第9話 上司

 やりすぎたのか、冒険者が来なくなりました!

 てへぺろ!

 うん、口が大きくて、舌も長いので、てへぺろやってみたら、すごい迫力だった。

 自重しよう。あんまり可愛くないし。

 そうそう。案外舌も器用に動くんだよね。

 つか、手足がない状態だと、舌ぐらいしか有効に活用できる部位がなかったと思う。

 まあ、こんだけ倒しまくってたら、さすがに冒険者も警戒して来なくなっちゃうよね。

 転移して逃げちゃった人もいるから、私がここで暴れてることは知られてるんだと思う。

 そう。誰でもってわけでもなさそうだけど、ベテランぽい魔法使いは転移魔法を使えるみたいなんだよね。転移するアイテムもあるみたいだし。

 そりゃそうだよね。緊急避難手段があるなら、絶対入手するよ。命かかってんだしさ。でも、持ってない人もいるってことは、案外お高いアイテムなのかも。

 さて、今私は相変わらずダンジョンの入り口広場あたりにいる。

 時間は三日目に突入してすぐぐらいで夜のはず。時間はスラタロー先輩に確認しているのだ。

 ここで冒険者狩りを繰り返し続けてるんだから、もう阿鼻叫喚の地獄絵図! みたいなことになっていると思うだろうけど、広場は案外綺麗なままだった。

 というのも、冒険者をやっつけてしばらくすると、清掃係の人たちがやってくるのだ。

 私が最初にいた部屋に来た、ガーゴイルと、アンデッド・プリーストと、水の精霊の三人組。

 いつも同じ顔ぶれだから、この階専任ってことかな。

 すっとやってきて、文句も言わずに黙々と作業をして、さっと帰っていくあたりが職人気質って感じだ。

 ま、さすがにやりすぎ感はあるので、取れない汚れとかも出てきてる気はする。

 ほら、壁の染みが、怨念じみた人の顔に見えないこともないような……うん。たぶん気のせいだ!

「あ、でも、冒険者が死んで、お化けになって出てきたら、それってモンスター扱いなのかな?」

「中で死んだ冒険者は、身体から魂まで全て有効活用するから、ゴーストになる余地はないかなー」

 と、私の独り言に応える声が聞こえてきた。

 壁の染みに気を取られていた私が振り向くと、階段から下りてくる誰かの影が見える。

 あれ? 私の言葉通じてるよね? てことはモンスター?

 階段から下りてきたのは裸の女の人で、その顔には見覚えがあった。

 と、いうか、なんか気配がやばい。

 これ、逆らえない系の人だって、本能でわかってしまう。

 産まれてすぐの説明会で、説明ともいえない説明をしていた人。

 地下十階のボス。蜘蛛女(アラクネ)のマリニーさんだ。つまり私の上司?

「あ、あの、こんばん――」

「うわ。なにこれ! ミミック? だよね? なんで脚が? なんでこんなところに?」

 あれ? もっときゃぴきゃぴした人かと思ってたんだけど、素で驚かれてない? 地味にショックなんだけど?

「ああ、ごめんごめん。ハルミちゃんだよねー。私、マリニーって言うんだけど覚えてるかなー?」

 けど、気を取り直したのか、すぐ最初に聞いた調子に戻っていた。

「はい、その、こんなんですみません……」

 頭を下げる。これでも自分が珍妙な姿をしている自覚はあるのだ。

「それはいいんだけど、なにがどうなって、外をうろついてるのか説明してほしいなー」

 私は素直にこれまでの出来事をざっと説明した。

 あ、マリニーさんが頭を抱えだした。

「んんん? だったら、これ、こっちのせいじゃなくない? クレーム付けられる筋合いなくない!?」

 驚いたり、喜んだり、憤ったりと、マリニーさんの表情がくるくると変わる。

 私はというとドッキドキである。

 というのも、やりすぎだという自覚はあるのだ。

 ダンジョンの入り口で冒険者が湧いてくるのを待ち構えて、根こそぎ狩っていくのはよろしくない、と言われたら、まあ、そうだよなぁ、と納得してしまうのである。

 マリニーさんは、最初に会った時の様子からするとめんどくさがりっぽいのに、わざわざ地下一階までやってきて、私に説明を求めてるってのは、その、かなりギルティな、ヤバイ状況なんでは?

 怒られちゃうのか? もしかして、始末されちゃったりするのか?

