第4話 清掃

 入ってきた三人はてきぱきと作業を始めた。

 ガーゴイルが、ワードッグや冒険者の死体を拾っては壺に入れていく。壺の見た目はそんなに大きいもんじゃないので、盗賊のポシェットや、私の収納と同じで、中が広くなってるんだろう。

 水の精霊はどっかから水をぶしゃーっと大量に吹き出して血糊を洗い流し、アンデッド・プリーストはモップで床をゴシゴシと磨いている。

 あっと言う間に部屋は綺麗になっていた。

 そして、ガーゴイルたちは出ていった。

 実に手際がいい。熟練のチームって感じがする。

「えーと、どうしたらいいんだろう?」

 ここに配置されたんだから、ここが私の持ち場ということなんだろうか? ここを離れたら職場放棄?

 部屋は綺麗になったんだから、仕事を続けろと?

 けど、ここにいたらまた冒険者がやってくるだろう。

 あいつらはモンスターを見かけたらとりあえず攻撃してくるんだろうし、宝箱のふりをしていたって、開けようと近づいてくるだけだ。宝箱を無視する冒険者なんているはずがない。

 となるとやっぱり、外に出たほうがいい。

 せっかく動けるようになったのだ。そのほうが逃げられる可能性は高いはず。

 私は、恐る恐る扉を開き、外に出た。

 もしかしたら出られないなんてこともあるかもと思っていたけど、特に外出制限のようなものはないらしい。

 外に出ると廊下だった。

 中と同じように石造りで、天井はやはりぼんやりと光っている。

 直線の通路で、所々に扉があり、十字路なんかがある。きっちりとした作りのようだ。

「うん、わからん」

 どっちに行っていいものか。

 とりあえず今の目標は五日間生き抜くこと。なんだけど、日数とかどうやって判断したらいいのかな。ここには時間経過がわかるようなものなんてまったくないわけだし……。

 ま、時間がわからないのは仕方がないとして、とにかく逃げ続けるしかないんだけど、それにしたってやり方はいろいろとあるのかもしれない。

 どこか冒険者が来なさそうなところに隠れるとか。

「んー、まずはこのフロアの把握かなー」

 構造を把握していれば、逃げやすいだろうし、隠れることもできるかもしれない。

 なんにしろ、部屋の前でぼうっとしているわけにもいかないので、私は通路を歩きはじめた。

 廊下に出てみると、案外ダンジョンの中はうるさかった。

 どこかで戦闘をしているらしく、その音が聞こえてくるのだ。

 だったら、音のほうに近づかなければいい。冒険者の足音なんかもわかるだろうから、気付かれる前に逃げるのもそう難しくはないはずだ。

「逃げに徹してたら案外いけるかも?」

 いきなり生き抜けとか言われてどうしようかと思っていたけど、なんとかなりそうな気がしてくる。

 少々楽観的になりつつ角を曲がると、そこは袋小路だった。

 ちょっとがっかりしたけど、逃げるときに避けるべきところがわかったので、無駄ってことはないはず。

 とりあえず引き返そう。

 そう思ったのと、背後でガチャリと音がするのは同時だった。

「あ」

 そして、自分のうっかりぶりに気付いてしまった。

 部屋の中にいるときは外の音が聞こえていなかった。つまり、玄室内は防音。中に誰がいるやらわかったものじゃないのだ。

 振り向くと、十メートルほど先にある玄室から、冒険者が出てくるところだった。

 とにかく、隠れ――

「うわ、なんかキモいのいるんだけど!」

 はい、無理でしたー。

 てか、隠れる場所なんてないよ! 袋小路だよ!

 扉からは冒険者が次々に出てきた。

 ぞろぞろ。ぞろぞろ。

 ん? んんん?

 ねえ、多すぎない? 普通四人とか、多くても六人とかそんなもんなんじゃないの?

 あっというまに冒険者の人数は二十人を越えていた。

 多すぎだろ! 群れすぎだろ!

