第5話 家に来た神様

 入学式の日は午前中だけで授業が終わった。

 賑やかになった教室ではもう友達が出来た人もいるようでこれから遊びに行く相談をしている人達もいるようだ。

 あたしには友達はいないので家に帰ることにする。王者は慣れ合いはしないのだ。

 鞄を持って立ち上がろうとすると後ろから声を掛けられた。


「あの、綾辻さん」

「また明日ね、和泉さん」

「うん、また明日」


 声を掛けてやると彼女は嬉しそうな顔をした。京は戦いとは無縁そうな人間だ。二番で満足しているようだし、あたしの脅威とはならないだろう。

 あたしは安心して教室を後にするのだった。




 家への道は今度は朝のように慌てて走ったりはせずに落ち着いて歩いていくことにした。王者は慌てたりはしないものだ。

 帰りは変なスライム等に邪魔されることもなかった。

 あれはいったい何だったのか。本当に妖だったのか。考えても分からないので止めておくことにした。あたしにはこれからの学校生活で一番になるというやる事があるのだから、どうでもいい事を気にしている余裕はない。

 授業はこれからきっと厳しくなる。小学6年の間もあたしは1番を取る為にわりと多めの時間を勉強に費やしてきた。別に勉強が好きというわけでもないのに。

 なので今日ぐらいは羽を伸ばして遊んでおこうと思った。




 自分の部屋で寝転がって漫画を読んだり、ゲームをしたりして遊ぶ。あたしも年頃の子供なのでこういうの好きだ。

 他人に気を使わなくて済むので一人でいる事も好きだった。

 そうして自分の部屋でくつろいでいるとあっという間に夜が来た。久しぶりの遊びで熱中しすぎたようだ。


「彩夏ー。ちょっと降りてきなさーい」

「はーい、ママ」


 階下から母の呼ぶ声がする。

 晩御飯の時間にはまだ早いようなと思いつつあたしは部屋を出てリビングに向かうことにした。



 

