第10話 準備

「と、まあこんなことがあったんですよ」

「とんでもねーことになってんな!」

 驚いているのはスラタロー先輩。

 マリニーさんと別れてすぐに、玄室にやってきたのだ。

 なんでも、本来いないはずのモンスターがいる状態というのはまずいので、マリニーさんは地下一階には長居できないとのこと。

 適当そうに見えても、そのあたりはしっかりしているらしい。

「で、どうすんだよ、お前。討伐隊が来るんだろ?」

「一つは逃げまくるって手ですね」

 もう私の情報は伝わっていて、何かしらの対抗策を考えてやってくるんだろうし、今後は楽勝で勝てるとは思わないほうがいい。

 とは、マリニーさんのお言葉だ。

 確かにそう楽観してはいられない状況だろう。

 今まで私が勝てていたのは、私のことをなめまくってて、私のことを何にも知らない奴らばかりが相手だったからなのだ。

「けど、モンスターの位置がわかる魔法だとかアイテムだとかあるみたいなんですよね」

「そりゃまぁ、本気でくるならそれぐらい用意はしてるだろうな」

「それに、最初から逃げるってのはどうかな、って思うんですよねー」

「ま、もともと設置型トラップだしな。俺だって逃げられるって言われても逃げねーとは思う」

 そう。本来私は宝箱のふりをした、冒険者ホイホイなのだ。逃げ回るってのは、その性から外れた行いなのではなかろうか。

 ま、どうしても勝てそうにないなら、なりふり構わず逃げるけどね。

「で、戦うならどうしたもんかなーと考えはしたんですけど、けっきょく成り行きにまかせて臨機応変にいくしかないかなーっと。何が来るのか、何をしてくるのか、まったくわかんないんですから」

 冒険者が大量なら一気に爆裂で。とは思うけど、こちらの情報をいろいろと知られているなら、どんな対策をしてくるかわからないしね。

「それにしたって、何か準備とか……ってないのか」

「はい。追加モンスターの配置はできないってことですし、アイテムの供与もできないと。ですが、いくつか許可はもらいました」

「許可?」

「一つはボス部屋の使用です。ボス部屋ですと、冒険者は最大六人までしか入れないってことなので、もし、ぞろぞろと冒険者がやってきたら対策にはなるかなと」

「確かボス部屋は、転移もできなかったはずだな」

 けど、ボス部屋の使用にはデメリットもある。決着が付くまで誰も外に出られないのだ。ここで戦った場合、負けそうになっても逃げ出すことができないのだった。

「もう一つが、玄室モンスターの外出許可ですね」

「囮にでも使おうってのか?」

「枯れ木も山の賑わいっていうか?」

「お前、なにげにひでーなー。ま、モンスターなんてそんなもんか」

「まあ、みんな、冒険者と戦うためにここにいるんですから、みんなで戦おうよ! ってことですね」

 モンスターには、通路をうろうろするワンダリングモンスターと、玄室で冒険者を待ち構えるルームモンスターがいる。

 このルームモンスターをワンダリング化してしまおうってことだ。

 厳密にいうと、これも難易度が多少は変動するので好ましくはないってことだけど、階層にいるモンスターの総数が変わるわけではないので、許可が出たってわけ。

「けど、地下一階のモンスターを寄せ集めたって、たかがしれてるだろ?」

「弾よけぐらいにはなるんじゃないですかね」

「ほんと、ひでーな」

 なにせ、ほとんどのモンスターと会話が通じないので、作戦を練って行動なんてできるわけがないのだ。

 せいぜい、うわ、なんかいっぱいいる! と、混乱させるぐらいが関の山だろう。

 ま、時間稼ぎの足しにでもなれば、ってぐらいで、多くは望んでないけどね。

「シーズンオフまでは後二日程度か。人間がぐだぐだやってりゃいいんだけどな」

「だといいんですけどねぇ。マリニーさんの予想だと、多少ぐだるかもしれないけど、メンツもあるからシーズン内になんかしてくるだろうってことでした」

「そうか。そういや、今のレベルは?」

「12ですね。雑魚冒険者はもう来ないでしょうから、こっからレベル上げるのは難しそうです」

「一応言っておくけど、モンスターを倒しても上がらないからな?」

「あはははは、や、やだなー」

 おお、そうなのか。

 かき集めて爆裂したら、ちょっとは経験値の足しになるかなとか思ってたよ。

 ちょっとだよ! ほんのちょっとしか思ってないよ!

