第3話 美脚
私の身体である宝箱の底から、人間の脚が生えていた。白くて長い脚が太腿の付け根あたりから。
ついでとばかりに、側面からは手も生えている。こっちは肩のあたりからだ。
つまり、擬態に成功して脚がにゅるっと出てきたから、それが床を押すことになって、壁まで飛んでって激突したってことらしい。
「え? ミミックってこんなんだったか?」
私の突然の変化に、戦士はとまどっていた。
「モンスターはレベル帯によって、強さや行動が全然違いますし、亜種などのバリエーションも多々ありますけど、これは……」
僧侶は首をかしげていた。
「ふ、ふはははは! 動けりゃこっちのもん!」
あいつらがとまどっている今がチャンス!
両手で身体を起こして、態勢を整える。そしてダッシュ!
まっすぐに出口へ。扉があるけど大丈夫。都合のいいことに手が生えてきたのだ。つまりノブをつかんで扉を開けることが……。
ずざぁ。
次の瞬間、顔面で床を思いっきりこすっていた。あ、この場合顔面ってのは宝箱の前面ね。
視点を変えてみるとすぐに原因はわかった。
魔法使いが、私の足を杖で払って転ばせたのだ。
「こいつ逃げようとしてない? ま、魔法使いの私でも対処できるぐらいしょぼいけどさー」
くそっ。もう一度立ち上がって、なんとか。
そう思うも、魔法使いは唯一の入り口の前に移動して立ちはだかっていた。
だめだ。
たぶん、身体能力的には魔法使いが一番弱いはずなんだけど、それでも勝てる気がまったくしない。
「そういや、ミミックのレアドロップには特殊条件とかねーのか? ほら、部位破壊だとか、特定の属性で倒さないと出ないアイテムとかよくあんだろ?」
後ろから戦士が近づいてくる。
前には魔法使い。左右にもいつの間にか僧侶と盗賊がいる。つまり囲まれていた。
「ありますよ。特殊条件」
盗賊がそんなことを言い、私は耳を疑った。
うそぉ! そんなん、あるの? 私も知らないんだけど!?
「おお! じゃあ教えてくれよ!」
「そうですね。かなりめんどうな方法なんですけど……」
え、なんなの? 私、どんな風に殺されたら、アイテムドロップすんの?
私は興味津々で聞き耳を立てていた。
冒険者たちの注意も、盗賊に向けられている。
今なら逃げられる? いや、無理か。魔法使いはしっかり扉の前に立ちはだかってる。こいつをどうにかしないことには駄目なのだ。
盗賊が戦士に近づいていく。そして背後に回り込んだ。
ん? なんでわざわざ?
戦士も疑問に思っているようだけど、それがめんどうな方法とやらの一部なのかと静観しているようだ。そして、
びしゃぁ!
って、ええぇ!?
盗賊のナイフが、戦士の首を斬り裂いたのだ。
血が噴き出して、あたりを真っ赤に染める。もちろん、私も血まみれだ。
どういうこと? なんで仲間割れしてんの?
そして盗賊は、倒れていく戦士の身体から離れて、僧侶に襲いかかっていた。
こちらも一撃。正面から堂々と首を跳ね飛ばし、返す刀で魔法使いに飛びかかる。
な、なに!?
まったく意味わかんないんだけど? これが特殊条件なの?
盗賊はあっさりと魔法使いも仕留めて、どこからか出した布でナイフの血をぬぐいながらこっちへとやってきた。
何が楽しいのか、うっすらと笑みを浮かべている。
って、こえぇよ! なんなんだよ、お前! モンスターとか目じゃねぇよ!
いや、もう逃げようにも、足がすくんで動けなくなっていた。
盗賊は私の前までやってくると、しゃがみ込んだ。じっくりと、なめ回すようにこちらを見ている気がする。
ああ、もう駄目だ。こんな奴に勝てるわけがない。
私は、レアドロップのために、なんか変なことをされたうえで殺されてしまうのだ。
「すばらしい」
はい?
今、なんて?
そして、持っていた布で私の脚を拭きはじめた。
足の先から、ふとももの付け根まで、じっくりねっとりと、すみずみまで確実に血を拭う。
「魔法使いの女もいい線はいっていたんですが、これとは比べものになりませんね」
さすりさすり。
盗賊が愛おしむように私の脚をなでている。
ちょっ、ちょっと待って! あんたなにしてんの!?
