子供

子供が欲しい。


そういうものの、病院へ行くなどなにもしないままのんびりした旦那と共に四十を越えた公佳きみかは同級生と会っていた。同級生の妊娠報告を聞くために。


「公佳は欲しい欲しいっていうけど、治療もしないで待ってて四十でしょう?私はこの五年間、治療して、何がなんでも生ませてくれる病院を見つけてやっと授かった。本当に欲しいなら、紹介するよ。高いし、そこの医者はこっちの感情に寄り添わないけど確実に妊娠率はあがるよ」


「お金かかるんでしょう、ちょっとなぁ。ぽんっと、授かりたいのよねぇ。養子縁組しようかなぁ」

公佳きみかは、幼い頃からなんとなく、欲しいものが何とか手にはいる女だった。望むものに遠慮があったからだろう。500円以内の物や、兄がもらったおやつを分けてほしい、とかその程度の物くらいだった。強く欲しいと願ったものは少ないが、子供は公佳にとって、強く念じてる方であった。



「養子?あんた達夫婦がしっかりしてないとだめらしいわよ。あと、赤ちゃんが今すぐに授かっても産むときは四十一よ。産みたいなら急がなきゃ」



そんな公佳に、遠縁の子供がきた。その母親には知的障害があって交通事故で亡くなったという。息子は苦労に苦労を重ねてもう中学生だった。


「無理にとは言わないけど」

と、そこの母親、子供の祖母はもう八十で、入退院を繰り返しているので、引き取れないという。


周囲の心配をよそに、公佳は大喜びした。こども!


丈夫そうな男の子がきた。目付きの鋭い息子に夫の方は戸惑ったが、公佳が喜ぶので引き取った。


公佳に、無口で控えめの息子ができた。


公佳の友人達は、「そんな反抗期の年齢の男の子ひきとって大丈夫?」と心配したが、公佳の息子はおとなしく、気が利き、まるで大人のようだから心配いらないと公佳は答えた。


だが、公佳は「子供を甘やかす母親」に憧れていたので、甘えてくれないのと、いつまでも他人行儀の息子の態度だけは気に入らなかった。


だが、息子は言う。


「親戚のおばさんに、そこまで甘えられません。食事や学校の世話だけで十分です」


息子の実の母親は金をあるだけ自分につかい、子供の世話をしなかったと聞いていた。苦労が彼を大人にしたのだ。


公佳は息子を誘い、しょっちゅう出掛けた。甘いものを食べさせ、欲しいものはないかと聞いた。「ない」と答えるので中学生の男の子が喜ぶものを人に聞いて回った。


そして、中学生の男の子にたくさんのご飯を作ってあげた。息子の食欲につられて夫が太ってしまった。


息子がアルバイトしたいといえば、学業の邪魔にならない程度を許し、公佳はせっせと世話をしたが、息子はつれなかった。そして、あっという間に成人となってしまった。


「家から通える会社にしたら?」


「母さん、そこまで面倒はかけられない」


息子は公佳のことを、「母さん」と呼ぶようになっていた。


「たまには帰ってきてね。1ヶ月に一回」


「それじゃあ、金がためられないよ。でも、母さんが寂しがるから正月やお盆、ゴールデンウィーク、お前が休みとれたら必ず帰ってくるんだよ」


公佳の夫も言った。一緒に暮らし、学校行事に顔をだし、受験をひやひや見守ったり、性教育を公佳に任されて、困りながりも雌しべが、雄しべがと中学生の息子と気まずい時間を過ごすうちに仲良くなっていた。



公佳は息子と付かず離れずの関係をもった。息子は結婚した。そして、遠くへとまた引っ越した。七十になる頃、公佳は生死に関わる大病した。あわてた夫が公佳が止めるのも聞かずに息子に連絡した。


慌てて帰って来た息子は公佳に、一緒に住みたいと言い出した。公佳は断った。


「姑と暮らす?あなたの奥さんが困るのよ。私たちはまだ大丈夫だから気にせずあなたたち家族で暮らしなさい」


公佳は言った。だが息子は絶対側にいると聞かなかった。公佳はそれから長くはなかったが短い間ではあったが嫁と息子と孫とくらした。そして、息子の嫁にこういったことがある。


「子供は可愛いわね。私ね、あの子を授かるって、私は最初からわかってたのよ。でも、子供は親の思う通りにはならないのね。あの子、私の言うことちっとも聞かなかった」


とても幸せそうに呟いた、と公佳の葬儀から暫くして、嫁は姑の言葉を夫に伝えたのだった。

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