 戦士とか魔法使いとか僧侶とかの定番の奴らもいれば、それ以外のなんだかよくわかんないのまでいろんな奴らがいる。

「なにあれ、ミミック? あんなの地下一階にいるのか?」

「地下1階でもごくまれにトラップとして登場するとガイドブックにはありますね。でも、ワンダリングモンスターの一覧には乗ってないですけど」

 ガイドブック! それ欲しいんだけど!

「今シーズンから追加されたとか?」

「だったら、下手に手を出さないほうがいいんじゃないか? 俺たち初心者なんだからさ」

 そ、そうだよ! 手を出さずにどっか行けよ!

「つってもさ、ここ地下一階だぜ? 初心者でもまず死なねーって話じゃん。こんなとこでびびっててどうすんだよ?」

「だよなー。地下一階のモンスターが強いわけねーよなー」

「はーい、みなさん、お静かにー! 状況の判断はガイドのお兄さんがするので、素直に従うことって最初に説明しましたよねー。地下一階とはいえここはダンジョン! 勝手なことをするなら、責任を持てません! 初心者ツアーからの離脱と見做して置いていきますよー」

「はーい!」

 初心者ツアー?

 言われてみれば、なんか子供が多いな。

 ガイドのお兄さんとやらが前に出てくる。なるほど、一人だけ雰囲気が違って歴戦の戦士って感じがする。って、感心してる場合じゃないけどな!

「いいですか、初見のモンスターには十分注意する必要があります。そこの君。こんな場合はどうするんですか?」

「はい! 解析して脅威を分析します!」

「そのとおりです。まずは解析ですよ。じゃあ解析スキル持ちの人。それぞれ、解析してみてください」

 見られてる!

 むっちゃ見られてる!

 ただ見られてるってよりも、露骨に見られてる感じがする!


『解析抵抗……失敗しました』

『解析抵抗……成功しました』

『解析抵抗……失敗しました』


 なんか出た。三人に解析を試されて、二人に成功されてしまったみたい。

「はい! レベル1のミミックです!」

 こんだけじろじろ見といてわかるのはそんだけかい!

「では、君。レベルとはなんでしょう」

「はい、その存在の総合的な強さを示すものです」

「そのとおりですね。ここでのポイントは、レベルは汎用的な指標ということなんです。つまり種族を問わないんですね。つまり、レベル1のスライムと、レベル1のドラゴンは同じ程度の強さというわけです。もっとも、レベル1のドラゴンなんていませんけどね」

 なんか、私そっちのけで講義が始まってんだけど。

 てことは、私ごときはなんの脅威とも思われてないってことか。いいけどね! どうせレベル1だよ、悪かったな!

 とはいえ、レベルの話なんかは私も知らないことなので、興味深い。

「さて。レベルが強さの指標だとは言いましたが、レベルが表わしているのは、素の強さであることは忘れてはいけません。装備や魔法による強化は、レベルには反映されないのです。それと、厄介なのはスキルです。レベルが低かったとしても、たとえば、相手が即死魔法なんてものを使ってきた場合、こちらは一定の確率で死んでしまうわけです。初級の解析スキルでは、相手のスキルや装備品までは見抜くことができません。その点は注意しましょうね」

「はーい」

「まあ、そう言いましたけど、このミミックはレベル1ですし、君たちでも十分勝てる相手であることは間違いありません。というのはですね、ダンジョンには暗黙の了解があるんですよ。地下一階から本気を出してくるダンジョンはまずありません。このアルドラ迷宮についても同様ですね。なので、ちょっとした変わり種ではありますけど、それほどの脅威ではないと考えていいでしょう」

 私もただ、講義を黙って聞いていたわけではなくて、どうにか逃げ出せないかと考えてはいた。

 いたんだけど、どうしようもないのだ。

 今私がいるのは通路の角で、この先は袋小路なのでそっちには活路がない。

 となると、初心者ツアーのほうをどうにかしないといけないんだけど、こいつら数が多すぎて通路にみっちり詰まっているのだ。

 初心者らしく、気もそぞろで隙だらけって感じはあるんだけど、物理的な隙間がない。

「そうですね。ではレベル10の戦士の子。前に出て来てください。君たちで、ミミックに対処しましょう」

 レベル1に対してそれはどうなんだよ! お前ら、レベル1を警戒しすぎだろ! もっと油断しろよ!

