第4話 どこにでもある入学式

 それから体育館に生徒達が集まって特に特筆することのない入学式が行われた。

 先生が壇上で挨拶して退屈な長い話を延々と聞かされるどこにでもある平凡な入学式だった。

 式がこんななのは学校がどこでも変わらないようだ。

 漫画のようにこれから皆さんにはバトルロイヤルをしてもらいますとか言われることもなさそうなので、あたしは安心してあくびをしたり体を休めたりすることが出来ていた。

 いくらあたしに小学校一の運動能力があると言っても今朝は少し慌ただしくしすぎた。未来の女王と言ってもあたしも普通の人間には違いないので、少しの休息は必要なのだった。

 周りの生徒達の余裕そうな顔を見ているとあたしも今は力を蓄えて落ち着かなければなと思うのだった。




 そして、退屈な入学式が終わってクラス毎に別れて教室に入ることになった。

 一学年がまとめて同じ廊下を進む物だから人が多くて狭苦しい。

 辺りにはすでに友達ができた人もいるようで雑談している声もする。

 あたしにはここに友達はいないし知り合いもいない。みんな地元の平凡な中学校に進んだだろうし、常にナンバー1の成績を納めていたあたしについてこれる人もいなかっただろう。

 あたしは今のところはここで誰とも関わらないだろうと思っていたが、さっきから視線を感じていた。

 実は体育館にいた時から感づいてはいた。まだついてきている。この視線は明らかにあたしをターゲットにしている。

 誰かあたしに惚れたなと思えるほどあたしは平和ぼけしたロマンチストではない。

 油断はしない。先手必勝。誘い込むためにわざと隙を見せ、あたしはそいつがすぐ背後まで近づいたのを感じとると素早く振り返って腕を取った。


「うかつだったわね。狙うなら気配を消してくることね」


 あたしはどんな間抜けが未来の偉大な支配者を狙ってきたのかと思ったが、そこにいたのは全く知らない女子だった。

 ぽんやりした目を驚いたように見開いている。

 同じ学校の生徒なので同じ制服を着ている。戦いのど素人としか思えないどんくさそうな顔をしていた。

 こいつがあたしを狙ってきた? 冗談でしょ。殺し屋ならもっとまともな人を選ぶべきだ。

 あたしが驚いているとその人は痛がった。


「いてて! 痛いよ、綾辻さん!」

「ああ、ごめん。つい」


 あたしはすぐに謝って手を離してやる。どこかで会っただろうか。名前を知られていることを不審に思うが記憶になかった。

 敵意は無さそうだがそれでも狙ってきたことには変わりない。油断せずに見つめていると、彼女は照れたように笑った。


「えへへ、久しぶりだね、綾辻さん。同じ学校になれて良かった」

「うん、久しぶり?」


 やはりどこかで会ったのだろうか。思いだせない。あたしの記憶には無い顔だった。

 そもそも一番を目指していたあたしにとっては二番以下の有象無象なんて同じ背丈のどんぐりが並んでるような感じで興味が無かったのであまり覚えてはいなかった。

 敵意を持たれないように適当に話を合わせつつどうしようかなと考えていると、朝の礼儀を知らないイケメン男子が通り過ぎざまに声を掛けてきた。


「お前、綾辻っていうのか」

「そうよ」

「それで今度はそのどんくさそうな女子と戦うのか?」

「戦わないよ!」


 あたしを誰彼構わず喧嘩を吹っ掛ける危険な奴だと思わないで欲しい。あたしが興味があるのは一番だけだ。格下のザコをいたぶる趣味はあたしには無い。

 あたしが手を離すと見知らぬ少女は残念そうな顔をした。気になったのであたしは提案した。


「もしかして本当は戦って欲しかった? やりたいならチャンピオンとして受けて立ってもいいけど」

「とんでもないよ、わたしは二番でいられるだけでもいいので」

「そっか」


 二番でいいとは変わった奴である。まあ身の程を弁えるのは悪い事では無い。

 未来の女王としてあたしは平凡な国民には優しく接してやる。


「教室に入ろうか、えっと……」

「うん、同じクラスの友達としてこれからよろしくね、綾辻さん」

「うん、よろしく」


 さっきも思ったがこの子はなぜあたしの名前を知っているのだろうか。こっちは初対面なのに。なんだか不思議な気分だった。




 教室に入って生徒達の着席した教室。

 教壇に立った先生がこれからの心構え等の簡単な話をした後、みんなで自己紹介をすることになった。

 このクラスには青井さんや青木さんはいないようで、出席番号一番のあたしは一番に自己紹介をすることになった。

 一番なんて幸先の良いスタートだね。あたしは張り切って挨拶してやる。


「綾辻彩夏です。南小から来ました。よろしくお願いします」


 ここで下手におどけて間抜けを印象付ける趣味はあたしには無い。

 最初は当たり障りのない挨拶をする。みんな興味が無さそうでそれぞれに自分の事を気にしているようだった。

 次に立ち上がったのは出席番号2番の子。さっき知り合ったばかりのぽやっとした子だった。


「和泉京(いずみ みやこ)です。わたしも南小から来ました。成績はいつも二番でしたが、また二番になれて嬉しいです。よろしくお願いします」


 教室が少しざわっとなった。自分がナンバー2だと名乗ったからだろう。3番以下のどんぐりどもがざわめいている。

 京はあたしよりも反応があったことに着席してから恥ずかしそうにもじもじした。

 あたしと視線があうと顔を下に向けてしまった。

 この子、あたしと同じ学校だったのか。和泉京という名前はやはり覚えが無かった。

 小学校で2位だった子の名前はなんと言ったっけ。あたしはずっと1位だったし、分かりやすくライバルとして挑戦してくる2位もいなかったのでやはり覚えていなかった。

 これはあたしが覚えが悪いわけではなくて、自分と無関係の人の名前なんて覚えていないのが普通なだけ。必要が無いんだもの。

 でも、ここで覚えておくか。あたしは彼女の名前を覚えておくことにした。

 そして、退屈な自己紹介が続き、あのイケメン男の出番がやってきた。


「黒井天馬(くろい てんま)です。よろしく」


 それがあいつの名前か。多くを語らないとはやる気があるようだ。下手に弱点は明かさないと言わんばかりの用心深さと鉄壁の構えを感じるね。

 あたしは探る気配に気づかれないようにそいつを気にすることはもう止め、続いての自己紹介を聞いておくことにした。

 どれもありふれた自己紹介で、今の所はあたしの一位の座を奪おうとするような宣言は聞かれなかった。

 まだ戦いの時では無さそうだ。あたしはそう感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る