能的にわかっていた。

 私への攻撃を一時的に中断してはいるけど、逃げようとしたなら、攻撃してくるんだろうな、というのがわかる。

 スライムの雨を斬り裂きながらでも、私への注意は疎かにはなっていないのだ。

 スラタロー先輩がどんどんと減っていく。

 さすがに少年も跳んで天井に攻撃まではしない。待っていればそのうちに攻撃が止むとわかっているからだ。

 ああ、ダメだ。

 こういうのやだよ。

 私が誰かを犠牲にすんのはいいけど、誰かが私のために勝手に犠牲になってるってのはすごく嫌だ。

 なので。

 私は脚に力を込める。

 お、いけそう?

 手足に開けられた穴も、もうふさがりつつあった。最初に開けられた胴体の穴も今じゃすっかり完治している。

 なるほど。マッチョにやられた後に治りが早いと思ったのは気のせいではなかったのだ。

 そうとわかれば待つ。

 スラタロー先輩が稼ぐ時間を目一杯利用させてもらう。

 少年は、もう私が動けないと思っているはずだ。

 だから、一旦はスラタロー先輩への対応に力を注いでいる。

 そこにチャンスがある。私が急に動きだせば驚くはずだ。

 もちろん、不意討ちが成功するとは思っていない。この少年の実力からすると、いきなり攻撃しても対応するだろう。

 だったら、対応されてしまうのも前提にしてしまえばいい!

「喰らえ! ミミックミサイル!」

 そう! 胴体を刺されるのはもう我慢して、相討ち覚悟で爆裂脚を喰らわせる!

 剣を貫通させながらなら、間合いを詰めて蹴ることができるはずだ!


 ざくり。


 やはり。少年はもう一本持っていた剣で、私を突き刺した。

「爆裂きゃ――え?」

 けれど。

 少年の剣は私の身体を貫かなかった。

 胴体に刺さりはした。

 けど、浅いのだ。ほんの数センチほど剣の切っ先が食い込んだだけの状態で、私は空中に留めおかれてしまっていた。

 つまり、蹴りが届かない。

「刺し具合は自由自在なんだよね、悪いけど」

 だから、お前! その歳で達人すぎんだろ!

 くそ。だめか。もうおしまいか。

 ああ。なんか走馬灯めいたものが見えてきた。

 って、なんでマッチョ出てくんだよ! 私が死ぬ間際に見るのが、裸のマッチョって嫌すぎる!

 魔法使いも、砂人間も出てくんなよ! って砂!?

 ああ。そうか。

 こんな簡単なことだったのか。あははっ。こんなことに気付かないなんて、私は馬鹿なんじゃなかろうか。

「爆裂脚! 爆裂脚! 爆裂脚!」

 私は宙を蹴った。

 何もない空間を? いや、違う。そこには、スラタロー先輩の細かく分裂した身体がある!

 身体から剣を抜き、床に着地する。

 そして、力を込めて一気に天井まで跳び上がる。

「爆裂脚! 爆裂脚! 爆裂脚!」

 たぶん、少年剣士は私が何をしているのか、よくわからなかったのだろう。

 爆裂脚がこんな風に使えるとは知らないのだ。

 なので、対応が遅れた。


 どかどかどかどかどかん!


 一気に爆裂する。

 それは逃れ用のない爆裂の嵐。

 少々避けたところで、爆裂は連鎖する。

 周囲を爆弾と化したスライムの雨に囲まれたこの状況。

 逃げ場などない!


 すたり。


 着地。

 振り向く。

 少年剣士は跡形もなく消し飛んでいた。

 よし、勝った!

 へなりと私はその場に崩れ落ちた。

 いやー、さすがに今回ばかりは死ぬかと思った。

 私は、ギリギリのところで、砂人間のことを思い出したのだ。

 砂人間は攻撃された部位を切り離して捨てていて、それでもその砂は爆裂していた。

 それがありなら、スライムの雨を連鎖爆裂させるのもありなはず!

 いやー、やってみるもんだね。

 って、まだ油断はできない。

 私はあたりをきょろきょろと見回してみた。

「もう、びっくり人間はやってこないよね?」

 気配はない。ま、少年剣士も近くに来るまで気配は感じなかったんだけど。

 しっかし、冒険者もすごい奴らは本当にすごいなー。

 あ、そうそう。

「ぺいっ!」

 私は、宝箱の蓋を開けて、中身を外に放り出した。

「って、死ぬかと思ったんだけどよ!?」

「いやー、なんとかなるかなーって」

 出てきたのはちっちゃくなった、ほとんど核しかない状態のスラタロー先輩だった。

 仲間を犠牲にできる私ではあるけど、助けられるなら助けるのだよ。

 爆裂が始まる前に、回収に成功していたのだ。

「おい。まだ油断するなよ。何があるかわからな――」

『マリニーでーす! アルドラ様に代わってみんなにお知らせするよー。みなさんお疲れさまでしたー。シーズン389の終了を宣言しますよー。生き残ってるみなさんはその場で待機していてくださいねー。ダンジョンキーパーさんがお迎えにいきますからねー』

「だそうですよ?」

 ということで、どうにかこうにか。

 私は、ファーストシーズンを生き残ることができたのだった。

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