「ま、厳密には上がらないってわけでもないんだが、このあたりの仕組みはややこしいんだよな。ソウルの回収優先度とかいろいろあんだよ」

 ちなみに、生き物が死ぬとソウルとスピリットが拡散していって、それを他の生き物が吸収することでパワーアップできるという仕組みらしい。

「そういや、ステータスについては何かわからなかったのか?」

「ああ、一応聞いてみましたよ」

 そう。

 情報提供ぐらいならできるからなんでも聞いてー。とマリニーさんに言われたので、思い付いたことは聞いてみたのですよ。

「天恵の美人薄命は、美人になるかわりに波瀾万丈の人生になるってものらしいです。必ずしも寿命が短いことを意味してはいないってことでした」

「美人……になってるのか? それ?」

「どうなんでしょうねぇ。人間基準なら、手足だけは美人かもしれません。手足が生えてきたのは、美人薄命の副作用なんじゃないかとも」

「はあ。なるほどなぁ。美人って部分をどうにか反映しようにも宝箱じゃどうしようもないからってことなのか」

「天恵に何がつくかは完全にランダムらしいので、マリニーさんが意図したものではないってことです。そーいやスラタロー先輩にも天恵ってあるんですか?」

「俺? 俺は、疾風迅雷だな」

「でも、動けないんですよね?」

「動けないな。いや、落ちる速度はちょっとしたもんだよ?」

「宝の持ち腐れですね」

「ほっといてくれ。お前のも似たようなもんじゃねーか!」

 なるほど。天恵が完全にランダムというのは本当のようだ。

 モンスターの種類とかそんなのまるでお構いなしってことらしい。

「まあ、天恵は戦闘の役に立ちそうにはないですね。擬態もこの手足が出るようになっちゃったからなのか、他の形態にはなれないですし」

「あー、宝箱以外に擬態できりゃ、まだましなのにな」

「なんですよねー。宝箱以外なら、そこら辺に転がってて見逃してもらえるかもしれないんですけど」

 だけど、冒険者は宝箱があれば絶対に無視はしないのだ。そういう習性なのだ。

「聞けば聞くほどどうしようもない気がするが……まあがんばれ」

「いやいやいや、スラタロー先輩も協力してくださいよ! 外出許可取ったんですから」

「無理に決まってんだろうが! 俺、落ちるしかできねーよ! いったん落ちたらのぼるのにどんだけ時間かかると思ってんだよ!」

「えー、だめですかー? 半分ぐらいでもだめですかー? 先っぽだけでもだめですかー?」

 すごく、嫌がられた。


  *****


 さて。

 ということでダンジョン入り口広場に来てます。

 ま、どうせ居場所がばれるなら隠れても無駄だしね。

 ボス部屋で待ち構えるんじゃないの? と思うかもしんないけど、これは敵が大量にやってきた場合の対応策なので、最初からは使わない。逃げられなくなるってデメリットは大きいしね。

 それに、ボス部屋で待ってると、ボスオークさんとずっと二人きりになっちゃうじゃん。それはなんか気まずいし。

 けど、来ないな。

 けっこう待ってんだけどな。

 あれか。

 人間特有の事なかれ主義的なのとか、責任のなすりつけ合いだとか、会議のための会議みたいなのとか、そういうのが複合して、話が進まなくなってる的なやつ?

 だったらいいなーと、そんなことを思っていたら、階段から足音が。

 来た!

 音からすると一人じゃない。けど、そう大量って雰囲気でもないので数人ってところかな。

 さて。何が来ようとしているのか気にはなるけど、姿が見えるまで待ってるといきなり殺られるかもしれない。

 そう。階段の途中から攻撃されると、こっちは階段を上がれないから一方的に攻撃されるだけになっちゃうのだ。

 そういうことなので、私は通路へと駆けだした。

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