第5話 スライム

 当面の敵は全滅した。

「なんだこれ? 私、一回しか爆裂脚使ってないよね?」

 ガイドのお兄さんに使って、蹴り自体は盾で防がれた。

 なのに、お兄さんは爆裂し、ちょっと時間をおいて他の初心者ツアーのみなさんも爆裂したのだ。

「まあ、助かったしいいんだけど……」

 近づいて様子を見てみる。

 初心者ツアーのみなさんは木っ端微塵になっていて何も残っていなかった。

 ついでとばかりに、玄室の扉まで消し飛んでしまっている。

「あー、ガイドブック欲しかったなー」

 今の私には喉から手が出るほどに欲しいものだけど、装備も含めて全て爆裂しちゃってるので、紙製のガイドブックが残っているわけもない。

「けっこう派手な音がしてたし、ここは離れたほうがいいよね」

 ここは袋小路なので、冒険者がやってくればまた同じ状況になる。

 初心者ツアー爆裂事件の現場検証はそこそこにして、私は移動することにした。

 爆裂地帯を踏み越えて、別れ道へ。

 さて、どこへ行ったものだろうか。

 通路を歩いていてもいきなり玄室から冒険者は出てくるし、玄室の中にいたら逃げ場はないし。

 んー、いや、別にもう逃げなくてもいいのか?

 まだよくわかんないけど、爆裂脚は強力みたいだし。

 てことで、とりあえず、手近な玄室を覗いてみることにした。

 どこから敵が出てくるかと思うと落ち着かないのだ。その点、玄室なら敵がやってくる方向は限定されてるわけだし。


 ガチャリ。


「こんにちはー」

 恐る恐る扉を開いて、なんとなく挨拶してみる。

 けど、中には誰もいない。それにモンスターがいたとしても挨拶するだけ無駄――

「おう!」

 かと思ったけど、そんなことはなくて、天井から声が聞こえてきた。

 見上げると、緑色のべったりとしたものが、天井に張り付いている。

「え? 私の言葉わかるの?」

 これまで、こちらの言葉が伝わったことがなかったので、驚いてしまった。

「無機物言語スキルを持ってんだよ。無機物ってカテゴリーにされちまうのは、はなはだ不本意だけどな」

「同じ言語スキル同士なら会話できるってこと? けど人間言語スキル持ってても人間と話せなかったんだけど」

「それはスキルレベルによるな。聴取(リスニング)よりも発話(スピーキング)のほうがレベルが必要になる」

 私の無機物言語スキルは+2なので、それで話すことが可能だけど、+のない人間言語スキルだと、相手の言葉は理解できても、こちらの言葉は伝えることができないって感じかな。

「ははあ。冒険者さんが入ってきたら、上からばさーっと落ちてくるってわけですか」

「そうだ。で、全身で溶かすってわけだ。まあ、とにかく中に入れよ。ドア開けっぱなしだと危ないだろ」

 そうだった。まだ、部屋を覗いている段階だった。なので、中に入って扉を閉める。

「お一人ですか?」

「まあ一人だな。どこからどこまでが自分なのかいまいちはっきりとしねーけどよ」

 天井の半分ほどが緑色だった。

「見ない顔だけど、ミミックか? なら玄室配置だったんだよな? よく出てこられたな」

 うん。ミミックかどうか確信を持てない気持ちはとてもよくわかる。

「あ、産まれたてです。なんでか出られました」

「俺は、スライムのスラタローだ。二シーズン生きてるからここでは先輩だな」

スライムは、天井に貼り付いて待ち構えてて、下を通りがかった獲物に襲いかかるモンスターだ。トラップ扱いってことで、無機物カテゴリーなのかも。

「スラタロー先輩ですか。私はミミックのハルミです」

 私は、これまでのあらましを語った。

「ふんふん。で、何しにきたのよ? お前、もうワンダリングモンスターなんじゃねーの? まあ玄室に入っちゃいけねーってことはないと思うけどよ」

「あー、ちょっと、落ち着けるところで今後のことでも考えようかと」

「ああ、だったらちょうどいいな。お前その手足を引っ込められるなら、隅で宝箱になっとけよ」

 ん? まあよくわかんないけど、そういうことなら。

 擬態のスキルを使おうと考える。

 それだけで、私は一番初めの状態、普通の宝箱の姿になった。

 足に履いていたハイヒールもそのまま収納されたようなので、また手足ありに戻れば、履いている状態になるはずだ。

「冒険者は部屋に入る前に天井を確認するんだ。で、俺を見つけたらわざわざ部屋には入ってこない。だから俺はこれまで生きてこられたってわけだ」

 なるほど。初心者ツアーとかあって、ガイドがいるぐらいなんだから、基本的な対策は共有しているんだろう。

 けど、微妙なところだなー。スライムトラップがあるとわかっても、宝箱を見つけたら入り込んでくる奴もいるかもしんないし。

 ま、手足の生えた宝箱なんていう奇天烈な格好のままいるよりはましかもしんないか。

「あの、スラタロー先輩。この後どうしたらいいと思います?」

「んー、そうだな。俺とお前じゃ事情が違うし、生き延びるための方法も違うだろうしなー」

 そうだよねー。こんな漠然とした質問されても困るよね。

 なのでもっと具体的なことを聞いていこう。

「五日間生き抜けってことなんですけど、五日経ったらどうなるんですか?」

「シーズンオフになるな。ここのダンジョンは五日営業して二日休みだ」

「週休二日制なんだ……」

 思ってたよりホワイトだった。二十四時間営業っぽいけどな!

