大根役者の役

「ちょっとマネージャー。このオファーはなんですか?」


「なに、とは?」


「これですよこれ。この役。なんですかこの役は。この大根役者の役っていうのは」


「ですから大根役者という役を演じるのでは?」


 女優が楽屋にてイラついた様子でマネージャーに尋ねるがマネージャーはとりたて気にした様子もない。


「そう言うことを言ってるんじゃないんです。私は演技派俳優として確固たる地位を確立しているんですよ? その私に大根役者の役をやれって失礼だと思わないですか?」


「ですけど、この役を演じるには相当な演技力を求められるんですよ。他の役者では役不足、いえ大根不足だと。だからあなたにこのオファーが来たんですよ?」


「まあ、そう言われちゃうと言いづらいですけど・・・。ですけども大根役者の役を上手く演じてくれって言われてどう演じればいいんですか」


「ですから大根っぽく――」


「だから大根っぽくって言われても、私はこれまでどうにかして大根っぽくないようにするかを頑張ってきたんですよ。今更大根になれと言われても難しいですよ」


「ですから大根だったときの気持ちをまた栽培してですね――」


「演技派の私にじゃなくてホントの大根役者にやらせれば済む話じゃないんですか?」


「それだと演じてるんじゃなくて、素でやってるだけなんで。監督さんはあなただからこそ、あなたにしかこの役は演じることは出来ないって言ってたんです」


「・・・ああもうっ。分かりましたよ。で? 台本は今あるんですか?」


 髪の毛をがじがじと掻いてヤケクソ気味に言った。


「ええ。これです」


「ちょっと見せてください」


 台本を読み進めていると眉がどんどんひそんでいく。台本に八つ当たりするようにパシパシと叩いた。


「マネージャー。なんなんですかこのセリフは」


「どんなセリフです?」


「この『セリフがまったく覚えられない』ってセリフ。このセリフを私が覚えないといけないわけですか?」


「大根役者の役ですからねえ」


「大根なのは作品の中で演じるときですよね? せめてセリフくらい完璧に覚えようとするくらいは出来ないんですかこの役は?」


「そういう役ですから」


「しかもこの『どうしてもこのセリフを噛んでしまう』ってセリフ。このセリフを僕が淀みなく言わなきゃいけないわけですか?」


「そういう役ですから」


「『セリフを忘れた』ってセリフを忘れずに私が言わなきゃいけないわけですか? それとこの『なぜかセリフを噛んでしまう。噛まないのは監督との話だけ』ってセリフ」


「そういう役ですから」


「極めつけはこのセリフですよ『「滑舌」が悪くて「かくぜつ」が上手く言えない。言い訳するときは舌が上手く回るのに』ってセリフ。かくぜつって間違えてるし。これを私が滑舌よろしく言うんですか? もう舌を噛み切っていいレベルですよこの役は」


「そういう役ですから」


「はあ・・・正直、今までで一番身が入らない役になりそうですよ」



「はあ~・・・こんなにストレスのたまる撮影もないですよ・・・なんですかあの監督。なにが『演技上手すぎ!』ですよ。演技が上手くてカット言われたの初めてですよ」


俳優のために用意された座椅子にイラついた様子で座り、マネージャーに文句を垂れるがマネージャーはのらりくらり。


「大根役者の役ですからね~」


「『もっと大根の感情を込めて!』『上手すぎて演技に身が入ってないよ!』『もう少し下手に出来ないの!?』『大根になりきれてないよ!』あまつさえ『大根役者魂に火をつけないと!』って。いっとくけど大根は火が通りにくいんですよ!?」


「それだけあなたに期待してるんですよ監督は」


「はぁ~。とにかく、もう引き受けてしまったからにはやるっきゃないかあ」



「お待たせいたしました。アカデミー主演女優賞の発表です。栄えある主演女優賞を受賞した方は―――この方です! この度はおめでとうございます! たくさんの観客の方々や批評家の方々から絶賛されました。『下手くそな役を見事に演じきった』『まるで大根農家』『こんなに下手なのは観たことがない』『実力派俳優が実力不足の役を実力以上に演じた』『いよっ! 大根役者!』『規格外の大根』『守口大根! 桜島大根!』『なんて美味い大根おろしなんだ!』ほうぼうから称賛を受けました。おめでとうございます。賞を受賞した今のお気持ちをお聞かせください」


「え~正直、受賞出来たことに対して畑違いというか、複雑な心境です。しかも『美味い大根おろし』ってもはやなんのこと言ってるのかよく分かりません」


「いえいえ、ほんと素晴らしい大根っぷりでした。今回どのように役作りに、いえ大根作りに励んだのですか?」


「まあ、とにかく上手くできないように上手くやっただけです」


「出演された映画を見てあのハリウッド関係者も興味を示したとか」


「ええ、まあ、一応そのように聞いております」


「では次回作はハリウッドで役を?」


「う~ん。役がちょっと・・・」


「どんな役のオファーが来たんです?」


「・・・ハム・アクターの役ですよ」


「やはり向こうの方が観ても大根に光るものがあったんですね。まさに規格外。そのオファーはお受けするんですか?」


「まあ、一応いい機会ですから受けようかと思ってます。それに私はベジタリアンでもないですし」


「期待しております」


「されてもねえ・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る