第3話 ここが名門の中学校
やがて見えてくるあたしの目指す目的地。
「学校に到着!」
竜の彫像が置かれた立派な校門、大きく広がるゆったりとした敷地、近代的でモダンな校舎、ここがあたしが今日から通う事になる名門ドラゴン中学校だ。
強そうな名前をしていると思うね。まさしくあたしのような未来の女王にふさわしい学園だ。
校門はすでに開かれている。もう時間は大丈夫。あたしは自分の勝利を確信してここからは落ち着いた優雅な白鳥のような所作を意識して堂々と向かう事にする。
だってあたしは未来の女王だもの。それにふさわしい姿をみんなに見てもらわないとね。
でも、変だな。あたしはそう歩くことなく異変に気が付いた。
ここにはあたしの姿を憧れを持って見る生徒達も、未来の女王に反感を持って向かってくる命知らずな者達もいない。普通の生徒達がいないのだ。
まさか入学式の日を間違えた? 天才的な頭脳を持つこのあたしが?
分からないがそれは目の前にいるあの人に聞いてみるといいだろう。あたしの向かう前方ではナイスミドルな髭の似合うダンディなスーツ姿のおじさんが待っていた。
彼はここの先生だろうか。さすがあたしの選んだ一流の学校だけあって先生も一流の貫禄があるね。あたしはとりあえず新入生として挨拶することにした。
あたしは未来の女王ではあるがまだ女王ではない。礼儀ぐらいは知っている。
野蛮な猿ではないので頭ぐらいは下げられた。
「おはようございます」
「おはよう、綾辻君。君が来るのを待っていたよ」
「あたしの事をご存知で? あなたは?」
「私はここの理事長だ」
「理事長でしたか」
先生だとは思っていたが理事長だとは驚きだ。小学校にはいなかった存在だ。
あたしはここが日本一の名門中学校だと聞いたから受けただけなので、この学校の事はよく知らなかった。先生達の顔や教育理念なんかも知らなかった。
だが、なるほど。小学校の先生とは格の違ったオーラを感じるね。これは楽しくなりそうだ。あたしはほくそ笑みながら視線を横に移す。
そこにはもう一人、朝からあたしを不機嫌にさせた人物、さっきの立場を弁えない生意気なイケメン男子がいた。
やっぱり同じ学校だったんだ。『ああ! あの時の!』なんて安っぽい反応はあたしはしてやらないよ。
目が合って彼はめんどくさそうに言った。
「理事長は真っ先に入学試験で一番を取った生徒に会いたかったそうだ。それで俺達を一足早く呼んだとさきほど伺った」
「なるほど、一番ね」
未来の支配者に一足早く会いたい気持ちは分かるよ。上手く取り入れば良い立場が得られるものね。身の程を知る人間をあたしは嫌いではない。だが、腑に落ちないことがある。
あたしは訝し気に目を細める。一番は一人、ここには二人いるからだ。あたし達はお互いに敵意を飛ばし合う。
そんなあたし達の疑問に、理事長はやんわりとした大人の態度で答えてくれた。
「君達はともに満点、ともに一位だったのだ。会えて良かったよ。これからはぜひ我が校の新入生の模範として学園の未来を盛り上げていってもらいたい」
「なるほど、理事長の意思は分かります。でも……」
「トップは一人でいい。中途半端な奴に出しゃばられるほど迷惑な事は無い」
あたし達はともに戦闘態勢。戦いの構えを取って対峙する。
理事長は渦巻く闘気の風をそよ風のように流しながら言った。
「だが、君達はともに満点。すぐに決着は付けられないと思うがね」
「なら手っ取り早くジャンケンでもするか? 素人にはちょうどいいハンデだろう」
「冗談。お勉強で決着を付けられないなら物を言わせるのはパワーでしょ!」
この男はあたしを舐めている。遠慮はいらなかった。
「身の程を弁えなさい。今からここで!」
先手必勝。あたしは素早く踏み込んで拳を繰り出した。これで沈まなかった男子は小学校時代にいなかった。近所の不良だってこれで倒してきた。
あたしは勉強でも運動でも一番を取ってきた。
だが、奴は片手一本で受け止めやがった。あたしは目を見開いて驚愕する。
「なにい? 止めた!」
「お前の今までの世界ならこれで一位を取れたかもしれないな。だが、これからは二位だ! 自分が井の中の蛙だったと知ることだな!」
「くっそお! やらせるか!」
男の繰り出すキックをあたしはとっさの判断でバク宙してかわした。こいつの足の強さはさっき通学路で見ていた。距離を取ったあたしを奴は感心したように見つめてきた。
「ほう、よく今のを避けたな」
「あんたの足の強さはさっき見たからね。見てなかったらかするぐらいはしたかもね」
「なら今度は当てていいか。女だと思って手加減していたんだ」
「こっちのセリフよ! いい気になった奴らはみんなこれで沈んできたのよ!」
あたしは今度は両手を構えて飛び出した。さっきは止められたがあくまで片手一本の攻撃だけだ。手は二本ある。その意味を奴はこれから理解する事になるだろう。
あたしはまだ全然本気を出してはいなかった。
それは相手も同じだろうけど。さて、どちらの本気が勝つかしらね。
あたし達は再び拳をぶつけ合おうとする。だが、その激突を理事長先生の声が呼び止めた。
「そこまで!」
「え!? まだここからよ。本気を見せるのは」
「俺にもまだまだ技がある」
あたし達にはまだまだやる気があったが理事長先生は譲らなかった。
「君達の実力は見せてもらった。だが、まだ入学したばかりだ。これから学ぶこともあるだろう。続きはこの学校で研算を積んでからしていきなさい」
「はい」
「分かりました」
あたし達は仕方なく言う事を聞く事にした。
元よりここには入学しに来たのであって、別にこいつと戦うために来たわけではないのだから。
相手が素直に引き下がったのであたしもムキになる理由を無くしてしまった。
徐々に校門をくぐる生徒達の姿も出てきた。
朝の準備運動はこれぐらいでいいだろう。せっかく時間に間に合ったのだ。くだらない事で潰したくはなかった。
あたしは自分のやるべき事ぐらいは弁えているのだった。
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