腹の内
川辺で夕日を眺めながら黄昏ている侍がいると別の侍がやってきて元気よく話かけた。
「お主、聞いたぞ。殿直々に切腹を命ぜられたそうだな?」
「うむ・・・」
声をかけられた侍は反対に元気がなさそうだった。
「なにをやらかした? なんて野暮なことは聞かんがどうだ? 腹を決めたか?」
「・・・実はな、まだ腹を据えかねておる」
「ふむ。腹を探りに来てみたがやはりか」
「腹積もりでは切る算段が付いておるのだがな・・・」
「ではなにを迷うことがある? 一度きりの人生で腹を召すことはそうそう滅多にないこと。侍ならば一度は腹をと思うものである。もちろん拙者もな。お主はどうだ?」
「確かに切腹に一抹の憧れはある」
「であろう。一度は腹の底から切ってみたいであろう?」
「う~む・・・まあ、な」
「うん? 歯切れが悪いな。もしやお主、裏腹を持っておるのか? 裏腹を持つ者は切りたい意志があっても切れんと聞くが」
「いや裏腹は持っておらん」
「では一物でも抱えてるのか?」
「いや抱えておらぬ」
「なら侍なら侍らしくズバッと決断せい」
「それは腹をかっさばくという意味でか?」
「うむ」
力強く頷いてうながすが、まだ逡巡している様子。
「う~む。腹を切るのは名誉なことだ。切る分には別に構わんのだが――。どうももう一歩切り込めんのだ」
「拙者が腹を割ってとことんまで話合うというのもよいが~、ではどうだ? 迷ってるおるのなら一度その腹を切って腹のうちを確かめてみる、というのは。腹積もりを打ち明けるのにこれほど手っ取り早いのはないぞ」
それを聞いた侍は感心したように手をポンと叩いた。
「ほお。その手があったか。では早速切ってこよう」
「ああ待て待て。お主、介錯は誰がするのか決まっておるのか?」
「いや決まっておらん」
「では拙者が介錯仕ろう」
「おお。それは心強い。下手に腹を召して醜態をさらすかもしれんと一抹の不安を覚えてもおったが、お主がいれば一層召しやすいものだ」
「なあに、下手に腹をやっても拙者が上手に首をやる。思い切って切っていけ」
「うむ。かたじけない」
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