 いやね、こっちも言いたいことはあんのよ。

 こっちはなんの説明もなしにここに放り出されてるわけで、それで文句言われてもなーという思いがあったりはするわけ。

 けれども、そんなことはとても言いだせないような力関係なのだ。

 それは私がいくら強くなったって関係がない部分の話。

 ほら、私、この階から出られないでしょ? そういうなんでかわかんないけどそうなってるって部分は、この人がやってるんだってのが感覚的にわかるのだよ。

 マリニーさんは、しばらく悩んでたんだけど、怯える私に気付いてにこりと微笑んだ。

「あ、ごめんね。ほったらかしにして。そりゃ急に私が来たら不安になるよね。大丈夫。安心して。今回のことで、ハルミちゃんを責めるようなことは一切ないから」

「ホントですかー!」

「うん、大丈夫よー。ちゃんと仕事してる子に責任押しつけるようなことはしないからねー」

 思わずへなりと座り込んでしまった。

 緊張が解けると、虚脱感がはんぱない。

「で、考え込んでたのはね。確かに困ったことにはなってんの。どうしたもんかなーっと思って」

「その、差し支えなければ、聞かせてもらっても?」

「冒険者からクレームがきたの。それで会ってきたんだけど」

 そういえば、マリニーさんは、外からやってきた。

 てことは、ダンジョンの外に行ったってことだよね。

 でも、モンスターは外に出られないって聞いたような。

「人間に会うって不思議だと思った? 基本的に人間は敵なんだけど、ダンジョンに挑んでくれる人がいなくなるのも困るから、そのあたりは相談しながらやってるの」

「それも不思議ではあるんですけど、モンスターは外に出られないって聞いたんですが」

「出られるよー。ダンジョン主の許可があれば。ここだとアルドラ様だねー」

 ほうほう。つまり一生ここに閉じ込められっぱなしではないってことか。

 いや、どうなんだろ。そう簡単に許可もらえなかったりするのかな。

「ま、それで会ってきた理由だけど、地下一階の死亡率が上がりすぎてるから、どうにかしろってことだったのね」

「あー、それって、もろに私のせいですよね?」

 見かけた冒険者はほぼやっつけたからなー。

「だね」

「あのー、もしかして、私、始末されちゃったりとか……」

 急激に不安になってきた。

 さっきは責めないって言ってたけど「でも、邪魔だから殺すね!」とかありえそうに思えたのだ。

 だってさ、地下一階のモンスターはほとんど死ぬって、マリニーさんは言っていた。

 それはつまり、私たちのことはどーでもいいって思ってるってわけで。

「まっさかー! ハルミちゃんたちの仕事は冒険者をやっつけることだよ? 全然おっけぇだよ!」

 マリニーさんはいい笑顔で、親指を立ててくれている。

 おお! いいんだ! よかったぁ。

「ま、この場合、私がハルミちゃんを消しちゃうのが一番手っ取り早いんだけどね。それが一番丸くおさまるのは確か」

 え? ちょっと、なんか声のトーンが違う気がするんですけど!?

「けど、ただマジメに仕事をしてただけの子を、こっちの都合で始末するとか、私、そういう筋の通んないこと大っ嫌いなのよ」

 目が怖いよ! なんかマジになられると怖いから、チャライ感じでお願いしたい!

「あ、その、冒険者を殺すなってことならそうしますけど……」

「うーん、いまさら?」

「ですよねー、あ、では、このハイヒールをお渡しするとか……」

 これさえなければ、私はただの弱小モンスターだ。

 多少レベルが上がったとはいえ、冒険者の群れの前には為す術がない。

 私が素の実力で戦って、死ぬ。

 これなら筋が通ると言えば通る。いや、別に死にたいわけじゃないけどさ。

「そんなこと言わないよー。冒険者から得たアイテムは、その子のもんだよー」

 あ、そういうことになってんのか。

 かなりほっとした。取り上げられた時点でもう詰むしな!

「でも、私からは、ハルミちゃんには何もあげられないのね。それはルール違反になるから」

 つまりこういうことだ。

 階層ごとに存在するモンスターとその所持アイテムは予め決められていて、それをシーズン開始後に変更することができないのだ。

 でも、モンスターが冒険者から装備を奪ったりするのはありってことらしい。

「そして、応援にくることもできないから……ハルミちゃんは一人でがんばってもらうことになるんだけど。でも、売られた喧嘩だし! 買わないのは女がすたるってもんよね!」

「えーと、話が見えないんですけど?」

 喧嘩? 一人?

「ああ、言ってなかったかな? たぶん、ハルミちゃん討伐部隊みたいなのがやってくるかなって」

「はい?」

「向こうもカンカンでさ。勇者を送り込むとか息巻いてたのよ。ま、たぶん勇者は来ないと思うんだけどねー。すっごい高いらしいから。けど、何かは来ると思う。喧嘩買っちゃったから」

「あのー、私はじゃあ、どうしたら?」

「がんばって!」

 うっわぁ。すっごい雑な感じの応援だ。

「いや、その、それでいいんですか? 勇者とか来た場合、私が負けただけじゃすまないですよね? だったら、私がさっさと始末されちゃったほうが……」

 いや、始末されたくはないよ?

 ないけどさ、一応、このダンジョンの一員としては、全体のことも考えるわけでさ。

 勇者はヤバイ。

 それは単独到達者のことであり、一人でダンジョンを全クリしちゃうようなバケモノだって、モンスターの本能で知ってしまっているのだ。

 勇者が来たなら、私を倒しただけで満足して帰るなんてあるんだろうか。

 ついでとばかりに、このダンジョンの奥のほうにまで手を伸ばしたりとか。そんなことを考えてしまう。

「それはないから。たとえ、それで滅びるとしても、舐められるわけにはいかないから」

 あ、なんか、思ってたより、武闘派でした。ここ。

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