第18話 迫りつつある闇
理事長との話を終えて、あたし達は次の授業が始まる前に教室に戻ってきた。
ふと気づく。いつも後ろの席にいて人懐こく声を掛けてくる京の姿が無かった。
まあ、彼女でも外に出掛ける事ぐらいはあるか。トイレに行っているのかもしれない。
あたしは少し物足りない気分を抱きながら自分の席に着く。
「和泉さん、いないね」
「だねー」
隣の席の美月も同じ気分だったようで、そんな事を言っていた。
間もなく次の授業の始まるチャイムが鳴って先生がやってきた。
京はまだ戻ってこない。あたしはさすがに何かあったんじゃないかって心配になってしまった。
先生の呼ぶ出欠の点呼にあたしが答え、次に京が呼ばれる。
「いずみー、いずみはいないのかー」
あんた、このままじゃ欠席になっちゃうよ。そう思った所で教室のドアを勢いよく開いて京がやってきた。
「遅れてすいません!」
「次はもっと早く来るんだぞ」
京が頭を下げて自分の席につく。あたしは先生やみんなの邪魔にならないようにこっそりと訊いた。
「京ちゃん、どこに行ってたの?」
「うん、ちょっとトイレにね」
「…………」
それ以上を聞くほどあたしはデリカシーの無い女ではない。黙って授業に向かい合うのだった。
キーンコーンカーンコーン
今日の授業も無事に終わった。最初は中学校のレベルが高くてやっていけるのかと心配したものだったが、ここの授業にも慣れてきた気がする。
途中で異世界のモンスターなんかも現れなかった。
「まあ、あんなの現れない方がいいんだけどね」
これからすぐ現れるフラグとして言っているわけじゃないよ。あんな迷惑な奴は現れない方がいいんだし。そりゃ聖剣使いたいなあとは思うけどさ。
神様の話ではあたしが適していると判断されたから選ばれたという事だから、モンスターはあたしの都合の悪い時には現れないのかもしれない。モンスターの側の都合は知らないけど。
さて、授業も終わったんだしどうでもいい事なんて考えてないで家に帰ろう。立ち上がると隣の席の美月が声を掛けてきた。
「お姉ちゃん、帰るの?」
「うん、またね」
あたしはまだ部活を決めていないのでこれ以上学校に用事は無かった。あたしは何でも出来るが故に特別にこれがやりたいといった特別な何かを持っていなかった。
しいて言えば国作りだろうか。そんな部活は無い。
ふと疑問に思う。あたしが帰ろうとしているのにいつも声を掛けてくる京が声を掛けてこないのだ。
後ろの席を見ると京が難しそうな顔をして何かを考えていた。これからの部活を考えているのだろうか。
たまにはこっちから声を掛けるのもいいかもしれないね。あたしは挨拶することにした。
「京ちゃん、また明日ね」
「う……うん、また明日」
考え事の邪魔をして悪い事をしたかもしれない。そう思いながらあたしは教室を後にするのだった。
モンスターの現れたりしない平和な下校の道をあたしはのんびりと歩いていく。
それは現れなかったんだけど、あたしはずっと背後に視線を感じていた。知らない奴の視線ではない。
賑やかな町の通りを抜けて人のいない静かな道に出たところで、あたしは振り返ってそいつに声を掛けた。
「そろそろ出てきたらどう?」
「驚いたな。気づいていたのか」
現れたのはもう何度も付き合ってきて忘れるはずのない人物、黒井天馬だ。相変わらずクールに決めたつもりのたたずまいをしているね。
「そりゃ気づくよ。あたしを誰だと思ってるの?」
「綾辻彩夏だ」
「覚えていてくれてどうも」
こいつとは最初に出会った時にぶつかりそうになったので、どこまでが同じ通学路なのかは理解しているつもりだ。
その上でただ偶然同じ道を歩いていただけなのか、あたしを狙ってきたのか、その判断をあたしは出来る。
今のこいつは明らかにあたしを狙っていた。珍しい事もあるもんだ。あたしはついに意識される存在になれたということだろうか。
同じ一番として、ただ者ではないオーラを感じつつ、あたしは教室にいる時のような気楽さを装って声を掛けた。
「あんたがあたしに用事なんて珍しいじゃない。何か用?」
