第8話 SIDE:アルドラ迷宮評議会
アルドラ迷宮評議会は、その名のとおりアルドラ迷宮に関しての相談を行う議会だ。
アルドラ迷宮近隣都市の冒険者ギルドに本部があり、アルドラ迷宮を主な探索場所とする冒険者たちが議席を持っている。
「ふざけるなよ!? 何がお得なアイテム取得率二倍キャンペーンだ!」
評議会の会議室。
テーブルに拳を激しく叩きつけるのは、評議会議長のヴァルターという老人だった。
その隣に一人ずつ、計三人が並んでいて、向かいには席に座らずに立っている女がいる。
「ふざけるな、って言われてもねー。宝箱はあからさまに多くなってるし、体感できるレベルで取得率は上がってるはず! 今回は、各種レアアイテムを取りそろえてるし、みんなはりきってきてくれたらなー、って思ってるんだけど?」
女は、アルドラ迷宮で地下十階ボスをやっているマリニー。蜘蛛女(アラクネ)だ。豪華なドレスを着ていて、腰の部分から大きく広がっているスカートで下半身を隠していた。
ちなみに、迷宮にいるときは裸である。人間の前に出てくるときは、人間側の常識に合わせてやっているのだ。
彼女が人間との連絡役をやっているのは、こうやって下半身を隠してしまえば、かろうじて人間に見えるからだった。
そんなモンスターである彼女がこんな場所にいるのは、彼女もこの評議会の一員だからだ。
「地下一階の死亡率がどうなっていると思っている! シーズン開始から二日で54%だ! おかしいだろうが! 普通ならシーズンを通しても1%以下だぞ? 明らかな異常事態だ! どう落とし前をつけるつもりだ! ええ!?」
急に呼び出されて来てみれば、最初から喧嘩腰の様子。
何事かとマリニーは思っていたのだが、合点がいった。確かにそんなことになっていれば文句の一つもつけたくなるだろう。
基本的にマリニーの仕事はシーズン毎のモンスター配置を考えるところまでだ。
その結果はシーズン後に、レポートを確認することで把握することになっている。それを見て、次シーズンのモンスター配置を検討するというサイクルだ。
つまり、現時点の地下一階の様子などマリニーの知ったことではなかったのだ。
「うーん、そう言われてもねー。今シーズンのモンスター分布は渡したとおりだし、それを見て挑むかどうか決めるのはあなたたちだし、自己責任ってやつじゃない?」
マリニーは、地下一階から十階までのモンスター設定を行っている。
中ボスの基本業務だ。モンスターをうまく配置し、いかに冒険者の死亡率を想定の範囲内に収められるかが腕の見せ所だった。
単純に難しくするだけなら簡単だが、それでは冒険者がやってこなくなる。
いかに射幸心をあおり、俺だけはうまくやれると、各冒険者に錯覚させる絶妙な難易度に設定できるかが重要なのだ。
なので、地下一階で全滅させてしまうようなことは好ましくなかった。
それに地下一階をうろうろしている初心者など、いくら殺したところでうまみがない。
初心者にはそこそこの成功体験を与え、美味しく育ったところで奥へとひきずりこんで殺す。これこそが、ダンジョン運営の王道というものだった。
「あげくの果てにキャンプまで全滅させるとはどういう了見だ!」
「んーと、別にキャンプが安全地帯ってわけでもないよね?」
それはまずいなあ、と思いながらもマリニーはあえてそう口にした。
「なんだと!」
もちろんダンジョン入り口にキャンプが作られていて、いろいろと便利に使われているのはマリニーも知っているし、あえて潰そうとは思わない。
だが、それは慣習的にそうなっているというだけであり、協定のようなものがあるわけではないのだ。
ダンジョン側は、モンスター分布や、アイテムの出現率などのスペックシートを公開し、それを遵守する。約束できるのはそれだけだ。
もちろん、地下一階には誰でも倒せるような弱いモンスターしか配置していない。
地下一階から全滅必至なダンジョンなど、よほどの物好きしかやってこないからで、そんなことではダンジョン運営は成り立たないからだ。