「シーズンオフの間にダンジョンの再構築が行われるから、冒険者も撤退するし、俺たちはその間はのんびりとすごせるわけだ」

「今が何日目とかってわかります?」

「まだ一日も経ってないぞ。シーズン開始から八時間過ぎたぐらいだ」

 げっ。まだ八時間! 一日の三分の一?

「あの、どうやったら時間がわかるんですか? 知る方法がなくて困ってたんですけど」

「時計を見たらわかるだろ? ああ、産まれたてなら持ってないか」

 んんん? 時計? 見たところスラタロー先輩も持ってないよね?

「ポイントで買えるんだ。時計のプラグインを買うとステータス画面に表示されるようになるぜ」

「おお! そんな方法が! けどポイントって?」

「ポイントは給料みたいなもんだな。シーズンを生き抜けばもらえるし、冒険者を倒すとボーナス報酬としてももらえる。けど、振り込まれるのはシーズンが終わってからだ」

「それはいいことを聞きました。そっかー買い物ができるのかー」

 なんだかわくわくしてきた。

 状況はなんにも変わってないんだけど、そういう楽しみがあると思えばちょっとはがんばれる気がする。

「ま、買い物は俺らにとって数少ない楽しみではあるな。他にも聞きたいことはあるか?」

「んー、そうですね。爆裂脚ってスキルを覚えたんですけど、何かご存じですか?」

「それは知らねーなー。それが人間からもらった装備で増えたってやつか?」

「そうなんですよ。あ、あと、これ装備しても攻撃力とか上がらないもんなんですか?」

「それ足装備だろ? カテゴリが防具だからな。基本的に上がるのは防御力だな。足なら移動力に補正があったりもするかな」

 なるほど。蹴りの威力、つまり攻撃力は上がらないってことか。

 爆裂脚はまだ詳細がわからないし、不安な面はあるなー。

 防御力ってどれぐらい上がってるんだろうか。

「アイテムの詳細ステータスを見るにはプラグインが必要だな。鑑定屋でも見てもらえるが、なんにせよポイントは必要だ」

 ポイントかー。となると、冒険者は倒していったほうがいいのかな。

「ま、どういうことかはわかんねーけど、手足があるってのは有利だな。防具が装備できるし、武器も持てる。俺なんかは装備できる部位がないからなー」

 うん。スラタロー先輩、どこが頭かすらわかんないからね。

「あの、ここで匿ってもらうってありですかね?」

「俺は別にかまわないけど……ここが安全ってわけでもないぞ? 部屋に入って、俺に気付いて、天井にいる奴を攻撃するなんてめんどくさい。と、これまではたまたまそんな奴ばかりだったってだけだ。俺、動きすっとろいし、炎魔法の一発でも撃たれたらそれでおしまいだしな」

 それに、宝箱の私がいれば、冒険者が踏み込んでくる可能性は上がってしまうだろう。スラタロー先輩に迷惑をかけるのもどうかと思うし。

 それにまあ、せっかく外に出られるようになったのだ。これから先、どれぐらい生きられるのかもわからないし、閉じこもっているのももったいないだろうとも思う。

 ま、それはそれとして、落ち着いて今後のことを考えるためにやってきたのだから、今のうちに今後の方針を決めてしまおう。

「うーん、まずは地下1階の構造を把握したりですかねー」

「ワンダリングモンスターとしてやっていくなら必要だろうな」

「ちなみにスラタロー先輩は、外のことは?」

「出たことないからわかんねーな。ここへの出入りはダンジョンキーパーまかせだし」

 地下1階まで連れてきてくれたおっさんはダンジョンキーパーっていうようだ。

 シーズン終了時には回収にも来てくれるらしい。

「あとは、戦う練習とかですかね。爆裂脚とかよくわかんないですし」

「うーん、戦闘すんのはおすすめしねーけどな。地下1階だとノルマとかないし、生き延びたいだけなら逃げに徹したほうがいいと思うぜ。基本的に、俺たちモンスターは準備万端の冒険者には勝てねーんだ。生き残るのはよほど運がいいか、レベル差をものともしない、戦闘センスの持ち主だけだからよ」

 うん。まあ、私に戦闘センスとやらがあるとは思えないけど、せっかく手に入れた深紅の薔薇だ。せいぜい有効活用させてもらおうじゃないか。

「さてと。じゃあ、ちょっと外を探検してきますね」

 手足を生やして立ち上がる。

 最初と違って、かなりスムーズに手足あり形態に移行できた。

「おう。また来いよ。時間ぐらいならいつでも教えてやる」

「はい、ありがとうございます!」

 玄室から出てあたりをうかがう。幸い近くに冒険者はいないようだ。

 なので、さっそく移動の練習をしてみよう。

 さっきは制御しきれなかったけど、使いこなせればいろんな場面で役にたつはず。

 ということで早速ダッシュだ!


 どかん!


「いてててて……」

 あ、あれ? また天井にぶつかったんだけど。かなり手加減したつもりなんだけどなー。

「これはあれか、もしかして」

 ステータスを確認してみる。


 名前:ハルミ

 種族:ミミック

 性別:女

 レベル:10

 天恵:美人薄命

 加護:なし

 スキル:

  ・擬態(宝箱、宝箱改)

  ・言語(無機物系+2、人間)

  ・収納

  ・爆裂脚(※深紅の薔薇装備時限定)

 装備アイテム:

  深紅の薔薇


 おお! レベルが上がってた!

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