「お前の事を聞こうと思ったんだ」
「あたしの事?」
あたしは綾辻彩夏。どこにでもいるフツーの中学生。夢はアヤツジ王国を建国すること。小学校の成績はいつも一番だった。さて、どう説明したもんかね。
考えている間に天馬は話を進めた。
「最初はお前の事を同業者。陰陽師だと思ったんだ」
「あたしが陰陽師?」
全くなるつもりの無い物に思われてあたしの方がびっくりしてしまうよ。天馬は息を吐いて話を続けた。
「お前は怪異を見ても恐れず、戦う力を持っていた」
「だから、あれはモンスターだって……」
「だが、親父に聞いてもお前のような同業者は知らないという。答えろ、お前は何者だ。何を知っている」
「え~~~っと……」
これってあれだよね。あたしの知っている事を洗いざらい話せって言ってるんだよね。
冗談じゃない。これはあたしが信頼されて任された仕事なのだ。他人に譲るつもりは無い。
もう面倒だから逃げちゃおうか。天馬一人ぐらいなら何とかなるだろうと思ったその時、もう一人の声がした。
「その話、あたしも興味があるなあ」
「この声、美月!? どこにいるの!?」
「はい、イリュージョン」
前後を見ても道しか見えない。そう思っていたら、背景と同化していた布を落として美月が姿を現した。
こいつ本当は探偵でもマジシャンでもなくて忍者なんじゃないか? 思わずそう思ってしまう。
やっかいな奴が増えた。天馬も気づいていなかったようで少し驚いたように目を開いていた。
「お前も来ていたのか」
「うん、怪しいなあって探偵の勘がしてたのよ」
探偵を自称する少女は忍者の隠れ身の術で使った布を丸めてしまってから、天馬と一緒にあたしに詰め寄ってきた。
「さて、お姉ちゃんにはいろいろ吐いてもらおうかな」
「仕方ないなあ」
あたしは聖剣を抜く。別に戦おうと思ったわけじゃない。
面倒な話は聖剣に宿りし精、セラにやってもらおうと思っただけだ。
あの幼女ならきっとあたしより上手く説明してくれる。
二人に話すのは気が進まないが、中途半端に誤魔化すよりはマシだろう。バレたあたしが悪いのだ。
というわけで呼び出した。セラは消えた時と同じように光となって聖剣から出てきた。
「呼びましたか? 彩夏様」
「うん、この二人に事情を説明してやって」
「この二人? ふええ!」
天馬と美月に詰め寄られてセラは悲鳴を上げてしまう。
訊かれるままに根掘り葉掘り答えていった。
済んだ時にはフラフラになって聖剣に戻っていった。
「お前の事情はだいたい理解した」
「もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「巻き込みたくなかったんだよ」
本当は一人でやるつもりだっただけだが、ここは適当に濁しておく。
正直は美徳だが、穏便に済ませるには誤魔化しも必要だ。
あたしはこれでお役御免と帰るつもりだったが、天馬が何かの異変に気づいた。
「待て! この妖気は……!」
「妖気?」
彼の視線を辿って振り返ると妖気を知らないあたしでも気が付いた。空の一部分が変に黒くなっている。それにあの辺りは……
「あたしの家の辺りじゃない!」
家で何かあったんだ。もう無駄話をしている場合じゃない。
あたしはすぐに出していた聖剣をしまって家に向かって走っていった。
天馬と美月も頷き合って後をついてくる。
あたしにも探偵じゃないけど勘があるのかな。何か良くない物が来る予感がしていた。
その頃、学校の屋上で少女が風に吹かれながら空を見ていた。
彼女の見つめる先には大きな屋敷、その上に広がった黒い空が見えていた。
「あそこから来るんだね。異世界の大きな存在が」
少女は感じていた。大きな魔の手が迫ってくることを。だが、それは忌避すべき物ではない。来るのが嬉しい物である。
少女は迎えるように大きく両手を広げた。
「ここに来るといいよ。ドラゴンにふさわしい者を決めよう!」
近づきつつある魔を感じながら、京はただ恐れず奴を待ち受けていた。
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