 あたしの親はお金持ちなので家もそれなりに立派な屋敷だ。執事やメイドさんだって雇っている。

 ふわふわの絨毯の敷かれた廊下を歩いてリビングに行くと、そこでは両親と一緒に知らない人が待っていた。

 白いスーツを着て白い髪をした何か異国風の威厳を感じるお兄さんだった。もしかしてアラブのお金持ちだろうか。

 知らない人に見つめられてあたしは緊張しながら挨拶した。


「いらっしゃいませ、ようこそ当屋敷へ」

「お前が綾辻彩夏か」

「はい、そうですけど」


 知らない人に呼び捨てにされて少しムッとしてしまう。

 でも、相手の方が年上なのは確かなので態度には出さないことにした。

 それに彼が両親の取引先の相手ならあたしの態度で仕事に損害を与えかねない。

 両親が好意的である以上、あたしも合わせておくことにした。

 彼は名乗った。 


「わしは神じゃ!」

「かみですか」


 変わった名前の人だと思う。まあそういう人もいる。世の中には変わった名前の人が多いことをあたしはテレビや本の知識で知っていた。

 あたしがたいして興味なくぼんやり聞いていると、神と名乗ったその青年は機嫌が良さそうに笑った。


「わしが神だと知っても驚かんとはのう。その度胸、さすがは聖剣に選ばれた少女なだけはある」

「え? 聖剣?」


 あたしには何もピンと来ない。聖剣といえばエクスカリバーとか草薙の剣とかああいうのだろうか。漫画やゲームの知識だけど。

 横を見ると、両親が真面目な顔をしているのでふざけているわけではないようだ。

 あたしが態度を決めかねていると、今度は両親が横から口を出してきた。


「いえ、この子は常識を知らないだけで」

「こら、彩夏。神の御前だぞ。ちゃんとしなさい」

「ええ!?」


 両親が神を信仰している事は知っている。そのおかげで商売が上手く行っていると言っていたこともある。

 でも、この人が神だと言われても困ってしまう。両親は何か怪しい宗教に取りこまれているのだろうか。

 神だという青年はそんな怪し気な雰囲気は全く感じさせない友好的な大人の態度で言ってきた。


「そうかしこまらずともよい。神と言ってもわしは異世界ファンタリアの神、この世界の神ではないからの」

「はあ、そうですか」

「それでも神様は神様です」

「家に来てくれてありがとうございます。どうぞごゆるりとおくつろぎください」


 いやいや、もう帰ってよという権利はあたしには無い。ここは親の建てた家なので。

 両親は彼を本当の神様として敬っているようだ。あたしにはそんな気は起きなかった。


「はあ、それでその神様が家に何の御用なんでしょうか」


 ちょっとぶっきら棒になったのは許して欲しい。あたしも困惑しているのだ。

 話を早く終わらせるコツは相手の言い分を早く聞いてしまうことだ。

 あたしはもうめんどくさいと思いながら訊ねると、彼の眼光が少し鋭くなった。


「君は異世界転生というのを知っているだろうか」

「ああ、最近流行ってるあれですね」

「ほう、知っているか」


 あたしだって本やアニメぐらいは見ているのでそれぐらいの事は知っている。あたしがそう答えると彼はムムムと唸って言った。


「さすがは今時の若者。話が早い。だが、最近は追放の方が人気で異世界転生の人気は下火だと言われている」

「そうですか」


 あたしにはたいして興味が無いことだ。どうでも良かった。

 神様だと名乗るこの男はあたしに何を望んでいるのだろうか。その異世界転生をしろというのだろうか。明日も学校があるのに。

 彼はそんな無慈悲な事は言わなかった。


「わしも世間の流行に乗り遅れまいとその異世界転生を試みたのじゃがな。トラックの運転手が思いのほか有能で少年にぶつけてやろうと思ったのに抵抗されて力を跳ね返されてしまい、逸れた力が異界の門を直撃。この世界にモンスターが現れるようになってしまったのじゃ」

「そうですか。それが今朝見たあのスライムの正体だったんですね」


 謎が一つ解けた。あたしにとってはただそれだけの話だった。

 もう終わっていいだろうか。神様は終わらせることなく話を続けた。


「わしはお詫びにこの世界にチート能力『聖剣』を送った。それに選ばれたのがお前なのじゃ。今朝、力の発動を感じたぞ。お前はこの世界で誰よりも強い戦える力を持っている。これからもあのようなモンスターは現れるじゃろう。この世界の平和をお前に任せたい!」

「はい。ええ!?」


 あたしは安請け合いしようとして慌てて断った。


「いえ、無理ですって。明日も学校があるのに」

「ほう、聖剣では無理と。何か別の外れスキルとかの方が良かったかの」

「いえ、そうことではなく」


 あたしにはあたしのやろうと思っていた予定があるのだ。勝手に変な役目を押し付けられてもスケジュールが狂ってしまう。まだ学校にだって入ったばかりで何も分かっていないのだ。想定外のイレギュラーは御免だった。

 だが、両親は食い下がった。


「彩夏、受けておきなさい」

「神様にご恩返しするまたとない機会よ」

「ええーーー」


 あたしは渋々と迷ったあげく。


「お前にしか出来んのだ。お前がナンバー1じゃ」

「お前が一番に選ばれたんだぞ。この父や母ではなく」

「神様に選ばれるなんてうらやましいわ。あなたがナンバー1よ」

「あたしがナンバー1か。じゃあ、仕方ないわね」


 みんなに乗せられて受けてしまったのだった。

 後で後悔したのは言うまでもない。

 あたしの去ったリビングでは三人が楽しそうに宴会に興じていた。




 部屋に戻ってきたあたし。さて、聖剣というのはどこにあるのだろうか。

 何も手がかりも知識も無い物が分かるわけがない。

 改めて神様に訊ねて「ほほう、やる気があるのう」と思われたくもないので。

 あたしは寝る事にした。

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