「あー、お怒りはごもっともなんですけどー。こっちも、なんでそんなことになってるのかは、わかんないんだよね。考えられるのは、突然変異でとんでもないのが生まれちゃった、とかだけどー。でも、そこは織り込みずみだよね?」
地下一階のモンスターは弱いし、冒険者は研修を受けた上で、装備を調え、徒党を組んでやってくる。
普通なら死亡率はかぎりなく0%に近くなるだろう。1%でも多いのだ。
それでも1%の死亡を見込んでいるのは、レベルの数値だけでは計りきれない、異常ともいえる戦闘力を持つモンスターがごくまれに発生するからだ。
突然変異種かどうかは実戦投入してみるまでわからず、計算に入れることができない。
だが、その突然変異種がいくら強くても、54%の死亡率は明らかに異常だった。
「とにかく厳重に抗議する! 早急にどうにかしろ!」
「まあ、そういうことだったら、こちらでも調べますけど。でも、シーズン終了でモンスターは配置転換になるからさ、それまで待ってもいいんじゃない?」
「いいか? 解決に至らないなら、勇者の投入も視野に入れているんだからな! 地方都市だからできないとでも思っているなら大間違いだぞ!」
「あははははー、勇者さんですかー……人間風情が。そう言えばイモをひくとでも思っているのか?」
「な」
途端に変わったマリニーの声音に、ヴァルターが怯む。
「まあ、そうだね。勇者さんに挑んでいただけるなら、うちのダンジョンにも箔がつくってもんだね」
だがそれも一瞬のこと。すぐにマリニーはいつもの呑気な調子に戻った。
「お、お前! わかっているのか! 勇者だぞ! お前らのごとき、小規模ダンジョンなどひとたまりもないぞ!」
「まあ、ご要望は承りましたので、今回はこれで失礼するね。当方はダンジョンですから、どなたの挑戦でもウェルカムなのですよー」
そう言ってマリニーはテーブルを離れた。
建物を出て、街中を歩き、迷宮へと戻っていく。
喧嘩を売られたようなので買ってはみたものの、何がなんだかマリニーにはさっぱりわかっていなかった。
「勇者かー。本当に来たらアルドラ様、怒るかなー」
今後どうなるにしろ、どうするにしろ、まずは何が起こっているのかを確認しなければならない。
マリニーは、アルドラ迷宮の地下一階へ行くことにした。
*****
「どう思う?」
マリニーが出ていき、ヴァルターは右隣に座っている眼鏡をかけた男、商人のサトーに聞いた。
「あの方はいつもあんな感じですから真意はわかりづらいんですが……まあ、とぼけてるって印象じゃなかったですね。で、勇者を投入ですか? どこにそんな予算が? 誰が出すっていうんです?」
サトーは呆れた様子だった。
「無茶苦茶なことをやってきたのはあいつらのほうだろうが! 大丈夫だ。予算のあてならある。全滅した初心者ツアーにさる貴族の子息がいてだな。そいつを焚き付ければ」
「議長。勇者といってもピンからキリまでいますよ? そもそも勇者へのコネはあるんですか?」
「……」
「ないんですか! ないのに、勇者だなんだって煽ってたんですか!」
「し、仕方ないだろう! ダンジョンを滅ぼすってなると、勇者ぐらいしか思いつかんだろうが!」
「滅ぼしてどうすんですか! ダンジョンからは絞れるだけ絞りとるのが定石じゃないですか。持ちつ持たれつですよ。だいたい、アルドラ迷宮が滅んだ後のビジョンて何かあるんですか? うちの街、アルドラ迷宮の資源で成り立ってるようなもんですよね?」
「……」
「それもないのかよ!」
「とりあえず、今わかっていることを整理しておいたほうがいいだろう」
サトーが呆れていると、ヴァルターの左隣に座っている戦士、バイソンが重々しく言った。
「まず、地下一階における大量死の原因だが、ミミックだ」
「ミミックってあれですよね? 宝箱のふりをしている?」
「馬鹿な! あんなもの、ミスったところでちょっと噛まれて、それだけのもんだろう!」
「信じがたい話ではあるのだが、生還した銀級冒険者のヨハンの証言だ。奴は信頼できる」
