シュミレーター
「みんな集合してくれ!」
監督がホイッスルを鳴らし選手たちを集め、全員が集まったことを確認してから話はじめた。
「いいか。今日は特別な練習メニューを組んだ。いつも以上に気を引き締めてあたれ」
「監督。特別なメニューとは?」
「シュミレーションの練習だ」
その言葉に選手たちがざわついた。
「シュミレーションってあのわざと痛がったり転んだりしてファールを誘うやつですか?」
「それ以外にあるのか?」
さも当然とばかりに監督は言ったが選手たちは納得がいかない表情を浮かべていた。
「ですがそれってスポーツマンシップに則ってないですよね?」
「お前らはプロだ。スポーツマンシップだけじゃ勝てないときがあることを知ってるはずだ」
「そ、それはそうですけど・・・」
「いいかお前ら。今日の特別メニューのためにスペシャルコーチを呼んだんだ。しっかりと学んでモノにしろ」
「ス、スペシャルコーチ?」
「シュミレーションを専門にしている坂井さんだ」
まさかそんなことを教える専門の人がいることに選手たちは驚いていると、監督が後ろに控えていた男性を紹介した。
「シュミレーター坂井です。どうぞよろしくお願いいたします」
「シュ、シュミレーター・・・」
男性が選手たちに一礼をするが選手たちはざわついた。
「静かに。坂井さんはシュミレーションのプロだ。お前たちも学ぶことが多いはずだぞ」
「あ、あのっ。いいですか?」
選手の一人が手を挙げ質問した。
「はい。なんでしょうか?」
「なんでシュミレーションのプロになったんですか?」
「もともと私も皆さんと同じようにプロのサッカー選手だったのですがシュミレーションを脳内シュミレーションするくらいシュミレーションが好きすぎて、ついには試合中のシュミレーションのやりすぎで選手追放されたのです。『痛がり紳士』とあだ名が付いたほどでしてね。最後のほうはやりすぎたのかホントに痛くてもオオカミ少年扱いされたくらいなんです」
「それじゃダメなんじゃ・・・」
「私の場合はやりすぎただけで、一応何年かは通用してたのですよ。通用してた間はよくファールを誘いまくってましたね。一時期『誘い受けの坂井』なんて言われたことあったくらいです。とにかくアナタたちには簡単なシュミレーションを習得してもらいます。ただし多用は禁物です。私みたいになりますので」
坂井はそう言い切ったあとグラウンド内に歩き出し選手たちを見据えた。
「それではこれから実践しますので見ててください。誰か私に向かってスライディングをしてください。あ、もちろん本当にスライディングしないでくださいね。寸止めスライディングでお願いします」
選手たちはお互いに顔を見合わせた。そして一人だけ出てき坂井に向かって寸止めのスライディングをかました。
途端に坂井は空中にダイブし地面に転がった。そして膝を抱えながら左右に反復するように転がる。しかも大げさに痛がって見せる。
「ぐわあああぁぁ!」
時折選手たちに目線をチラリと送る。
1分くらい続けたあと、スンと真顔になってスクッと立ち上がり何事もなかったかのようにホコリを払いなんとも言えない微妙な空気になっている選手たちに向かって真顔で促す。
「さ、皆さんもレッツ・シュミレーション」
◇
「ぐわああああ!」
「痛ってえええ!」
「うううううう!」
グラウンドには選手たちがのたうち悲痛な叫び声がこだまし阿鼻叫喚なさまを見せていた。その様子を見て坂井はウンウンと満足そうにうなずいていた。
「いいですよいいですよ皆さん! スマートに痛がってください! あなた達のその痛がりが相手のファールを誘い、審判のカードを呼び込むのです! さあ痛むのです! その痛むフリがゴールにつながるのです!」
「ぎゃああああ!」
「う~ん、あなたはちょっと大袈裟すぎますね~。それでは審判の目は誤魔化せませんよ!」
「ぐおおおおお!」
「お、アナタいいですね~。思わず審判も相手にカードあげたくなっちゃいますよ~」
選手たち一人ひとりにときに厳しく、ときに恍惚とした様子で教えていく坂井。
「これを本番でやることによって本物に昇華することが大事なのです! いいですね!」
「うぎゃあああ!」
「のおおおおお!」
「ほにゃあああ!」
坂井の言葉に返事とばかりに痛がる声がこだまするのであった。
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