殺されるとか、そんなことじゃない恐怖が私の背を駆け抜けた。あ、背中は宝箱の後側だけど。
「はぁ……持ってかえりたい……」
こわ! なに、こいつ、こわ!
「けれど、ダンジョン生まれのモンスターはダンジョンの外に連れ出すと消滅するらしいですし……」
え、そうなの? それも怖いな! 知らんかったけど!
「ですが、ダンジョンを渡るモンスターもいることですし、レベルが上がればどうにかなるんでしょうか。そのあたりは調べてみる価値がありそうですね」
盗賊が考え込んでいるけど、こっちはもうドン引きだ。
もう、殺すならさっさと殺せ!
「ですが、このまま放っておいたら調べている間に確実に死ぬでしょうね。それはあまりにももったいない」
うん。それは私もそう思う。もったいないかはともかくとして、私は何に出くわしても死ぬと思う。
「私が守ってもいいんですけど、それじゃあモンスターのレベルは上がりませんし、一般の冒険者を始末しつづけるのにも限界がありますね。一応、私にも立場はありますし……」
うん。悩むのはいいけど、撫でつづけるのはやめてくれるかな?
一応逃れようとはしてるんだけど、どう動こうとついてきて逃がしてくれない。
それに、もうレベルが違いすぎて、どんな反抗もまったく意味がないのだ。
つまり、生かすも殺すも、この盗賊の思うがままということだった。
「ああ、じゃあこうしましょう!」
盗賊が実にいい笑顔を見せた。何か思い付いたらしい。
盗賊は腰に付けたポシェットから何かを取り出した。
赤いハイヒールだ。
うん? そのポシェットって、明らかにハイヒールより小さいよね?
ポシェットの謎に気を取られているうちに、盗賊はハイヒールを私の足に履かせてしまっていた。
「よし!」
盗賊は満足げに頷いた。
よし! じゃねえよ! なんの解決にもなってないよ!
「これは、レジェンダリーアイテムで、深紅の薔薇と呼ばれる足装備です」
その名のとおり、薔薇の装飾が施された美しいハイヒールで、なぜか私の足にぴったりだった。
「普通ならレジェンダリーアイテムはレベル1だと装備できないんですが、こんなこともあろうかと必要レベル除去を行っていますので」
こんなことってどんなことだよ。何があると思ってたの?
ていうか、この人さっきから私に話しかけてる?
「さて。そろそろ行かなくては。今回は地下8階のボス討伐の応援で呼ばれているんですよね。三人がいなくなったことは、どうにでも言い訳できますけど、誰も行かないのはさすがにまずいですので」
盗賊は、軽く手を振って玄室を出ていった。
……え? 助かった?
すぐには信じられなくて、私はしばらく呆然としていた。
「えーっと……出ていっていいんだよね?」
ワードッグ五匹と冒険者三名が死んでいて、部屋中が血まみれになっている。
当然、こんなところにいつまでもいたくなんかない。
けど、何も考えずに出ていくのもまずいかもしれない。
なので、もう一度ステータスを確認してみた。
名前:ハルミ
種族:ミミック
性別:女
レベル:1
天恵:美人薄命
加護:なし
スキル:
・擬態(宝箱、宝箱改)
・言語(無機物系+2、人間)
・収納
・爆裂脚(※深紅の薔薇装備時限定)
装備アイテム:
深紅の薔薇
宝箱改ってのがこの手足が生えてる状態かな。
かっこの中が擬態できる種類みたいなので、通常の宝箱にも戻れるんだろう。
スキルはアイテムを装備することでも増えるようで、爆裂脚が増えている。
「ハイヒールを装備して、なんか強くなったんだろうか……」
かかと部分は細くて尖ってるピンヒールなので、踏んづけられたら痛そうだけど。
けっきょくこれだけじゃよくわからないし、ここで思い悩んでいても仕方ない。
うん。出よう。
そう決意して、扉に向かう。
すると、扉がガチャリと勝手に開いた。
もしかして、盗賊が戻ってきた? それとも他の冒険者?
ガチャガチャと音を立てながら入ってきたのは、石像だった。
翼の生えた悪魔像なのでガーゴイルというやつだ。手には壺を持っている。
続いて入ってきたのは、僧侶服をきた美人な女の人。ただし、顔が土気色。アンデッド・プリーストかな。
もう一人、半透明で全体的に水っぽい幼女も入ってきた。水の精霊みたい。
「あのー、こんにちは」
話しかけたけど、返事はなかった。
なんなんだよ! あんたら!
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