第17話 ドラゴン学園の秘密
エレベーターはどんどん下っていく。かなり地下深くまで降りてきた感じがする。
あたしがそろそろ着くかなと思ってきたところで、エレベーターは停止した。
開かれる扉。あたし達は理事長の後に続いて降りていく。
そこは暗い広そうな部屋だった。洞窟の中のようなひんやりとした空気がする。
「電気を付けるよ」
理事長がそう言って広間の電気を付けた。スポットライトのような眩しい光が順番に点灯していく。明るくなって部屋の中がよく見えるようになった。
広そうと思ったのも当然で、かなり遠くに壁があった。
数階の吹き抜けになっている広間の中央にあった物を見てあたしは驚いた。
「ドラゴン!?」
だってそこに本物のドラゴンがいたんだもの。見上げるほどに巨大な姿をしている。
ファンタジー系の動物ならゴブリンやスライムを見ていたけど、さすがはドラゴン。ザコモンスターとは風格や迫力が違った。
ドラゴンは眠っているようで、すぐに動き出す気配は無かった。札の貼られた鎖で封印するかのように繋がれている。
あたしの横でいつもはほとんど動じた顔を見せない天馬が珍しく少し興奮した声で理事長に向かって言った。
「これが親父達の先祖が封じたドラゴンなんですね」
「ほう、陰陽師の家にはこれが伝わっているのか」
「はい、文献で読みました」
「こいつ捕まえたのって陰陽師なの!?」
あたしは初めて陰陽師って凄いって思ってしまった。天馬は何を当然の事をといった澄ました態度をしていたが、その顔は少し照れたように赤くなっていた。
美月は手すりから少しドラゴンの方に身を乗り出して言った。
「あたしは前にも来たから今更だけどさ。やっぱり最初にこれを見ると驚くよね」
「さすが理事長の娘~」
特権階級の彼女に立場をリードされている。あたしはそう感じるが、嫌な感じはしなかった。
中学校生活はまだ始まったばかりなのだから、これから挽回すればいいことだ。
一番の学校に来たのだからこれぐらいの張り合いはあった方が良かった。
理事長が話を進める。飼育員のようにドラゴンの説明を始めた。
「このドラゴンはかなり昔に現れたと伝えられている。天馬君達の先祖の陰陽師達が封じたと伝えられているのはさっき話した通りだ。ドラゴンの力は眠りについた今も健在で、周囲の地脈に影響を与えていると言われている」
「地脈?」
「地中にある霊力の通り道のようなものだ」
「漫画でなら読んだ事があるけど」
「お前は一度陰陽師の勉強をした方がいいな」
「嫌だよ」
あたしは別に陰陽師を目指しているわけではない。その上、天馬に偉そうな先生面をされるのも御免被る。
自分の力で一番を目指しているのだから他人の力は必要無かった。
あたしと天馬の話が一段落するのを待ってから理事長は話を続けた。
「竜の力と言っても悪い物ではない。その強大に溢れるエネルギーは土地を豊かにし、この地に恵みをもたらした。私はこの恵まれた土地に学園を建て、竜の力に肖ってドラゴン学園と名付けたのだ」
「ああ、それでここってドラゴン学園っていうんだ」
「そうだとも。決して私の名前が竜吾だからっていうわけじゃないぞ」
「理事長の名前って竜吾っていうんだ……」
またどうでもいい知識が増えてしまったよ。理事長は真面目な顔を竜に向けて話を続けた。
「君達は私の見つけた最も才気ある若者達だ。ここで竜に祈っていきなさい。そうすれば竜の力は必ず君達にも恩恵を与えるだろう」
「うーん……」
つまり理事長はこの学園を建てた目的のように竜の恩恵を見込みのある生徒達にも与えたいって呼んだわけね。
この学校をますます発展させる為に。
魅力のある提案だと思うけど、あいにくとあたしにはもうセラと聖剣があるし、これ以上余計な物はいらないかなと思った。
神様から任された仕事もまだ果たしていないし、学園で一番になる事ぐらい自分の力でやっていける。
あたしが断りの返事をすると理事長が驚いた顔をして、美月が笑った。
「お姉ちゃんも断るんだ」
「美月も?」
「あたしには自分の推理力があるからね。竜の恩恵なんていらないよ」
美月は軽々と手すりで鉄棒のようなテクニックを披露して見せる。確かにこれだけ運動が出来るなら竜の加護なんていらないかもしれない。
誘いを天馬も断っていた。
「俺には先祖代々受け継いだ陰陽術があるからな。竜は俺達にとっては封じるべき相手だ」
「そうか、みんないらないのか。しょぼぼーん」
自慢の誘いを断られて理事長は玩具をいらないと子供から突き返された親のように気落ちした様子だったが、美月に慰められてすぐに立ち直った。
「いや、君達があくまで自分の力でやろうとしている事は立派だ。私も応援させてもらうよ。この学園も力になれるだろう。では、上に戻ろうか」
あたし達は理事長に続いてエレベーターに乗り込み、上に昇っていく。
恩恵は断ったが、良い物を見せてもらったので無駄足ではなかった。ここはまだまだ楽しめそうだ。
あたし達は気づいていなかった。こっそりと広間の陰に隠れていた少女がいた事に。
みんながいなくなった事を確認してから、京はこっそりと物陰から出てきた。
さっきまでみんなが集まって見ていたドラゴンの傍まで歩み寄る。
「これを見せる為に綾辻さん達は理事長に呼ばれたのかな。すっごいドラゴン」
みんな竜の力を断っていた。でも、そんな物があるなら……
「わたしは掴みたいよ……」
京はそう思いながら竜に向かって手を伸ばす。不意にドラゴンの目が開いてびっくりした。いや、こんなの幻想だ。
そう思った時には全く知らない異空間にいて、ドラゴンが目の前を羽ばたいていた。
戸惑う京の前で竜が語り掛けてくる。重く威厳のある声で。
「お前は我が力を求めるか。この竜の力を!」
「わたしは求めるよ。竜の力をこの手で掴んで見せる!」
不思議と臆せず答える事が出来た。この力は自分を求めている。味方だと感じられた。
竜は語る。少女を計るような眼差しをして。
「間もなく異世界の魔王がこの地に現れるだろう。竜の力を与える為に我が呼んだのだ。お前が竜の力を完全に自分の物とする為には奴を倒す事が必要だ。我はより強い者に恩恵を与えるだろう。お前に異世界の魔王と戦う覚悟があるか?」
「やるよ。綾辻さんに認められる為ならわたしは何だってやる!」
京の強い決意に竜は満足したように笑った。
「良い心意気だ。お前のような奴がもっと早く現れたなら、我が異世界から魔王を呼ぶ必要など無かったかもな。いいだろう、お前にチャンスをやる。この竜の力をもって誰よりも強い強者であることを証明するがいい!」
「うっ」
京は体に強大な力が流れ込む感覚を感じる。意識が暗く閉じていく。悪い気分ではない。むしろ心地が良かった。竜の声が響いてくる。
「その力はまだ不完全なものだ。完全とする為には魔王を倒さなければならん。我にとってはどちらでも構わんことだが、より強者である事を望む」
「やってやるよ。わたしが必ず!」
「期待しているぞ。この世界の人の子よ」
京は気が付くと元の場所に戻っていた。竜は眠ったままだった。さっきのは夢だったのだろうか。
いや、夢ではない。京は確かな力を自分の手に感じていた。
「やってやるよ、ドラゴンさん。魔王でも何でも倒してわたしが必ず綾辻さんの一番になってみせる!」
手を上に掲げ、京は誰もいない広い部屋で静かに誓っていた。
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