なんでもヨハンは全身のほとんどを失いながらも、ギリギリのところで転移して地上へ戻ってきたとのことだった。
「それで、そのミミックなんだが、脚が生えていたそうだ」
「ミミックにか? 冗談だろう」
「冗談ではない。ヨハンの証言だ。奴は信頼できる」
「まあいい。脚が生えているのはわかったが、そんなことは、大量死の説明にはならんだろう?」
「そして、赤いハイヒールを履いている」
「……なぁ? ふざけているのか?」
「ふざけてはいない。ヨハンの証言だ。奴は信頼できる」
「あんた、どんだけヨハンを信頼してんだよ!」
サトーがツッコんだ。眼鏡をかけて真面目ぶった顔をしているが、そういう気質らしい。
「そして、問題はそのハイヒールだ。これだ」
そう言って、バイソンが懐から紙を取り出した。
そこには、鉛筆画でハイヒールが描かれている。実物が目の前にあるかのごとき精密さだった。
「これは……薔薇をモチーフにした……しかしすごい絵ですが、わざわざ誰かに描かせたんでしょう? ここまで写実的ですと、逆に不安ですよね。伝達の不備はないんですか?」
「直接見たヨハンが描いたのだ。奴は信頼できる」
「ヨハンすげぇな!」
「で、これの何が問題なんだ」
ヴァルターがしげしげと絵を見つめて言う。
「これは、深紅の薔薇と呼ばれるレジェンダリーアイテムだ。こんな代物がアルドラ迷宮程度の場所にあるはずがない。つまり、これは外部から持ち込まれたものだ」
「ん? ということは……」
「ええ。もし本当なら、マリニーさんのあずかり知らないことだった可能性がありますね……」
「おい! そういうことは先に伝えろ! いや! なんにしろダンジョン内のことならあいつらの監督範囲のことだろうが! 儂はまちがっとらんぞ!」
ヴァルターは勇み足だったのかと怖気をふるった。それが本当なら持ち込んだのは冒険者しかいない。
つまり、責任は冒険者側にあり、この惨事が自業自得ということになってしまうのだ。
「それで。これはどんなアイテムなんですか?」
「まず、レジェンダリーアイテムの基本性能として、ずば抜けた防御性能を誇っている。実物を鑑定したわけではないので、正確な値はわからないが、最低でもこのぐらいの数値はあるそうだ」
そう言って、バイソンがもう一枚の紙を出した。そこにはこんなことが書いてある。
防御力:5000
最大ライフ:+10000%
全属性耐性:80%
物理耐性:80%
魔法耐性:80%
遠距離攻撃耐性:80%
近距離攻撃耐性:80%
「ん? 書き間違いではないのか? 防御力の桁がおかしくないかね?」
「レジェンドすぎんだろ! %表記なんて初めて見たわ!」
「うむ。%表記による耐性だが、威力が10000のファイアボールの魔法があったとしよう」
「ないけどな、そんな異常な威力のファイアボールは!」
「ファイアボールは、炎属性の魔法で遠距離攻撃だ。なので、全属性耐性で8割が減衰して2000の威力となり、魔法耐性で400となり、遠距離攻撃耐性で、80となる。そして防御力5000で完全に防ぎきってしまうわけだな」
「無茶すぎて信じられるわけねーだろ!」
「しかもそれは最低限の数値だ。もっと大きな値の可能性もあるな。それよりも問題は、それが持つスキルだ。なんでも爆裂属性を付加するものらしい」
「そんな属性聞いたことねーよ! 炎とか水とか風とかならわかるよ? でも爆裂ってなんなんだよ!」
「爆発して裂けることだな」
「言葉の意味聞いてんじゃないですよ! つーか、こんなうさんくさいアイテムの情報をどっから仕入れたんですか! レジェンドアイテムの情報なんて出回ってませんよね?」
「ヨハンが知っていた。奴は信頼できる」
「あんたヨハンに全幅の信頼おきすぎだろ! もう、ヨハンをここに連れてこいよ!」
地下一階対策には、まだしばらくの時間がかかるようだった。
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