「ガイドのお兄さん! 僕レベル9の戦士ですけど、10とそんなに変わりないですよね? あいつやっつけたいんですけど!」

「さっきも戦士の子がやってたじゃないですか。今度は格闘家の番だと思います!」

「私、レベル15の魔法使いです。ここから一発撃てば片付くんじゃないですか?」

「ああ、もうわかりました。じゃあ、やりたい方は手を上げて! 多いなぁ……じゃあじゃんけんで決めましょうか」

 今だ。

 もう今しかない。

 下がっても仕方ないんだし、前に行くしかない。そして、行くならごちゃごちゃとやっている今なのだ。

 ただ突っ込むだけじゃ意味がないけど、こっちには深紅の薔薇が、爆裂脚がある。

 なんかわからんけど、必殺技のはずだ。

 これをぶっつけ本番でぶちかます! もうこれしかない。

 そう決めて、脚に力を込めてダッシュ!


 ガン!


 何が起きたのか一瞬わからなくなった。

 え? 攻撃された? 何に?

 頭に激痛が走り、宝箱の蓋を両手で押さえる。

 冒険者たちの視線が二つにわかれていた。

 私と、天井と。

 見上げてみれば、天井に罅が入っている。

 なるほど。天井にぶつかったんだな。

 ダッシュをしようとして全力で床を蹴ったところ、斜め上に打ち上がったのだ。

 もしかして深紅の薔薇で脚力が上がってる?

 ならば!

 身体を起こし、そこそこの勢いで冒険者たちに近づく。

「ばく・れつ・きゃく!」

 全力で蹴る!

 ちょっと力を込めただけで天井にぶつかるほどの脚力だ。二、三人まとめてふっとばして――


 ガシン!


 私の蹴りは、ガイドのお兄さんの盾に防がれていた。

 あ、あれ?

 なんか、そうたいした威力でもないような……。

「移動速度に補正がかかっているようですね。ちょっとびっくりしましたけど、攻撃力はやっぱりレベル1って感じですね」

 そうなの!? 移動と攻撃って別なの! え? おかしくない、それ?

 すごい速さで走れる脚力があったら、蹴りの威力も上がるだろ、普通!

 お兄さんが剣を手にする。

 私は、全力で後退した。


 ばひゅん! がん!


 下がりすぎて、壁に激突した。やっぱり移動だけは早くなってるらしい。

 ああ、でもこれ以上どうしようもない。

 これで相手が一人なら隣をすり抜けるなんてこともできたんだろうけど……上か!

 そう。あいつらの頭上を跳び越えればいいのだ!

 そうと決めた私は、あいつらを跳び越えようと脚に力を込める。


 ぼんっ!


 そして、目の前の光景に、私は動きを止めた。

 え?

 ガイドのお兄さんの上半身がなくなっていた。

 そう、爆裂したのだ。

 それはまさに深紅の薔薇! ってぐらいの見事な爆裂っぷりだった。

 なんとなくすごい威力の蹴りなんだろうってぐらいにしか思ってなかったけど、文字どおり蹴った相手が爆裂するって技のようだ。

 なるほど、なるほど、なるほど! ということはだ!

 爆裂脚をくらわして、逃げるって感じのヒットアンドアウェイ作戦で勝てるんじゃね?

 と、私が勝利を確信していると、


 どかどかどかん!


 と、初心者ツアーのみなさんが一斉に爆裂した。

 えーっと……いったい何が?

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